俺のヒロインが変人すぎてまともに恋愛させてくれない件について
おもちDX
第1話 俺が好きだった人はもういない
突然だが、俺──
2年3組。
その教室の前を通り過ぎる瞬間。甘い花の匂いに誘われるように視界が動き、俺は彼女を目に焼きける。
実際、近くで見るとあまりの眩しさに失明しかねない。どこか遠くの。それこそ、おとぎ話の国からやってきたのではないかと勘違いを起こしてしまいそうになる。
それほどまでに、彼女は完璧だった。
腰まで伸びた長い黒髪。髪を解く時間もバカにできないだろうに、彼女の毛先が乱れた所を一度も見た試しがない。
大きな瞳に桜色の唇を携えたお面は美しいを突き詰めたような存在で。目も合ってないのに、こっちの顔が茹で上がってしまいそうだ。
成績も極めて優秀。凛とした雰囲気はどこか近寄り難さもあったが、男なら誰しも一度は彼女と付き合うことを夢に見る。
無論、俺もその一人であり、絶賛片想い中である。
「今日もお美しいこと……」
誰にも聞こえないように、ぼそっと呟く。
教室の覗き窓が途切れ、彼女が見えなくなる。俺は再び目線を進行方向に向けた。
まさかこの後、あんなことになるなんて……
この時の俺は知る由もない。
放課後の帰り道、ポケットの中に強い違和感を感じた。
確認がてら手を突っ込こむと、本来あるはずのそれが無いことに気づく。
「スマホがない……」
思い出されるのは今日の6限。
教師の都合で、急に自習になってしまった為、俺は机の下でコソコソとネットサーフィンに興じていた。
その時、机の中に置きっぱなしに……
ここから学校まで遠からずも近からず。
躊躇したが、普段、そこにあるハズの物が無い焦燥感には敵わない。
「しゃあないか」
俺は泣く泣く学校にとんぼ返りする羽目になった。
せっせこと部活動に勤しむ生徒達に負い目を感じながら、教室に続く角を曲がった。
すぐ左手には男子トイレ。
なんか小便したくなってきたな……
梅干しを見て唾液が溢れる現象よろしく、トイレを見て尿意を覚えた俺はトイレに入った。
しかし、これこそが間違いだった。
「は?」
目の前の光景に、視界が揺れる。頭を鈍器で殴られたみたいに、ぐらりと激しい。
そして、ついさっきまで感じていた尿意を一切感じない。膀胱が急に本気をだしたのだろうか?
そう思わせるだけのショックがあったのだ。
──吉川夜明が男子トイレの個室から出てきた。しかもなんだ、あの快楽に蕩けた顔は。
頭が完全に死んだ。思考停止。
俺は後退りして、一度トイレの看板を見た。
もしかすると、ここは女子トイレかもしれない。それならいい。俺が悪い。それで済む話だ。
『男子トイレ』
指差し確認よし!
トイレにIN!
吉川夜明、よし!
「『よし!』じゃねぇ!!」
やっぱり男子トイレじゃねぇか! そりゃ小便器があるはずだわ!
「えっ」
「あ……」
大声を出してしまったせいで、吉川と目が合った。
彼女の顔がみるみると曇っていく。
一方の俺は、錯乱を通り越して落ち着いてすらいた。
コンビニで、偶然、顔を合わせたぐらいのノリで片手をあげる。
「吉川もトイレ? 奇遇だな。俺も急にキちゃってさー」
「あっ、あっ……」
口をはくはくととさせて、額に汗を浮かべている。
そんな吉川に、俺は赤ん坊を寝かしつけるように優しく説く。
「安心しろ吉川。これは夢だ。悪い夢を見ているんだよ。だから俺は何も言わん。さぁ頬をつねって目を覚ますんだ。そうすれば、あら不思議。小鳥のさえずりが心地いい朝だ」
「ひゅめじゃ、ないみらい……」
お餅みたいに伸びた吉川の頬っぺた。
「そうか。よく伸びる頬っぺだな。そういう所も愛らしいぞ」
「あ……ありやと」
「……」
「……」
「うわあああああああああああああッッ!!!」
沈黙を破ったのは俺だった。
「きゃあぁぁぁぁぁァァァァッッ!!!」
つられたのは吉川。
一度決壊したダムは遠慮を知らず、次から次へと困惑の言葉が溢れ出す。
「吉川ぁ!? お前なにやってんの!? ここ男子トイレなんだけど!?」
「お、おおおおおちつつつつい、ててて」
「落ち着いていられるか! 俺、見たぞ! この目で見た!」
あわわ、と慌てふためく吉川に俺はビシッと指をさした。言いたくないが告げる。
「変態だァァァァァァァッッ!!!」
「あ……あぁっ」
力なくへたりこんだ吉川。
やめとけ、床汚いから。
それにしたってこの状況……間違いだ。
憧れの女の子が男子トイレの個室から出てくるなんて……
そんなの絶対間違いだ……
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