第16話 アンネローゼは何を思う?

 私は、アンネローゼの事を知りたくて、日記を読み返すことにした。

 初日にも日記は読み返したけれど、それはゲームの世界と同じなのか確認するための、いはわば作業だった。私、アンネローゼが王子と婚約をしているか確認するため作業。

 確かに、アンネローゼは12の歳に王子と婚約していたから、設定と同じ。それは確認できた。では、アンネローゼとはどんな人物なのか?

 リリスに言われて知ったことは、トマトが嫌いだったこと。では、他に嫌いなものは無いのだろうか?逆に好きな物は?こうやって考えると、私はアンネローゼの事を何も知らない。悪役令嬢になって、破滅エンドを迎えたくない一心で行動してしまったけれど、アンネローゼは本当に王子と結婚したいのだろうか?

 自由恋愛、自由結婚、もちろん、離婚も自由で職業も自由な国で生まれ育った私には、公爵令嬢として生まれ育ったアンネローゼの心の内はわからない。もしかすると、王子と結婚したくなかったかもしれないのだ。

「だから、なんにもしてこなかった?」

 公爵令嬢とし生まれ育ったのなら、それなりに教育を受けるはずなのでは?と今更ながらに考えるわけで、いくら学校に通うからといって、未来の王妃がまったくお勉強が出来ないおバカさんでは、お飾りの王妃にしかなれないのではないか?これじゃあ、ラノベの設定みたいじゃない?

「テレビで見ていたロイヤルファミリーに嫁ぐ前には、淑女の学校みたいなのに1年通ってた。とか聞いたことあるし」

 私は、とりあえず知っていることを思い出しながら、いまのアンネローゼと、照らし合わせてみる。

「うん、まったくもって1つも合うところがない」

 日記を最初から読んでいく。

 1番最初の日記は四歳から始まっていた。まだあどけない文字が並んでいる。日付と天気とその日のおやつが書いてある。この頃は文字の練習みたいな感覚で書いていたのだろう。六歳の後半辺りから、その日の出来事がそれなりに書かれるようになってきた。年齢的に小一ぐらいだから、まぁいろいろあるよね。

 字もどんどん上手になってくる。さすがは公爵令嬢。品のある、と言えばいいのか、とても綺麗な文字で書かれている。夏のバカンスの頃の日記は、かなりビッシリとその日の出来事が書かれていた。よほど、楽しかったのだろう。

 が、

「12の頃から箇条書きだ」

 アンネローゼの日記は、12の歳からとてもつまらないものになっていた。

 箇条書きと言えばそれまでのシンプルな内容。

 いままでの日記から、まったく変わってしまった。

 内容が、日付、天気、食事のメニュー、ほとんどこれだけになっている。たまに誰がやってきた。そんな程度の事しか書かれなくなっている。

「アンネローゼは王子との婚約が嫌だった?」

 日記だけを読むと、そう捉えてしまいそうな内容。王子との婚約を境に、アンネローゼの心が死んでしまったような……

 そう思ったら、また胸がチクリと痛んだ。

「アンネローゼ、あなたはここにいるの?」

 私は思わず胸の中に問いかけていた。




 不思議な空間だった。

 扉があちこちにあって、階段で繋がっている。

「アリスの世界みたい」

 たしか、挿絵にこんなのを見た記憶がある。一つ一つの扉に、一つ一つの、世界がある。そんな感じだ。

 一つの扉が開いて小さな女の子が出てきた。可愛らしい笑顔の女の子は、ふわふわしたドレスを着て、階段を登ったり降りたりして、私の前を行ったり来たりしている。そうして、またどこかの扉を開けて入っていってしまった。

 違う扉が開いた。さっきの女の子より少し大きい女の子がでてきた。その子は私を見ると立ち止まって、少し考えたような顔をして、また階段を登ったり降りたりして別の扉に消えていった。

 また扉が開いた。女の子と言うより少女だった。だいぶ今のアンネローゼに似ている。私のことをずっと見ている。何かを言おうとしたのか、一瞬右手が上がったけれど、後ろを向いて階段を、登っていってしまった。そうして、行き着いた先の扉に入っていった。

 今度はすぐそばの扉が開いた。出てきたのはアンネローゼだと一目でわかるほどだった。でも、まだあどけない顔をしている。けれど、夜会の時のように髪を結い上げて、綺麗なドレスを着ていた。私のことをマジマジと見つめていたが、やっぱり何も言わずに階段を降りていった。そうして、行き着いた先の扉を開けて入っていった。

「アンネローゼの思い出の扉なのかしら?」

 私にはなんとなくの感じしかしないけれど、どこの扉を開けてもアンネローゼがいる気がした。ただ、開けた先の扉に、どんなアンネローゼがいるかは分からないけれど。

 私は、近くにある扉を開けて見た。

 扉がありすぎて、どこの扉から出来たのか入っていったのかなんて、もう分からなかった。ただ、開けた扉の先に広がっていた風景は知っていた。季節は違うけれど、公爵家の庭にある温室だ。バラが植えられていたのを覚えている。私は温室に向かって歩き出した。

 元に戻るという選択肢は、扉を閉めた途端になくなっていた。なぜなら、閉めた途端に扉が消えていたから。

「ありがちの設定ではあるけれど」

 行った先の温室に、アンネローゼがいるのが分かっていた。フラグは回収しなくてはいけない。私は今、アンネローゼサイドのプレイヤーなのだから。主人公と勝負をしている。そう考えれば、確実に勝ちに行く選択肢を見つけなくてはならない。

 温室の扉を開けて中に入る。暖かな空気が満ちていて、そこにある白いテーブルセットに、アンネローゼが座っていた。

「来ないで!」

 アンネローゼが喋った。

 声は、私と同じ。だって、私もアンネローゼなんだもの。でも、そこにいるアンネローゼに拒否されている。当たり前か?体をのっとっているんだものね。

「でも、行かないで」

 アンネローゼの声はかなり小さかった。ゲームのイメージだと、力強くて高飛車な高慢ちきなご令嬢って感じのいかにもキャラだったのに、銀色の髪に良く似合う、儚げなキャラに見える。

「えーっと」

 アンネローゼのツンデレ?な要望に答えるためには、このに立ち止まるということになる。私は温室の入口に立ち止まり、アンネローゼをみた。

 アンネローゼは、手持ちぶたさな仕草をしながら、私をチラチラ見ている。何かを言おうとしているのに、上手く言葉にできないそんな感じなんだろうか。

「あのっ、はじめまして佐藤美和さん?」

 ようやく、アンネローゼが喋ってくれた。やっぱり私の名前を知っている。

「はじめまして、アンネローゼ様。こんなことになっちゃってごめんね」

 私はとりあえずアンネローゼに謝罪をした。多分、悪いのは私だろう。意図しないまでも、アンネローゼの体を乗っ取っているのだから。

「いえ、そんな……私の代わりに色々頑張って下さって、その、ありがとうございます」

 アンネローゼは、ゲームと違って可愛らしかった。髪をおろしているからか、ゲームのキャラ紹介のイラストと違ってキツい印象は受けない。

「いや、あの。 迷惑、だった?」

 私は、思わず聞いてしまった。もしかすると、アンネローゼは敢えて何もしない。を選択していたかもしれなかったからだ。

「どうして、そう思ったのかしら?」

 アンネローゼは顔を上げてわたしをみていた。儚げだけど、意思のある瞳をして。

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