第20話 アンネローゼの身の上話 その4

 王子が学校に通い初めてからは、午後の時間が空いてしまったのでもっとお勉強をすることになりましたの。

 要するに、学校で習うべきことを先に家庭教師から教わる。と言うことです。学校に行ってから初めて知りました。なんて、王子の婚約者として失格ですもの。王子が学校で習う速度に合わせて、数字や文学を習うことにしましたの。もともと、淑女の嗜みとしてそれなりの教養は身につけさせられていましたが、より深く学ぶ。と言ったところでしょうか?

 とにかく、学校に入った時には、王子の婚約者として揺るぎなく通えるよう、徹底的に家庭教師に知識を詰め込まれたのです。そう、教えられたのではなくて、詰め込まれたのですわ。

 私は、なんの楽しみもない日々に退屈してしまって、もちろん、未だにサロンに顔を出せなかったので、意を決してティータイムに合わせて王宮に出かけたのです。

 理由は、女王陛下とお話がしたい。として。

 もちろん、女王陛下にお会いして、私の淑女としての立ち居振る舞いをチェックして頂きましたわ。当然、楽しくお茶を飲みながら、ね。

 女王陛下のサロンですもの、貴族のご夫人しか参加していません。稀に未婚のご令嬢がいたりしましたけど、そういう方は本当に焦っていらっしゃるから、あまり親しくは出来ませでしたけれど。

 そうして、この国で1番安全なサロンでお茶をして、王子が学校から帰ってくるのを待つことにしたのです。いい作戦でしょう?

 女王陛下とティータイムを楽しむことの免罪符は、王子の婚約者としての礼儀作法を、学ぶため。としておきましたわ。

 王子が学校から帰ってきたら、淑女の礼を持ってお出迎えをして、王子の私室まで一緒に歩き、たわいもない会話をして、帰宅する。ということにしましたの。

 婚約者とはいえども、未婚の令嬢ですから、夕暮れには帰宅しなくてはいけませんでしょう?

 私はそうやって、息抜きと楽しみを手に入れましたの。

 そうやって、2年間、我慢に我慢に重ねて過ごしましたのよ。

 学校が始まれば、同年代の方たちとお喋りが出来る。お友だちをつくれる。って。思っていましたのに…

 入学式の翌日、馬車から降りて朝の挨拶をすると、お返事は返って来るものの、誰も私に挨拶をしてこなかったのよ。昨日はあんなにお話してくれたのに。

 理由は、直ぐにわかったわ。リリスが調べてくれたの。他のご令嬢が連れてきていたメイドとお喋りをして、あっさり教えてもらったのよ。男の人って、女性のおしゃべりを侮りすぎよね。

 本当はしてはいけないことなのよ。学校ないにおいて、権力を振るうことは。だから、貴族の生徒は名前しか名乗らないの。平民は苗字がないでしょう?みな同じなの。誰が偉いとかそういうのがないのが学校なの。なのに王子はそれを破ったわ。そうとバレないように。私から声をかけられたらそれには応じるけど、自分からは積極的に話しかけない、必要以上に仲良くならない。

 だから、授業でグループを作る時とか、そういうことで私だけが1人溢れるということはありませんでした。

 でも、やはりランチタイムです。私と一緒に食べてくれる方はいなかったのです。食堂で一人で食べて、あとはゆっくりとお散歩をしましたの。リリスも休憩をしなくてはいけませんから。

 私は翌日から、お弁当を持って来て、あの中庭で一人で食べて、本を読むことにしたのです。まぁ、冬ですから多少寒かったですけれど、日中は日差しがありますし、下に敷物を敷いていましたから、そこまでは寒くはなかったのですよ。ロバートは、私の周りに誰も近づかないように、きちんと護衛してくれましたから。

 それで、そんな毎日を過ごしていた時、あなたが私の中に入り込んだのですよ、佐藤美和さん。


 アレは、本当に不思議な感覚でした。私は私で居るのに、発言は全て佐藤美和さんがしているのですもの。もどかしいと言うよりは、傍観してましたわ。

 だって、そうでしょう?王子のせいで、もともとそんな状態だったのですもの。本当に、自分では何も出来ない状態になってしまったけれど、悔しいとか、助けて欲しいとか、本当にそんなことは思わなかったのです。

 むしろ、このまま何もしなくて済むのなら、いっそこのままで構わない。とまで考えてしまったほどなのですから。




「でも、いまこうして私の前に現れたのよね?」

 私は、目の前にいるアンネローゼ本人に言った。

「それは、あなたが本当の私を、知りたがったから」

 アンネローゼは、目線を下に落とした。

 儚げで、思わず抱きしめたくなる美少女だわ。

「うん、本当のアンネローゼは、勉強ができる。ダンスもできるしマナーも完璧。乗馬は本当に出来なかったけど」

「勉強は、聞く必要がないくらい理解出来てました。でも、やる気がなくなってしまったのです。王子の婚約者として完璧をめざしていましたけれど、学校でこんなことをされるなんて思っていなかったものですから…」

 アンネローゼは、悲しそうだった。

 そりゃ、悲しいよね。

 平たくいえば無礼講の学校で、行使しちゃいけない権力をこっそり使ってアンネローゼを束縛というか、孤立させた。孤独に陥った頃に手を差し伸べる。まるでDV男のやる洗脳のようで、気分が悪い。

「アンネローゼは、こんなんでも王子を愛しているわけ?」

 よくあるやつだけど、『彼を理解できるのは私だけ』とか『これが彼の愛情表現なんです』とか、そんなん言い出しそうで、

「もちろん、愛しているわ。だって、こんな王子を理解できるのは私だけでしょう?」

 あーー、お約束のやつキタわ。やべーわ、どハマりだわ。

「何となく、分かってはいたけどね。アレだよね、私が成績優秀者になって王子を指名する。って言っちゃったのも、アンネローゼが王子を愛しているからだよね?」

「そうですね」

 そう言って、アンネローゼは頬を赤らめた。なぜ、そーなる?だめだ、私には理解ができない。こんなことされて嬉しいのか?私は少しどころか、かなりひいていた。分からない。否、分かりたくない。

 私が目指しているのは、あくまでも破滅エンド回避。

「ああ、そういえば、聞きたいことがございましたの」

 アンネローゼが私を見てそう言った。

「なんでしょう?」

 私はアンネローゼの、目を見て答えた。

「破滅エンドってなんですの?佐藤美和さんからの情報を、知りうる限り、私にとっては全く差し支えございませんけれど?」

 アンネローゼはニッコリと笑いながらそう言った。

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