4 決壊

 その後は、何がどうしてどうなったのか、まったくもって覚えていない。


『ケムゲノム』とひとしきり対決シーンを演じたはずなのだが、まるで夢の中をさまよっていたかのように、すべての記憶がかすみがかっていた。

 ようやく我に返ったのは、それなりに満足した様子の歓声と拍手を背中に聞きながら、桜並木のセット裏に帰還してからだ。


「ゼンくん! 大丈夫?」


 僕の退場とともにスモークマシン操作の業務を終えたサクラさんが、すかさず駆け寄ってくる。


「いったい何が起こったの? 私の位置からじゃよく見えなかったんだけど、ヤギさんとオノディさんは真っ青な顔してるし、アブラムのひとりは気絶してるみたいだったし……」


「……アブラムのひとりが、いきなり本気で殴りかかってきたんです」


 僕は吐き気を感じるぐらい胸苦しかったので、セット裏からテントに戻る前に『イツカイザー』のマスクを外してしまった。

 冷たい汗で、前髪がべったりと額にはりついてしまっている。


「どうしたらいいかわからなかったんで、僕も本気でKOしちゃいました……」


「そんな……いったいどうして?」


 愕然とした様子で、サクラさんが僕に取りすがってくる。

 その指が左の上腕にもふれてきたので、僕は思わず「痛っ」と声をあげてしまった。


「ゼンくん……ケガしたの?」


 びっくりしたように離した手を、今度は自分の口もとにあてる。

 その白い面が瞬く間に血の気を失っていくのを見て、僕は弱々しく首を振ってみせた。


「たいしたケガじゃありません。……それより、戻りましょう」


 下座のセット裏では、地元のアマチュア・バンドが作成したテーマソング、『戦え!イツカイザー!』を流しているオノディさんが、必死にパニックを抑えこんでいるような形相で、僕たちのほうを見つめやっている。

 しかし、ヤギさんの姿はすでになく、舞台上で終了の挨拶をするために居残っているあやめの他は、全員すでに舞台裏のテントに戻っているはずだった。


 そうして、オノディさんにうなずきかけてから、僕とサクラさんもテントに戻ってみると――そこは、まさしく修羅場と成り果てていた。


                      ◇


「おい、やめろって! いいかげんにしろ! ……ああ、ゼンくん! 早くこいつを脱がしてくれ!」


 テントの真ん中で、一足早く帰還していたらしい『ケムゲノム』が触手を振り回していた。

 カントクは地べたに座りこんで、まだ気絶したままのアブラムBを介抱しており、ヤギさんはひとり腕を組んで、死神のような顔つきでテント内の様子を眺めやっている。


 そして――もうひとりのアブラムが、トモハルにつかみかかっていた。

 いや、もはやアブラムAではない。

 彼はすでにアブラムのマスクを床に脱ぎ捨てて、トモハルの胸ぐらをつかみ、テント内に怒声を響きわたらせていた。


「全部、手前が仕組んだんだろ! ふざけた真似しやがって! 二度とテレビに映れねぇような顔にしてやろうか?」


 その怒りに引き歪んだ顔と、憎しみに満ちた声に、僕は唖然と声を失う。

 無言のトモハルにつかみかかり、今にも拳を振り上げかねない様子の、その人物は――田代だったのだ。


 あわててカントクのほうをうかがい見ると、そちらに横たわっているほうのアブラムBが、野々宮――芝居の最中に本気の喧嘩をしかけてきたのは、皮肉屋の田代ではなく、無口な野々宮のほうであったのだ。

 僕はいっそう、わけがわからなくなってしまった。


「金子くん! 野々宮がいっこうに目を覚まさんのだ! そんな馬鹿どもは放っておいて、こっちを先に頼む!」


 田代の声を圧するほどの蛮声で、カントクががなりたてる。

 サクラさんの手によって『ケムゲノム』の装束から解放された金子さんは、「はい!」と素早く野々宮のもとにかがみこんだ。


 僕は、一歩として動くことができない。

 そのときになって、ようやくオノディさんとあやめが連れ立って舞台から帰ってきた。


「うわ! 何の騒ぎですか、こりゃ! ……田代くん、暴力はいかん暴力は!」


「邪魔すんな! こいつが全部悪いんだよ!」


 田代よりも二回りは小柄なオノディさんに、彼らを止めるすべなどあろうはずもない。

 すると、金子さんの手に野々宮を託したカントクが、鬼の形相でそちらに近づいていった。


「やめろ、田代。まずは事情を説明するんだ。……どうしてトモハルが悪いんだ?」


 その声は、ふだんに比べたらむしろ控えめなぐらいのトーンとボリュームだったが、しかし、爆発寸前のダイナマイトを思わせる恐ろしげな威圧感に満ちみちていた。

 田代はトモハルの身体を突き飛ばし、怒りに青ざめた顔でカントクを振り返る。


「本番前に、俺は聞いちまったんですよ! こいつが、野々宮をそそのかしてるのを……野々宮はこいつに乗せられて、あんな馬鹿な真似をしちまったんです!」


「どうしてトモハルが、そんなことをするんだ? それに、野々宮がトモハルの命令を聞く筋合いなんざないだろう」


 田代はぎりっと奥歯を噛み鳴らすや、火のような眼光を僕に飛ばしてきた。


「野々宮も、こいつも、あの坊主が気に食わなかったんですよ! ……そりゃあそうでしょう? 野々宮はあやめに惚れてたし、このクソ野郎はお姫さんを狙ってたんだ! その両方とよろしくやってるあの坊主のことが、憎たらしくてたまらなかったんでしょうよ!」


「……何言ってんの、田代さん? どうして野々宮さんが、あたしのことを……」


 田代の目が、愕然とつぶやくあやめのほうに移動する。


「はん! どうしてもへったくれもあるかよ! 惚れてるもんは惚れてるんだよ! 俺がお前を誘ったときだって、そいつは内心ハラワタが煮えくりかえってたんだ! ……俺がそれを知ったのは、ほんのつい最近だったけどな。あの、ビデオだか何だかを撮影した夜に、野々宮はそれを打ち明けてくれたんだよ!」


「そんな……」


「それを嗅ぎつけたこいつが、野々宮の野郎を利用しやがったんだ! 気に食わねえんなら、手前で喧嘩でも何でもふっかけりゃいいもんをよ! 勝てる自信がないもんだから、手前は野々宮をけしかけたんだろうが!」


 田代が、おもいきり地面を蹴りつける。

 トモハルは白い顔をいっそう白くして、そっぽをむいたまま、やはり無言だった。


 僕もまた、口を開くことができない。

 そんな中、カントクは重々しい声音で言葉を重ねた。


「……だったら、どうして俺たちに相談しなかった? そんな物騒な話を聞いたんだったら、まず責任者の俺たちに……」


「へえ、相談したら、どうにかしてくれたってんですか? こいつはただ、『本番中に、主人公が戦闘員のザコキャラに倒されちゃったら、さぞかし恥ずかしいだろうねぇ』とか何とか言ってただけですよ? たったそれだけで、野々宮をクビになんかできたんですか?」


 だから田代は、カントクにではなく、僕に忠告してくれたのか。

 野々宮が、本当にそんな罪を犯してしまわないように――と。


「……本当なの? トモハルくん?」


 サクラさんが一歩、前に進みでた。

 トモハルの肩が、何かに怯えるように、びくりと震える。


「本当にトモハルくんが、そんなことを……?」


 サクラさんの目には、うっすらと涙が光っていた。

 トモハルは、声にならないわめき声をあげ――サクラさんを見ようともせず、脱兎の勢いでテントから飛び出していった。


「馬鹿な……いったい何を考えてるんだ、あいつは」


 カントクは肺の中の空気をすべてしぼりだすような溜息をつき、手近なパイプ椅子に巨体を落としこんだ。

 それから、金子さんのほうにのろのろと視線を向ける。


「……野々宮の様子はどうだ? やはり救急車でも呼ぶべきかね?」


「いや、ただの脳震盪でしょう。実に見事なハイキックでしたから。俺が世話になってた道場だったら、バケツで水をぶっかけておしまいですよ。……ま、今回はそういうわけにもいかないでしょうが、あわてる必要はありません。目を覚ましてから病院に連れていけば、それで十分じゃないですかね」


「そうか。せめてもの救いだな」


 そう言って、カントクは分厚い胸やら腰やらに短い腕を這い回らせる。


「くそ。緊急用にタバコの一箱ぐらい持っておくべきだった。どうしてこのメンバーには、ひとりも喫煙者がいないんだ?」


「……私のせいです」


 と、サクラさんが涙をぬぐいながら、唐突に言った。


「トモハルくんが何を考えていたのか気づけなかった、私の責任です。……どうか、野々宮さんやトモハルくんを、あんまり責めないであげてください……」


「そんなこと言ったら、あたしも同罪じゃないですか!」


 あやめが悲痛な表情で声をあげると、サクラさんは決然と首を横に振る。


「いえ。あやめさんは野々宮さんとほとんど喋ったこともないんでしょ? でも、私はトモハルくんとたくさん話もしていたのに、何にも気づけなかった……」


「気づけなかったって、トモハルさんがサクラさんを好きだったってことにも? あんなに露骨にアプローチされてたのに?」


「それは……恋愛感情とは、ちょっと違くて……独占欲とか、そういうのはあったかもしれないけど……」


「ふーん? だけど、こんなの馬鹿げてますよ! どういう気持ちだったにせよ、こんな馬鹿なことをするなんて……あたしには、絶対に許せない!」


 怒りと悲しみをごちゃまぜにした目つきで、あやめの目が野々宮の姿をにらみつける。


「あたしのことが好きだって言うなら、どうしてあたしが一番嫌がるようなことをするの? そんな身勝手な気持ち、あたしは認めない! そんなの、本当の恋愛感情じゃ……」


「……やめろよ、あやめ」


 僕は、さまざまな感情に打ちのめされながら、あやめを制した。

 誰もが、あやめのように強く生きられるわけではない。野々宮やトモハルは確かに許されないことをしたかもしれないが、その気持ちまでもを否定する権利などは、誰にもない気がした。


 それに――


「僕が、悪いんだよ」


 僕には、そうとしか思えなかった。

 誤解である部分は多いが、彼らの怒りが不当であったとも思えない。


 僕はサクラさんに対して明確な恋愛感情を抱いていたし、あやめとは、友達としてだが、ずいぶん仲良くなってしまった。

 それはどちらも、まったく後ろめたい感情ではなかったが――もっとも新参者である僕が、人間関係の輪を乱してしまったということに変わりはないだろう。

 彼らも悪いが、僕も悪かったのだろうと思う。


「……馬鹿じゃねえの、お前ら?」


 と、ふいに聞き覚えのない声が響いた。

 金子さんが、びっくりしたように視線を野々宮のほうに落とす。


「何だ、野々宮。もう目を覚ましてたのか?」


「……起きてましたよ、さっきから」


 額に右手をあてながら、大儀そうにずんぐりとした身体を起こす。


「誰が悪い、彼が悪いって……そんなの、暴れた俺が悪いに決まってるじゃねえか。何を見当違いなこと言ってんだよ、お前らは」


 少しかすれた、野太い声。

 野々宮は、こんな声をしていたのか。


「おい、野々宮……」


「どんな罰でも受けますよ。……だからもう、ごちゃごちゃ騒がないでください」


 心配そうに駆け寄る田代には目もくれず、野々宮は感情の読めない低い声で、そう言った。

 野々宮は――もしかしたら、さっきのあやめの言葉も聞いてしまったのかもしれない。

 その顔はうつむいたまま誰を見ようともせず、そして、あやめは挑みかかるような目つきで、そんな野々宮をにらみすえていた。


「うむ……とりあえずの事情は了解した。本番にアクシデントはつきものだが、それにしても、まさかこれほどのトラブルが勃発するとはな」


 苦りきった、カントクの声。

 オノディさんは、とても見ていられないような悲しげな面持ちでがっくりと肩を落としており、ヤギさんは、彫像と化してしまったかのように無言で不動だった。


「キミらの感情の機微までは把握しきれんかった。また、そこまで干渉するのは筋違いだ、とも思っていたしな。……しかし、すべての責任は主催者の我々にある。いいオトナが雁首そろえて、こんなトラブルを未然に防げなかったというのも、情けない話だ。最初に、わびを入れさせていただこう」


 意外なことに、カントクはひどく苦々しげではあったものの、誰に対しても怒りや不満を抱いているようには見えなかった。

 あれほど情熱のすべてを傾けていた『イツカイザー』の舞台を、こんなかたちで滅茶苦茶にされたというのに……

 僕は、自責の念で呼吸が苦しいぐらいだった。


「おのおの思うところはあるだろうが、今のところは、胸におさめておいてくれ。後日、ひとりひとりにあらためて事情を聞いて、できるだけみんなが納得できるように処置したいと思う。……しかしその前に、今日のことだけは早々に決断を下さねばな」


 言いながら、カントクはオノディさんとヤギさんを振り返った。


「ヤギさん、オノディ……それに、サクラくん。非常に残念だが、今日の午後からの公演は……」


「待ってください!」


 反射的に、僕は叫んでいた。

 その場にいたすべての人間が、けげんそうに僕を振り返る。


「公演を……中止するつもりですか?」


「うん? そりゃあそうだろう。トモハルはいなくなっちまったし、野々宮は病院に連れていかなきゃならん。それに残りのメンバーだって、とうてい舞台をこなせるような状態じゃあ……」


「僕は、嫌です!」


 得体の知れない感情に衝き動かされて、僕はさらに叫んでいた。

 唇をかんでうつむいていたサクラさんが、びっくりしたように僕の横顔を見つめているのが感じられる。


「ゼンくん……?」


「こんなかたちで終わらせてしまうのは、嫌です! 次の公演まで、まだあと一ヶ月以上もあるのに……こんな気持ちをひきずったまま、それまでを過ごすなんて、僕には耐えられません!」


 何かが、僕の心の中で決壊しようとしていた。

 何か、ものすごく大事なものが、今、僕の中で木っ端微塵になろうとしている。


 その正体はわからないが、それが一度壊れてしまったら、もう二度とは元に戻らないだろうということだけは、はっきりとわかる。

 そして、たいして強くもない僕の心が、そんな現象には耐えられないだろう――ということも。


「しかし、そうは言ってもなぁ……」


「はーい。あたしもゼンくんに賛成です!」


 と、あやめが大声を出して、カントクの言葉をさえぎった。

 その目が、床に座りこんだまま動こうとしない野々宮の背中をにらみすえる。


「もし、今日がこのまま終わっちゃったら、たぶんあたし、この人とトモハルさんを一生許せません! この二人がこの先どうするつもりなのかは知らないですけど、一生人を恨んで生きていくなんてまっぴらだから、できれば午後のステージもきちんとこなして、ケジメをつけたいです!」


「いや、だが、野々宮には病院に行ってもらわんと困る。まがりなりにも一度昏倒しとるんだ。これだけは譲れん。それに、どこに行ったかもわからんトモハルを探しだすのも難しいだろうし……」


「やれる人だけでやればいいじゃないですか」


 無慈悲なぐらいあっさりと言って、あやめは傲然と腕を組んだ。

 そちらに気づかれないようにかぼそい溜息をついてから、野々宮がもぞもぞと立ち上がろうとする。


「どうぞ勝手にやっててください。病院もけっこうです。俺はもう、帰らせていただきますよ」


「おい、野々宮……」


 金子さんも立ち上がり、その腕を逃がすまいとひっつかむ。


「放してください。もし何か賠償とかあるんなら、全部俺が払いますよ。土下座して謝れって言うんなら、土下座します。だから、もう……カンベンしてください」


「勝手なことを言うな!」


 おそろしいほどの、大声だった。

 いったい誰が今の声を出したのだと、びっくりして振り返り――それが金子さんだったと知り、僕はさらに息を呑む。

 金子さんがこのような大声を出すことなど、これまでにはありえない話であった。


「家に帰らせてくれ、だと? お前はどこまで勝手なんだ! もしお前の身体に何かあったら、ゼンくんやカントクにどれだけの迷惑がかかると思ってるんだ? やっちまったことには今さらウダウダ言うつもりはないがな、手前のしでかした不始末だったら、手前できっちり落とし前をつけろ!」


 ふだん柔和な人が怒るとどれほど恐ろしいものか、僕たちは嫌というほど思い知らされることになった。

 野々宮はわなわなと唇を震わせながら、いっそう力なくうなだれてしまう。


「……こいつは、俺が責任をもって病院に放りこんできますよ。オノディさん、車を貸してください」


「あ、ああ、うん、もちろん……」


「救急病院の場所はわかってるんで、一時間やそこらで帰ってこられると思います。もし午後の部もきちんと続けられるなら、その間に段取りを考えておいてくださいね」


「金子くん……」


 驚きの声をあげるカントクに、金子さんはにやりとふてぶてしく笑いかけた。

 金子さんのこんな表情も、初めてだ。


「俺も、ものすごく不完全燃焼です。ゼンくんはショックでロボットみたいになっちゃってたし、この二ヶ月の成果をちっとも発揮できませんでした。できることなら、今日のうちにリベンジしたいです。……俺だって、こう見えてもゼンくんと同じぐらい、負けず嫌いなんですよ?」


「金子さん、かっこいい!」


 あやめが、はしゃいだ声をあげる。

 カントクは呆れかえった様子で、そんな金子さんと、あやめと、僕の姿を見回した。


「キミたち、本気で言っとるのか? ……いやしかし、『アブラムB』はともかく、『五十嵐道』ぬきで舞台を続けるなんて、不可能だろう」


「だったら……私が、探してきます」


 決然と言ったのは、サクラさんだった。

 野々宮をのぞくすべての人間が、サクラさんに視線を向ける。


「探して、そして、説得します。……午後の公演を、続けてくれるように」


「いや、しかし……この調子だと、あいつと同じ舞台に立つなんて冗談じゃない、と思う人間だっているだろう。むしろ、そう思わないほうがおかしいぐらいだ」


「あたしは、大丈夫ですよ!」


 そう答えたのは、サクラさんではなく、あやめだった。


「顔を見たらブン殴っちゃいそうなぐらいムカついてますけど、このまま終わっちゃうよりはマシですから」


「俺もまったくの同意見ですね」

 金子さんが、すかさず同意する。


「俺は、イヤですよ!」

 怒鳴ったのは、もちろん田代だった。


「あんなゲス野郎と同じ舞台に立つなんて、想像しただけで反吐が出そうだ! 俺はこれで、帰らせてもらいます!」


「待てよ、田代。これで舞台が中止になっちまったら、よけいに野々宮の立場がなくなっちまうぞ?」


 野々宮の腕をつかんだまま、金子さんが田代を振り返る。

 その表情はふだん通りのおだやかさを復活させていたが、ゾウのように小さな目にはとても強い光が宿っている。

 まるで、本物のヒーローみたいだ。


「野々宮、お前もだ。俺はこれからお前を病院に連れていくけど、それで一切の心配なしって診断が下されたら、お前はどうする?」


「…………え?」


「そのまま逃げ帰って、それでおしまいか? どうもすみませんでしたと頭を下げて、このプロジェクトと縁を切って、それでお前は自分の罪悪感と折り合いをつけられるのか?」


「俺に……どうしろって言うんです?」


「どうしろなんて言わないよ。ただ、お前が名誉挽回する方法はひとつしかないし、そのチャンスは一回しかない。俺にわかるのは、それだけさ」


 そう言って、金子さんはぶあつい肩をひとつすくめた。


「まあ、それでお前がどういう決心をしようと、ドクターストップがかかったらそれまでだし。お前なんかの顔は二度と見たくないって思ってる人間もいるかもしれないけど……」


「そんな人は、いませんよ」


 反射的に、僕は言ってしまっていた。

 罪悪感や、後ろめたさ、気まずさや後悔や反省や、そんなものどもを全部呑み下し――僕は、すべてのメンバーに向かって言った。


「誰が悪いとか、誰が腹立たしいとか、そんな話はもう後回しにしましょう。僕は、トモハルさんを探してきます!」

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