第21話 ヤンデレとの認識はズレまくる
アンネローゼは、私が想像している遥か斜め上を行っていた。
出家して俗世から離れる程度はどーってことないって?いやいや、あなた、王子の婚約者なんだよ?未来の女王陛下なんだよ?そんな人が田舎に出家させられるんだよ?都落ちだよ?
私には理解できない。
しかし、アンネローゼはかなり呑気な声でこう言ったのだ。
「教会に下るのでしょう?お金を詰めばまったく不自由のない生活が送れますのよ」
アンネローゼはそう言って、小首を傾げた。ご存知なかったのですか?って。
「え?」
私は完全に寝耳に水だ。
え?教会に出家するのって、日本で言うところのお寺に出家するのとニュアンス違うの?煩悩取り除いて修行して、質素な食事とお祈りと御奉仕の毎日なんじゃないの?
「だって、我が家の領地内にある教会に下るのでしょう?実質的に私が教会を運営するってことなのですから、今とさして変わらない生活を送るのかと?」
アンネローゼがとても分かりやすく説明してくれたので、私は大変よくわかった。都落ちには違いないが、自分の公爵家が運営している(多額の寄付をしている)教会に下るので、何も不自由はしない。来ている服がドレスから修道服に変わるぐらいで、メイドの代わりに修行中のシスターが身の回りの世話をしてくれるので、アンネローゼの生活様式はほぼ同じ、ということ。
それ、全くもって破滅エンドじゃないよ!
「仮にそうなったところで、平民の出自の娘は正妃にはなれませんのよ?」
「え?そうなのっ!」
私は反射的に叫んでいた。私も姿形はアンネローゼなので、誰かに見られていたらはしたないことこの上ない。
「なれて、側室…でしょうね」
「はははは」
私は乾いた笑いしか出なかった。なにしろ、テレビで見ていたロイヤルファミリー、ロイヤルウエディングを想像していたのだから。違うの?できないの?側室って、愛人の正規版みたいなもんじゃん。なにそれ?それじゃあ、エンディングで流れる『2人は末永く幸せに暮らしました』って、嘘なの?
「佐藤美和さんからいただいた情報を吟味しますと、仮に私がその、破滅エンドを迎えたとしても、ミュゼットさんは平民の方ですので側室にしかなれません。仮に将来男児を産んでその子が国王陛下となれれば、その時には国母と呼ばれるかもしれませんけれど、その時まで生きていられれば…ですのよ?」
あー、なんか、なんか違う。童話の原本読んだぐらいなんか違う。乙女ゲームの第1攻略対象でエンディング迎えても、そんなもんって、側室って……現実って厳しい。
「それからですねぇ、貴族のご令嬢のみなさん、王族の独特の愛情表現がだいぶ厳しいご様子でいらっしゃいますの」
アンネローゼ、そんなん、わかりやすいぐらい分かってるって。ダメなやつだよ。めんどくさいやつだよ。普通に愛を語り合おうよ。
「うん、そうだね」
私は、とりあえず相槌をうった。うつしかないからだ。そして、ご令嬢方の気持ちも分かる。王子と結婚したい。でも、あの愛され方は嫌。厳しいマナーも覚えたくない。それが本音なんだろう。だから、側室がいい。側室でもいい、ではない。地位と名誉だけが欲しい。
「王子の婚約者は、私をおいて他にはいないと思いますのよ。だから、佐藤美和さんのおっしゃる破滅エンドになったとしても、2~3年もすれば私が王子と婚姻をすると思います」
アンネローゼが、ハッキリと言い切るのも、今なら納得出来る。所詮乙女ゲームの設定なんぞ、頭がお花畑なわけだ。一般庶民が王子と結婚したところで、マナーも何も出来なければ、諸外国との外交であちらの言葉をどうやって話すんだ?政治の話はできるのか?だから側室。表舞台には立てない。大切にはしてもらえる。いわゆる籠の鳥だ。欲しいものはなんでも手に入る。フカフカのベッドで寝られる。大勢にかしづかれる。それを幸せ。と言い切れば、『2人は末永く幸せに暮らしました』って締めくくれるわけだ。
「えーっと、私のしてる事って、もしかしなくても余計なお世話?」
「いいえ、とんでもございません」
アンネローゼは、やおら私の手を握った。アンネローゼが、アンネローゼの手を握る。なかなか謎な構図だ。
「私の実力を知らしめるのに最適です。それに、王子にお仕置も出来ます。約束を破るなんて、王族として恥ずべきことですもの」
アンネローゼはとても嬉しそうに言う。うーん、性格だけなら悪役令嬢にハマってるわ。腰に手を当てて高笑いとか似合うわァ。
うん、私は破滅エンドを、回避しようとしてるけれど、アンネローゼが悪役令嬢になることについては全く回避できてないようですね。ま、破滅も大したことない。と言われてしまったので、かなり気が楽にはなった。
「佐藤美和さんの情報で、一つだけ気になることがありますわ」
アンネローゼがちょっと真面目な顔をした。
「佐藤美和さんが言うところの主人公、ミュゼットさんは平民の出自ですが、中身は佐藤美和と同じ転生者になるわけですよね?なのに、なぜ、ダンスもマナーも乗馬も完璧にこなせるのでしょうか?」
言われてみれば、それもそうだと思う。現代日本からきた高校生がダンス?乗馬??こんな短期間で覚えられることではない。
「ダンスと乗馬ができる高校生か…」
私は思わず呟いたけれど、まったく心当たりがなかった。それだけの逸材がいたら、田舎の高校だ、それなりに噂になっているはず。
「お心当たりが?」
アンネローゼの質問に首を振った。
私が違うことを考えたからだろうか?
アンネローゼの空間で、違う人物のことを思うのはご法度だったようだ。あっという間に辺りがぼやけていく。
「……夢?」
私は、はしたなくも机に突っ伏して寝てしまったようだ。恥ずかしながら、ヨダレの跡が日記についてしまった。ごめん、アンネローゼ。
でも、そうだ。私は主人公になれそうな人物を1人だけ思い出した。高校に社交ダンス部がある。そこに双子の部員がいて、男女の双子なので、ペアを組み、大会に参加をしている。と聞いていた。確か、3年生だ。彼女なら、ダンスができても不思議ではない。乗馬はそれこそ運動神経とセンス。馬との相性だろうから、相当練習しているに違いない。マナーは、ダンスで姿勢の良さを作っている。お辞儀の仕方も、様になっているに違いない。食事のマナーは、知識として覚えていれば、お箸の国の人だもの乗り越えられたのでは無いか?スープを飲む時に、音を立てないというのが辛いけど。
私は、その、該当者になりうる生徒の情報がまるでなかった。社交ダンス部は、文化部でなく運動部に所属していたからだ。美術部員には縁がなかった。
私は、乗馬の家庭教師と一緒に、自宅の愛馬のブラッシングをしていた。学校の厩舎はいつなん時に主人公に遭遇するか分からなくて、気が落ち着かなかった。こんな気分では、馬に影響してしまうため、自宅だけで乗馬の練習をすることに決めたのだ。
「随分上達されましたわ、アンネローゼ様」
家庭教師が褒めてくれる。素直に賞賛してくれているのが嬉しい。最初は、またがるだけであわあわしていたけれど、今では障害も飛び越えられるほどになっている。無理をしなくても、成績優秀者に選ばれる程にはなったようだ。
馬のために水を組んできてくれたロバートに礼を言うと、なにか言いたげに私を見ているのがわかった。
「どうしたの?」
家庭教師は、既に邸に行ってしまった。乗馬の家庭教師だが、ここには徒歩で来ているそうで、邸で着替えて帰宅するのだ。着替えたら、サロンで反省会を兼ねたお茶をして、家庭教師は帰っていく。
私が、ほんの少しだけ家庭教師から離れたタイミングをロバートは外さなかった。
「なんで主人公は馬に乗れるんだ?」
「それ、運動神経だけで何とかなるもんなの?」
「ゲーム補正の威力かな?」
「それもあるかもね。 それより」
私は身を屈めて辺りを探る。王子、来てないよね?
「社交ダンス部の双子の先輩、主人公の可能性高くない?」
私がそう言うと、ロバートはかなり驚いていた。
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