指令2 未知のウイルスから人間を護りきれ!

21:老害・DQN・キュウビとヌエ

 次の日の朝。


「麻里菜〜おっはよ〜!!」

「うわぁ、びっくりした……!」


 学校の最寄り駅で降りたとたん、待ち構えていたかのように美晴が抱きついてきたのだ。


「昨日の夜さみしかったんだからね〜」

「うん……他の人見てる」

「あっ、ごめん」


 美晴はうなだれながら麻里菜を抱いている腕を解く。


「人目のつくところじゃ恥ずかしいから」

「そうだよね。ごめん」


 再び謝る美晴の顔を、麻里菜は少し照れた顔でのぞきこんだ。


「くっ……かわいい」


 美晴も照れ顔で麻里菜の頭を押し返した。


「麻里菜がこの時間の電車に乗ってくるって分かったから、私も同じやつに乗ろうって思ったの。」

「でも同じ車両じゃなかったよ?」

「わ・ざ・と! 麻里菜を待ち構えるために、麻里菜の一つ前のやつに乗ったの!」

「は……はぁ」


 麻里菜は、自宅の最寄り駅から学校の最寄り駅まで、二回乗り換えてきている。ここの駅で降りるがために、一つ前の駅で乗り換えている。

 かたや美晴はここの駅まで電車一本で来られるため、自分の家の最寄り駅からそれを計算していることとなる。


 先週の一週間で微々たる調整をしていたに違いない。


「何分の電車で来てるとか、何も言ってないのに……」


 少しストーカー気質のあるらしい美晴だった。






 麻里菜は、もう会えない人と別れを惜しむがごとく美晴と語り合って、電車から降りた。閉じられたドアの向こうの人に手を振り、乗り換えるため階段をのぼっていく。


 違う路線の電車に乗ると、麻里菜の目に『新宿 乗用車と自転車が衝突 自転車の親子は心肺停止』の文字が飛びこんできた。写真のあまりの悲惨さに、麻里菜の手は自然とYah◯◯ニュースを開いていた。


 うわぁ……。


 フロントが大きく大破した車。自転車の面影などまったくない金属の部品の数々。


『ブレーキ痕がないことから、スピードを緩めずに衝突したとみられる』

『目撃情報から、法定速度を遥かに超えていたか』


 それならこれほどの凄惨な写真に納得がいく。


『乗用車を運転していたのは八十代男性』


 またか……。ボケてたのか?


 しかし、一つ疑問に思うことが。

 ここまでの事故なら、車の方のおじいちゃんも大変なケガをしているだろう。だが『逮捕』の文字がない。『回復を待って逮捕状をとる』などの文言が、この記事には書いていないのだ。


 他の記事を見ても書かれていなかった。

 麻里菜は何か嫌な予感がして、そっとその記事を閉じた。






 次の日、駅で美晴とはち合わせると、彼女は青い顔をしていた。


「……どうした? 何かあった?」

「ちょー怖かったんですけど……。やばい人に絡まれちゃった……」

「えっ、どんな人?」


 改札への階段をのぼりつつ、美晴はそっと口を開く。


「たぶん四十代とか五十代の男の人。うちの最寄り駅から乗ったら、たまたま席が空いてたから座ったの。そしたら、あとで駆け込み乗車してきたおじさんが私をにらんで、舌打ちしてきて、ずっと不機嫌そうにしてて」


「うわ、マジか……」


「それでね、急に私の足を踏みつけてきて『なんで気づかねぇんだよ、このガキ! そこは俺がいつも座ってる席なんだよ! とっとと変われや!』って怒鳴られたの。怖すぎるからすぐに変わったけど」


 麻里菜は一瞬、あることが頭に浮かんだ。


「その人って……何か障がいとか持ってそうな感じだった?」

「いや……? 席変わったあとの素振りは、普通の人みたいな感じ。席変わってもらって満足した感じ」


 これっていわゆるDQNドキュンって奴……? 


「昨日は新宿ですごい事故があったし、そういう自己中な奴もいるし……なんだかなぁ」

「ほんとだよね。怖いって。向こうから猛スピードで車に突っこまれたら終わりだし、高校生で女だからってナメられてるよ」

「それは……ある」


 大人からすれば高校生など、ただのガキにすぎない。しかし、だからといって態度に出してはいけない。


 今日はわが身だと警戒しなくてはならないと思った麻里菜。安易に妖力や魔力を使えないので、余計に頭を悩ませることとなった。






 そこが妖魔界と違うところなんだよなぁ。ガキとか言われることは向こうでもあったけど、女性を見下すような態度はとらないんだよ。

 確かに男性の方が武器を持たせれば強いし、体力もあるし。でも向こうには魔法とか妖力があるから、女性でもそれでどうにかなっちゃう。


 現に妖魔界を統べているのは『女王』だし、おまけに即位したのは十三歳。私よりよっぽどガキ。それでも彼女の妖力や魔力、カリスマ性、魔法学校首席の頭脳を鑑みて、女王に選んだ。

 結局はそういうことなんだよね。






美『れんと、あれから何か情報得られた?』


 美晴がL|NEグループ『あやかしデュエット+α』で、蓮斗に尋ねる。


蓮『このところ大きな動きはないな。初陣から警察に捕まったから、今はおとなしくしてるのかもしれない』

美『この間に次への対策を練ってるのかな?』

蓮『それは確実だな』


 今度は麻里菜にメンションがつけられて、蓮斗から質問される。


蓮『女王から何か情報は?』


 蓮斗と最後に会ったのはおととい。「人間界でも情報収集を手伝ってくれる人ができた」とマイに伝えた時、彼女から言われたことがある。


麻『先週の土曜日、ルイナのうちの何人かが妖魔界に戻ってきたらしいよ。思ってたより人間界の法がしっかりしてたって言ったんだって』

蓮『妖魔界は今の女王が即位して、やっと法律が変わったって言ってたよな。それまでは、こっちで言う大日本帝国憲法みたいなやつ?』


 マイが女王になり急速にインフラ整備が進んだ。妖魔界にインターネットが入ってから四年。それまではテレビもラジオもなく、電気すら通じていなかった。


 魔法などの人間界にはないものが発達した妖魔界は、そういうものは必要ない……はずだった。魔法を使えない人のことを考えていなかったからである。

 むしろ使えない人の方が大多数だが、そのほとんどは平民。魔法が使える上級者層だけが情報や知識を握っていた。

 マイはそこに目をつけ、インターネットやパソコンを整備して、誰でも情報を手に入れられるようにしたのだ。


美『そうらしいね、まりなから聞いた! 法律とかはこっちの方が進んでるんだね!』


 民主政治にするため、各国の王室は政治権力を放棄した。しかし、世界レベルの話になると、王室が『助言』という形で関わるようになる。その助言が行きすぎたものにならないよう、コントロールするのが妖魔界女王の役目だ。


蓮『ルイナ、去る者は追わず……だな。テロ組織と言ったら一種の宗教のような感じのはずなんだが』

麻『そういうのは人間界の考え方と違うかもなぁ。宗教であることは否定しないけど、必死に信者を集めようとかはない感じ。長の考えに同意する者だけついてこい、みたいな』


 麻里菜は妖魔界で暮らした一ヶ月ほどの記憶をたぐり寄せる。


麻『少しでも疑問を持ったなら出て行ってもいいって。いわゆる洗脳とかはないね』

美『へぇ〜!』

蓮『さすがは現地に住んでた人……』


 二人から立てられた麻里菜は、スマホを前にして少しニヤついた。


蓮『こうやって、また向こうの文化とか思想について聞くかもしれない。助かった』

麻『いえいえ』


 この日の情報交換はここで終わった。

 しかし、まだ麻里菜はスマホを手放すことはできなかった。すぐに美晴から電話がかかってきて、話し相手にさせられたからだ。


「美晴……通話したいなら事前にメッセージ送ってくれない? 風呂入りそびれた」

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