25:異界人と化けJKのリーク

「私さ〜、何か嫌な予感がするんだよね」


 今日は美晴の発案で、L|NEのテレビ通話をしている。あの時と同じように部屋は整頓されているのに対し、麻里菜の部屋は画面に映る部分だけ片づけた、即席の背景である。

 通話をしたまま、ここからスマホを移動することはできない。


「どうして?」

「だって日に日に感染者増えてるでしょ? この混乱に乗じて『ルイナ』が動き始めるかもしれないじゃん」

「そっか……確かに」


 コンコンコン


「はーい」


 麻里菜の部屋のドアが珍しくノックされ、母が入ってきた。


「ちょっと麻里菜、この間言ってたテロリストのこと、公になっちゃったわよ」

「「えぇっ!?」」


 麻里菜のスマホのスピーカーからも、美晴の驚く声が聞こえた。


「さっきテレビの速報で入ってきたのよ。『先月の埼玉の高校の立てこもり事件の被告、テロリストと関与か』って」

「じゃあ異世界から来た人だっていうのは?」

「そこまでは言ってなかったわね。でも、分かるのも時間の問題かもしれない」


『ルイナ』のことを知っているのは、未だに麻里菜、美晴、蓮斗、麻里菜の母、マイだけだ。クラスメイトにも漏らしたことは一切ない。

 犯人の男が吐いたのだろうか。


 母の言うとおり、一時間後にはそのテロリストが、どうやら異世界から来たらしいことが判明した。


 そして、男が言ってしまったのだ。


「俺はタヌキみてぇな耳と、尻からヘビが生えてる銀髪の生徒に銃を奪われた! 取り押さえたのは、キツネみてぇなしっぽと耳が生えてる金髪の生徒だ! いい加減、『ルイナ』様が妖魔界から来たってこと、認めてくれよ!」


 麻里菜の背筋が凍りつく。


「や……やばい。バレた……」

「麻里菜……どうしよ……明日から学校行けないって!」

「大丈夫だって……私たちの顔写真とかまだ拡散されてないから」


 取り調べの時の音声が全国放送で流された瞬間、ネットは瞬く間に『異世界』や『テロリスト』の話題で埋めつくされた。そして、男を取り押さえた二人の生徒のことも。

 世界各国もこのことを報道し、一日にして人間界すべてを巻きこむ大騒動へと発展したのだ。


 麻里菜と美晴はお互いの状況を飲みこむため、いったん電話を切る。


蓮『まずいな…』


 蓮斗からグループL|NEでメッセージが入った。


蓮『学校へのサーバー攻撃は俺に任せろ。何とかして二人の個人情報は抜き取られないようにする』

麻『ありがとう。高校だけじゃなくて私たちの母校もお願いできる?』

蓮『そうだな。ちょっと大変だけど』


 麻里菜はスマホの画面を見つめて、サフィーを胸に当てて深呼吸している。

 美晴からのメッセージは何もない。


「……明日、そもそも授業すらできないんじゃ。またメディアとかやばそうだし。どうするんだろ」


 せっかくほとぼりが冷めたというのに、あの時以上に再燃している。しかし、


『報道がありましたが、明日も通常通り授業を行います。ただし、インタビューは受けないようにしてください。学校側が対応いたします』


と学校通信がメールで来たのだ。


「絶対、校門前とか最寄り駅にカメラいるでしょ……。少なくとも私と美晴の顔が映っただけでオワリなんだけど」


 麻里菜は悶々として、サフィーに声を吹きこんでいた。

 美晴に聞いてもしょうがない。親に言っても学校に忠告することくらいしかできない。蓮斗に言っても引きこもりの彼には何もできないだろう。

 特に根拠もなくマイに尋ねてしまっていた。


「マイ、とうとう私と美晴が妖怪だってバレる寸前まで来ちゃってる。そっちから何かできない? マイだったらこういう状況の時、どうする?」


 吹きこんでから、違う世界にいる彼女には、より何もできないことに気づく。


「あぁ……混乱してる。ちゃんと判断ができなくなってる……」


 麻里菜の頭は、驚きと不安と恐怖が自分自身でぐちゃぐちゃにかき混ぜられているのだった。


「とうとうね。私だったら逆に開き直っちゃうかもしれない」


 しばらくして返ってきたマイの答えは意外なものだった。


「開き直れって……だから……私は人間界の女子高生なんだってば」

「バレたらバレたで しょうがないでしょ? 麻里菜が言いたいのは『マイは女王だからそう答えるんだ』ってことでしょうけど、バレたのはあの時に力を使った代償。妖力で記憶を消したとしても『ルイナ』がいることには変わりないんだし」

「それもそうだけど……!」


 麻里菜はサフィーから発せられる声の内容を噛み砕けずにいる。

 力を使った代償だからって、使わないわけにもいかなかった。使わないという選択肢はなかった。自分だけの血潮で済んだのが、教室が血の海になったかもしれない。


 過去を悔やんでも、自分だけでは回避できなかった結果だ……。


「……そうだね。バレたらバレたで開き直るしかない。揶揄されても差別されても、私は半妖なのだから」

「分かってくれた?」


 ああ、やっぱり女王だ。


「麻里菜、妖魔界に美晴を連れてこれる? アルカヌムの巫女の使命を果たすためには、一度会っておきたいから」

「そういうもろもろの話もするんでしょ? 自分の経験ももとに」

「……そういうのは分かるんだ」


 ふふっと笑ったマイは「おそらく美晴自身には妖魔界に渡る能力はないはず」とつけ加える。






 この人間界に、妖魔界から来たテロリストと、女子高生のふりをしている妖怪が二人いることが分かってしまった。

 いや、学校も八組の生徒も警察も知っていたが。これでみんなに知れ"渡って"しまった。


 そしてまた一つ、嫌な予感が。


「バレちゃったらしょうがないとか言って、ついに『ルイナ』が本気を出してきたりして……」

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