第24話 悪役令嬢になるべきか、それとも

 私は、衝撃的な光景を見た。いや、見てしまった。

「スチル絵だ」

 乙女ゲームの中で、攻略対象との思い出はスチル絵として思い出のアルバムに残される。そして、それがエンディングの最中に、1枚1枚思い出として流れてくるのだ。イベントを、確実にこなさないと、思い出のアルバムは埋まらない。

 攻略対象のルートに入っていなくても、スチル絵は出現するので、隠しキャラも攻略対象だということがわかってしまうのだが、しかし。

「これを忘れていた私って、間抜けだわ」

 そこには、凍った歩道で足を滑らせた主人公に、手を差し出すロバートの姿があった。

 早朝、1人で乗馬の自主練習をしていて、遅刻しないようにと教室に急ぐ主人公。そして、お嬢様の登校の護衛が終わり自らの訓練のために厩舎に向かうロバート。

 人目につかない場所での出来事は、冬の低い日差しに照らされて、キラキラと、輝くスチル絵となっていた。

「あんたが隠しキャラなんじゃない」

 私は、ジト目で見るしか無かった。きっと、これを見てしまったアンネローゼは、自分の侍従に色目を使った。とか言って、主人公の邪魔をするのだ。そうして悪役令嬢になるのだろう。

「まさか、、ねぇ」

 私は、後ろに控えるリリスに半笑いしながら問いかけた。リリスからは、ノーコメント、との答えしか帰ってこなかった。リリス、あなたは誰の味方なの?



 冷静に見ていると、これはスチル絵だ。というのが他にもあった。

 平民の1年生が、あろうことか成績優秀者に名前を連ねている。それが、気に入らないとするのは世の常で、私でなくても悪役令嬢になりうるご令嬢はいるのである。

 もちろん、隠しキャラであるはずの側近マルコスも、貴族のご子息でいらっしゃるので、そんな主人公にきつく当たるのだ。だって、平民の女が貴族の自分より上手に馬に乗るんだから。

 単純に気に食わない。生意気だ。

 そんな理由で主人公に辛く当たるのだ。なんて、わかりやすいんだろう。

 そんなこんなで、主人公は私ではない、悪役令嬢っぽいご令嬢たちから嫌がらせを受けていた。

 とても分かりやすく、サロンの入口付近で足をかけられて転んだのだ。

 更に分かりやすく、誰かが紅茶の入ったカップを落とした。こぼれた紅茶は分かりやすく主人公にかかった。もちろん顔面に。ものすごくわかりやすいことをしてくれた。

 ここで本来なら、破滅エンド回避のために悪役令嬢は動くのだろうけど、私は主人公が誰を攻略対象にしているのかを見極めたかった。ので、動かなかった。別に動く必要は無い。私はその、サロンの中にいなかったし、開け放たれた扉から、その光景を見ていたのは私だけではない。他の生徒たちも見ている。

 で、そんな、主人公を助けたのがマルコスなのである。

 さすがは、王子の側近なだけはある。スムーズな身のこなしからの主人公を抱き上げ、ハンカチを取り出し顔を拭いてやるのだ。

「熱くはなかったか?」

 そんな言葉を主人公にかけてやるとは、敵ながらアッパレである。

 もちろん、普段は自分に、嫌味を言ってくるマルコスに、突然庇われて主人公は動揺してしまうのだ。

 その、サロンのふわふわとした厚手の絨毯の上で、マルコスに肩を抱かれてハンカチをあてられる。という構図がスチル絵だった。背景がご令嬢たちの、制服のスカートでパニエをはいているのでふんわりしているシルエットがカーテンのようだった。と記憶している。

 ぼんやりとスチル絵についての記憶をめぐらせておると、

「少し赤いな、冷やした方がいいだろう」

 マルコスが主人公に優しく声をかけていた。普段と声色が違う気がするのは私の気の所為だろうか?

 そうして、マルコスはサロンの中にいるご令嬢たちに向かってこういったのだ。

「あまり、よろしい行動ではないようですが?」

 マルコスが王子の側近だということは周知の事実だ。そのマルコスに見られ、咎められご令嬢たちはマルコスから視線を逸らした。

 ここは学校である以上、社交界での一般論は通用しない。普通にいじめである。

 マルコスは生徒会の役員ではないが、3年生の生徒で、教師たちからの信頼も厚い。マルコスはそれ以上は何も言わなかったが、サロンにいたご令嬢たちの顔をじっと見つめて、それから主人公の肩を抱きながら医務室へと向かっていった。

 残されたご令嬢たちは、だいぶ、顔色が宜しくなかった。こーいっちゃなんだが、サロンは一部屋ごとに通常メンバーが固定化されている。そこにいる何人かの顔を見てしまえば、あとは芋ずる式に正体がバレてことだろう。

 何しろ、相手はマルコスだ。

 王子の側近と言われるだけに、マルコスの中の人物図鑑は素晴らしいものになっている。学校内では名前しか名乗っていないのに、貴族なら家名と爵位、平民なら父親の名前と職業を把握しているのだ。

 さぞやあの場にいたご令嬢たちは、脅えていることだろう。

 ゲーム補正が入らなければ、私が悪役令嬢になることは無い。入ることは無い。と信じて願う。

「いくら悔しいからって、あれでは淑女とは言えませんわよねぇ」

 唐突に声をかけられた。

 誰だか分からないけれど、服装からいって(せいふくをかいぞしているから)貴族のご令嬢らしい。

「あ、あの…」

 私が答えに困っていると、ご令嬢はニッコリ微笑んだ。制服なのに手に持つ扇の使いこなしが様になっている。どうやら、扇は制服に合わせて作っているようだ。

 濃い翠色に白いレースをあしらってある扇は、私物に見えないほど制服に馴染んでいた。

「そうですわよね。社交界でアレなんですもの、わたくしのことなどご存知ないですわよね?」

 ああ、若干嫌味か?嫌味なのか?それとも通常営業なのか?分かりにくすぎる。そもそも、縦ロールの髪型って…私より悪役令嬢に見えるじゃないか。

「ごめんなさい。わたくしアンヌマリーと申します。学年は同じですのよ」

 ニッコリと、微笑むその顔はかなり好意的とみてとれた。どうやら、私が背にしているサロンから出てきた様で、その後ろにも女子生徒が控えていた。

「あら、ごめんなさい。入口を塞いでいたのね、私」

 自分のしたことに気がついて、慌てて横に移動をしたのだけれど、

「お気にならさないでくださいな。アンネローゼ様は、わたくしたちのサロンに、いらっしゃったんですもの」

「ん?」

 私は小首を傾げて、サロンの中を見た。制服だけで判別するに、平民の女子生徒もいるらしい。

「あちらの…」

 扇で口元を隠しながらアンヌマリーが言う。

「後で巻き込まれないように、こちらにいらしたことに致しましょうね」

 なるほど、生徒たちの間にも派閥があるのだ。まぁ、女子にはあるよねぇ、そーゆーの。あそこのサロンで起きたこと、どこのサロンにも属していない私が指示をした。って言われるかも知れない。いや、確率としてありそうだ。なにしろ、悪役令嬢としてのフラグがたっているのだから。仮にもし、『アンネローゼ様が指示しました』と、あちらのご令嬢たちが証言したとしたら、その時は、このアンヌマリーのサロンにいた。ってことにしましょうね。というお誘いなのだ。

「わたくし、学校に入ったら沢山の方たちとお友だちになろうと決めていましたのよ」

 アンヌマリーに促されてサロンに入っていく。

 なるほど、このサロンには貴族のご令嬢と平民の子女が半々ぐらいで座っていた。アンヌマリーの思惑がよく分かる。このサロンは、平民と貴族が仲良くしている。つまり、主人公が成績優秀者になっているからと言って差別的な思考には至っていない。そう、暗に示せますよ。っていうサロンなのだ。

「成績優秀者を目指すと、アラン様に宣言されたアンネローゼ様があのような姑息な真似をするはずございませんでしょう?」

 アンヌマリーが私の顔を覗き込みながら聞いてきた。なんで知れ渡ってんの?なんで?生徒会室で言ったのに!誰が言いふらしてるのよっ!

「ご存知でしたの?」

 私は、扇を持っていないので、顔がひきつっていないか不安になりながらも笑顔でそう答えた。

「アンネローゼ様のことは、…とにかくみなさん知りたいですから」

 んー、いまのちょっとした間が気になるんですけど。

「あの、アラン様の婚約者をしているって言うだけで凄いのに、将来の王族としての立ち居振る舞いや、知識も身につけていらっしゃるはずのアンネローゼ様が、入学以来何もなさらないのが不思議でしたのよ」

 奥の席にすわる女子生徒が、身を乗り出してはなしかけてくる。井戸端会議のおばちゃんみたいなんだけど。

「アラン様が公私混同なことを暗に指示した、と言うのは知っていました。それとなく耳しましたから、でも、わたくしはアンネローゼ様をこのサロンにお誘いしたくてずっと狙ってましたのよ」

 私を座らせて、その隣にアンヌマリーがドスンって感じでお尻を置いてきた。多分3人がけのソファーだから、制服なのでものすごく余裕があるんだけど、ヴィオレッタはめちゃくちゃくっついて座ってきた。

「わたくし、アンネローゼ様にずっと憧れていましたのよ」

 アンヌマリーがそう言うと、他の女子生徒たちは頷いた。口裏を合わせてくれていると言うよりは、

「王族の方って、少々愛情表現に難がありますでしょう?」

 アンヌマリーがそう言うと、また皆が頷いた。

「そうね」

 社交界でのことを言うならば、否定できない。

「まさか、それを学校にまで持ち込むなんて…だから、わたくしは学校の規則に従おうと思っておりますのよ」

 アンヌマリーがそう言うと、また皆が頷いた。

「わたくしたち、アンネローゼ様のファンなんですの」

 悪役令嬢としてのフラグはたったようだ。

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