指令1 立てこもり犯からクラスメイトを護りきれ!

03:陰キャぼっちとドッペルゲンガー

 ピピピピ、ピピピピ……

 耳元から聞こえる無機質で不快な音。

 麻里菜は『スヌーズ』のボタンを押して、再び眠りにつく。


 五分後。

 ピピピピ、ピピピピ……

 今度は『停止』のボタンを押して、眠りにつく。






 しばらくして。


「麻里菜ーーーー! いい加減起きなさい!」


 自身を呼ぶ声に麻里菜は飛び起きた。スマホを見る。

 あ、やばい。

 自分の部屋を飛び出して階段を駆け下りると、スーツを着た母が怖い顔をして立っていた。


「初日から寝坊って、どういうこと!」

「……ごめん。無意識に目覚まし止めてた」


 親切にもご飯とみそ汁が用意されている。麻里菜は冷めたみそ汁を一口飲み、表面が少しカピカピになりかけたご飯を口に運ぶ。

 寝起きはご飯が進まない。何とか食べきって、シンクに茶碗とお椀を持っていく。薬を飲んで、洗面所に走った。


「今日初めて高校の制服着るんだから、早く起きなさいってあれほど言ったのに」


 そうは言っても今日は母がついてくるので、いつもの平日ほど時間ギリギリではないのだが。


 歯磨きをし、顔を洗い、自分の部屋で制服に着替えた。

 白いブラウスの上から紺色のセーターを着て、紺や青を基調としたチェック柄のスカートをはき、黒いブレザーを羽織る。


「高校のスカート、やっぱりちょっと短いよなぁ」


 中学の制服のスカートは、膝小僧ひざこぞうが完全に隠れなければいけなかった。その上、行事の時は白いハイソックスだったのでダサいの極みだった。

 高校は、膝頭ひざがしらより少し上でよいのだ。靴下は同じくハイソックスだが、紺色なので引き締まって見える。


 中学の制服は自分でネクタイを結ばなければいけなかったが、高校の制服は青チェックのリボンで、ボタンを留めるだけでよい。

 何と楽なこと。


 むしろ、中学の方が制服着るの時間かかってたし。


「おお、いいじゃん。頭よさそうに見える」


 弟と一緒に留守番する父が麻里菜を指さす。


「なに、頭よさそうって。少なくともお父さんよりは頭いいし」


 そう返しつつクシを手に取り、髪をとかす。


 春休みでバッサリと髪を切った麻里菜は、首から前にかけて長くなる、いわゆる前下がりボブだ。

 おまけに、脳天あたりにアホ毛もある。水でぬらして直しても、この二本は絶対に十分後にはピョコンと姿を現す。


「こいつはいいや。直してもすぐ戻っちゃうし」


 麻里菜は学校指定のリュックサックを背負って、ローファーに足を滑らせた。


「いってきます」

「お姉ちゃん、頑張ってね!」


 五歳下の弟が玄関まで見送りに来てくれた。


「帰ってくるまでにちゃんと宿題終わらすんだよ。明日から学校なんだから」

「はいはい」


 母の忠告にテキトーに返事をする弟だが、麻里菜と母が家を出たとたんにスイッチに手を出すだろう。「何で五年生からは宿題があるんだよ!」って文句を言っていたとかなんとか。


「じゃあねー」


 弟に手を振る麻里菜。


 ああ、平和だな。これもマイナーレがもたらした平和か。

 この時の麻里菜は知る由もなかった。また妖力と魔力を使う時がくるなんて。






「はぁ、やっと着いた!」


 学校の最寄り駅に着くと、母は腕時計を見た。いつもヒールをはく人間ではない母が一時間電車に揺られれば、それは疲れるだろう。


「やばい、かかとが痛い。」


 部活のコンクール以来のローファーで、麻里菜のかかとも悲鳴を上げつつある。


「ばんそうこうは?」

「…………あ」

「……まったく、持ち歩いてなさいよね」

「まだ大丈夫。ちょっと痛いだけだから。ありがと」


 母の歩くスピードに合わせ、駅から十分ほどで学校に着いた。だが、麻里菜の早歩きならあと二分は削れる。


「じゃあ、終わったらここに集合ね」

「オッケー」

「またあとで〜」


 互いに手を振り、麻里菜は上履きを取り出して校舎の中に入っていった。

 一年生の教室は五階。ここの学校の校舎は縦に長く、六階まであるのだ。五階まで上り終わるころには、麻里菜の息が上がっていた。


 麻里菜は一年八組。八組の教室は階段のそばにあった。


 扉の向こうには、高校生活を共にするクラスメイトがいる。三年間クラス替えのない八組の……。


 麻里菜は後ろの扉を開けた。

 もうクラスの半分くらいの人がいる。みんな早いなぁ。まぁ、いるのは全員女子なんだけど。


 黒板に座席表がデカデカと貼ってあった。私の席は……そこか。廊下側から三列目の、前から二番目。ビミョーな位置だな。

 麻里菜はリュックを下ろして座った。


 麻里菜の隣には、それはそれはインパクトのある人が座っている、


 髪、ながっ……!


 ポニーテールをしていても腰より長い髪。これ、髪下ろしたらすげぇ長さだよな……。

 それに、明るいブラウンの髪。……染めてんのか?

 あと、身長高ぇなぁ。十センチくらい分けてくれないかなぁ。いや、十センチと言わず、もっと。


 あっ、名前は……高山さんか。


「ん? やっぱり髪の毛気になる?」


 はっ! 視線ずらすの忘れてた!


「ご、ごめんなさい」

「いいの、いいの。これ、地毛だから」

「そ、そうなんですね」


 ああ、やっぱりコミュ障の返事になっちゃったなぁ。


「ちなみに、私は高山美晴。『うつく』しいに、天気の『』れる。名前は?」

「私は小林麻里菜。字は……『あさ』に『さと』に菜っ葉の『』」

「麻里菜、よろしくね! あと、タメでいいよ」

「よ、よろしく」


 背中を叩かれる麻里菜。これが、いわゆる陽キャか。いちいちとる行動がデカい。


 と、いうか。……いや、ちょっと待てよ。やっぱりそうだよな……


「「顔そっくり!」」


 は、ハモった。


「そうだよね! 今思ったんだけど、私と顔そっくりだよね!」

「うん。思った」

「やったー! そっくりさんだ!」


 勝手に握手をさせられ、戸惑うしかない。


「ほら、世界に三人、自分と顔がそっくりの人がいるって言うでしょ? そのうちの一人と会っちゃったぁ!」


 彼女のテンションについていけず、麻里菜はさっきから苦笑いをし続けていた。


「そうだ。どこ住んでんの?」


 こ、困った。そもそも知ってる可能性低いぞ……。


「えっと、真尾まさおって知ってる?」

「うーん……分かんない。何線?」

東武とうぶ東上とうじょう線なんだけど……まぁ、ここからだと川越かわごえより向こう」

「あー、川越より向こうは分かんない」


 やっぱりか。


「そんな遠いと、ここまで結構時間かかるでしょ?」

「うん、一時間はかかるね」

「うわっ、遠っ!」


 いや、私だって近場で済むならそっちの方がよかったし。


「美晴ちゃんは?」

「私は川口だよ。最寄りは西川口」


 川口……行ったことないなぁ。てか、そんな都会に住んでんのか……さすが私立に行く金持ちは違う。って、自分もか。


 麻里菜は改めて、高校生になって視野が広がるという体験をした。今までは市内の、同じ学区内のみの世界。それが一気に県内全域に広がった。私立なら県外から来る人も普通にいるらしい。


「さっきからずっと気になってたんだけど……髪、きれいだね。」

「そう? ありがと!」


 美晴の髪は、蛍光灯と窓からの光で透きとおるような美しさがあった。

 麻里菜の母は、美晴の髪と同じくらいの濃さで染めているが、さすがにここまでひきこまれない。本当に地毛なのだろうと麻里菜は思った。

 よほど手入れを頑張っている髪なのか、麻里菜のようなボサボサ髪とは全然違う。ああ、JKってこういうことか。


 そういえば……同級生とこんなにしゃべったの、すごい久しぶりだ……! しかも、いわゆる陽キャな人としゃべったなんてな!


 二人が話している間に、クラスのほとんどの人が座っていた。


「ブローチ、つけたら?」


 美晴は麻里菜の机の上を指さす。

 美晴の言葉で初めて、ピンクの花のブローチの存在を知った。


「あ、そ、そうだね」


 陽キャに絡まれても、陰キャは陰キャのままであった。

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