四畳半開拓日記 16/18


16


 そして日曜日の朝。

 何か気配を感じて目を開けると、サチの顔があった。


「神さま、おはようございます!」


「……おはよう」


 目覚めると、ケモミミ少女がいる生活。

 変な標語ができてしまった。


「いま何時だ?」


 大きな欠伸をしながら聞くと、サチが尻尾をふりふりしながら答えた。


「十時です」


「じゃあ、もうすぐ岬が来るな。着替えてないと怒られる」


「巫女さまは神さまが大好きですからね」


「あっはっは。本人に言ったら、サチでも怒られるぞー」


 顔を洗って、ひげった。

 さっぱりして戻ると、服を着替える。


「カガミたちはどうだ?」


「はい。神さまの買ってくださったクレープと水ようかんを美味しいと言っていました!」


「ならよかった。また今度、お土産を買ってくるよ」


 カガミは洋菓子好きで、イトナは和菓子のほうが好き。

 ちなみにサチはどっちも好き。

 冷蔵庫を開けて、食材の確認だ。

 玉ねぎよし、卵よし、パン粉よし。

 あとはまあ、足りなかったら柳原が買ってくるだろ。


「サチ、朝ご飯はどうした?」


「まだです」


「じゃあ、食ってくか?」


「いいんですか!?」


 まあ、食パン焼いて、目玉焼きとハムをのせるだけでいいなら。

 危なっかしくフライパンと格闘している間、サチが皿の準備をしてくれる。


「神さま! このお皿、犬の絵が描いてあります」


「それ、サチの皿だぞ」


「ほんとですか!?」


 昨日、ついでに買っておいたのだ。

 カガミたちがこっちで食事するときのために、家族分の食器を用意した。

 気に入ってくれたようで、嬉しそうに並べている。


「それじゃあ、サチよ」


「はい!」


「今日は、半熟目玉焼きを作るぞ!」


「はい!!」


 熱したフライパンに、油を垂らす。

 ゆっくりと卵を構えた。

 サチがドキドキしながら、蒸し焼き用の蓋と水をスタンバイしている。


「よっと……」


 コツコツ、とフライパンの縁に卵をぶつける。

 えいっと割り入れた瞬間、じゅじゅううっと香ばしい音が弾けた。


「さ、サチ! はやく水を……!」


「お水、お水……!」


 サチが水を入れ、蓋をする。

 あとは蒸し焼きになるのを待つだけだ。


「ふう。料理って体力使うよな」


「神さま、サチはお役に立ちましたか!?」


「おう、サチのおかげでいい感じだぞ」


 頭をなでると、くすぐったそうに目を細める。

 そのとき、チャイムが鳴った。


「お、岬かな」


 ドアを開けると、予想通りの岬だ。


「おはようございます」


「おはよう」


 うしろのサチに気づくや、一気に飛びついた。


「さっちゃーん。おっはよー!!」


「お、おはようございまふ!?」


 キャッキャウフフな空気を観賞していると、柳原もやってきた。


「……おまえら、玄関先で何してんの?」


 ものすごく奇異な目を向けられている。

 それでも気にしないもふもふソムリエこと、岬である。


「あ。おはようございます!」


「おはようさん。さっさと入れてくれよ」


 くんくん、とサチが鼻を鳴らした。

 岬も眉根を寄せる。


「あれ、なんか焦げ臭いような……」


「あっ!!」


 目玉焼きを忘れていた。

 慌ててキッチンに戻ると、フライパンから黒い煙が漏れだしている。


「うわちゃあ」


 蓋を開けると、見事に真っ黒になった目玉焼きが現れる。


「うわ、なんですか。毒物実験ですか?」


「失礼な。目玉焼きだ」


「目玉焼き〝だった〟だと思うんですけど……」


 言われてみればその通りだ。

 さすがにこれは食えないだろう。


「しょうがない。捨てるか」


「…………」


 ぞっと冷たい視線に、振り返る。

 いつもはクールな仮面をつけた柳原が、じろっと睨みつけている。


「……食材を無駄にするやつは死ね」


「た、食べる! 食べるからおろし金を向けるな!!」


 ある意味、包丁とかより怖すぎる。

 それでどこを削ろうというんだ。


「……神さま。サチも食べます」


「いいや、おまえは岬にちゃんとしたの作ってもらってくれ」


 結局、おれは消し炭のような目玉焼きを、パンに挟んで胃に詰め込むのだった。


***


 山田村で整列。


「本日のプログラムを発表します」


 委員長の声に、みんなうなずいた。

 まず、午前中は全員で収穫作業。

 午後からはジャガイモの保存のための処理。

 それが終わったら、みんなでジャガイモ料理の準備だ。

 朝食がアレだっただけに、昼は美味しいものを食べたい。


「おっと。その前に、収穫作業を頑張らなきゃな」


 おれたちは畑の前にやってきた。

 一週間前、あんなに青々と茂っていた葉っぱも、黄色くシワシワになっている。

 葉がこのように枯れた状態になると、土の中のジャガイモに栄養が満ちている証拠なのだ。


「それじゃあ、やるぞー」


 おー! と元気な掛け声とともに、一斉に取り掛かった。

 ジャガイモの収穫は基本的に、株を引っ張ればいい。

 芋づる式という言葉があるように、あとはどんどん出てくるはずだ。

 ぎゅっと株を握ると、腰に力を入れて引っ張りあげる。


「お、お……、おお!」


 ぼこぼこぼこ、と土の中から、大きなジャガイモが転がりでてきた。

 ……でかい!

 ものすごくでかい!

 てっきりスーパーに売っている野球ボールくらいのを想像していたが、これはハンドボールくらいあるのではないだろうか。

 こんなに大きいのができると、やりがいが……。


「いや、でかすぎだろ!?」


 一人でツッコんでいると、岬が震えながらジャガイモを掲げている。


「先輩、これやばいですよ」


 その手にあるのも、やっぱりそのくらいのサイズがあった。

 あまりの大きさに、岬も完全にビビっている。

 柳原が、しげしげと眺めていた。


「……また、とんでもねえものができたなあ」


「やっぱり、でかいのか?」


「でかい、なんてもんじゃねえよ。契約している農家によっては大きすぎてスーパーに卸せないやつも入ってくるが、それでもこの半分くらいだ」


 すると、サチが両手で抱えてきた。


「神さま! お父さんが掘りました!」


 スイカか。

 そのサイズに、おれたちはぜんとした。


「……なんか、怖くなってきたな」


「そうだな。これ、牙が生えて襲ってくるとかじゃねえよな?」


 はっはっは。

 柳原くんは顔に似合わずお茶目だなあ。

 ……フラグっぽく聞こえるから本当にやめてくれ。


「なあ、イトナ。こっちのジャガイモは、このくらいが普通なのか?」


「いえ、さすがにこんなものは見たことがありません。てっきり、神さまの世界では、このくらいが普通なのかと……」


 どうやら、こっちでも異常な大きさのようだ。


「もしかしたら、魔素の影響かもしれません」


「あの例のやつか……」


 まあ、魔素を食うモンスターが、あのサイズなのだ。

 もしかしたら、その予想は正しいかもしれないな。


「まあ、問題は味だな。いまは収穫に集中するぞ」


 柳原の言葉に、おれたちは作業を再開する。

 お化けジャガイモをもりもり収穫していった。

 しかし、さすがに大きいのはいいことばかりではない。

 サツマイモに比べて、ジャガイモは根が細めだ。

 つまり実が大きいほど、土の中で切れやすいのだ。


「まずは鍬とかで、土をおこしたほうがいいかもな」


「え。それだとジャガイモを傷つけないか?」


「傷つけたら優先して調理する」


 ということで、作業を分担する。

 まずはおれとカガミで、どんどん土をひっくり返していく。

 そのあと、残りのメンバーでジャガイモを回収していく方針だ。


「神さま! この馬鈴薯、傷がありました!」


「じゃあ、あっちのカゴに入れてくれ」


 すると岬が、収穫したジャガイモで山盛りになったカゴを持ってくる。


「先輩、これはどこに?」


「保存するために、まず日陰で乾燥させなくちゃいけない。イトナが向こうに場所を用意しているから、そっちに持っていってくれ」


 そこで、柳原が思いだしたように言う。


「そういえば、保存場所はどうするんだ?」


「小屋の中じゃダメなのか?」


「冬の間の長期保存を考えるなら、別に用意してたほうがいいな。生活空間だと、どうしても湿気が多くなるだろ」


「なるほど。考えてなかったな」


 こっちでは、どういうふうに保存するのが一般的なのだろうか。


「イトナ。こっちでは、保存場所はどうするんだ?」


「そうですね。根菜は空気の通りやすい倉庫に、まとめて保管しています」


 そういえば小学生のとき、社会の教科書で見たぞ。

 確か、高床式倉庫だ。

 ネズミ返しがついてるんだよな。


「先輩、よくそんなこと覚えてますね」


「男子はほら、忍者っぽい単語はよく覚えてるもんだろ?」


「だろ、とか同意を求められましても……」


 あとはかんのわのなのこくおういんとか……、いや、いまはそれどころじゃないな。


「どうすればいいかな。さすがに、倉庫はほいほいと作れるもんじゃないぞ」


「じゃあ、土の中で保存すればいいんじゃねえか?」


 柳原がそんなことを言う。


「どういう意味だ?」


「根を切り離したジャガイモを、土の中に戻すんだよ。冬の間に放っておいた畑を、春になって耕したら収穫し忘れたジャガイモがきれいなまま出てくるとか、よく聞くぞ」


 いつの間にか、イトナたちも真剣に聞いている。


「あとはジャガイモの袋にリンゴを入れると保存が利くとか、いろいろあるな。まあ、自分で調べてみろ」


「へえ。それは知らなかったな」


 さすが農家と直接取り引きしているだけあって物知りだな。


「とりあえずの保存方法はまた調べるとして、いまは処理まで済ませよう」


 そのうち、日が真上を通過した。

 作業も、そろそろ終わりが見えてきた。


「おれは先に、飯の準備にかかるか」


 柳原が言った。

 確かに頃合いのように思う。


「神さま。その、異世界の食事とは?」


 イトナが興味深そうに聞いてくる。

 そういえば、言ってなかったか。

 柳原と顔を見合わせると、同時に告げた。


「コロッケだ」


***


 ジャガイモの保存処理を終えると、みんなでお料理タイムだ。

 その間に柳原が、自前の蒸し器でジャガイモを蒸していた。


「おう、いい匂いだな」


「この大きさは、さすがに苦労したな」


 バーベキュー炉の周りに集まったところで、蓋を開ける。

 もわっと白い湯気が立ち上り、甘いジャガイモの香りが鼻をくすぐる。


「神さま。すごく美味しそうです!」


「そうだなあ。このまま食ってもいいんじゃないか?」


 柳原が、にやっと笑う。


「そう言うだろうと思ってな」


 クーラーボックスから、四角い箱を取りだした。

 それを見た岬が、きょうがくに目を見開く。


「そ、それは……!」


「その通りだ」


 女子の天敵、バターさんだ。

 料理界のナポレオンであり、絶対なるカロリーの象徴!


「や、柳原さん。それをどうするつもりですか……!?」


「フンッ。決まってんだろ」


 そう言って、紙皿にジャガイモを取り分ける。

 おもむろにナイフで真っ二つにすると、そのままバターをすくい上げた。


「や、やめて……」


「いいや、聞かねえな」


「やめてえええええええええええ」


 ほくほくのジャガイモの断面に、バターを塗りつける。

 バターがとろりと溶けると、上から塩を振った。


「ほら、食えよ」


「いや、そんな、こっちに近づけないで……!」


「そんなこと言って、こっちの口は素直になってるぜ?」


「あ、やめ、よだれが……!!」


 ……なんだ、この小芝居は。

 本人たちは楽しそうだが、完全にサチたちが置いてけぼりである。


「神さま、アレは何ですか?」


「じゃがバターだな。おい、柳原。こっちにもくれ」


 次の紙皿に取り分けると、ささっとバターを塗りつける。


「ほらよ。熱いから気をつけろ」


「わーい!」


 フォークでジャガイモを崩しながら、口に入れた。


「~~~~ッ!?」


 その瞳がぴっかぴかである。


「んー! んー! んー!!」


「そうだな。うまいな。よかったな」


「んんん────!!」


 大変、ご満悦の様子だった。

 それを見て、カガミがコホンと咳をする。


「そ、そうだな。せっかくだし、おれも味見してもいいぞ?」


 でたなツンデレ。

 柳原から渡されると、それをいきなり頬張った。


「あふっ!? あふいっ!!」


 だから熱いと言ったのに。


「ほこ、ほふ、……んぐ」


 ごくん、と飲み込んで、しばらく言葉を失ったように震えている。


「し、信じられん。まさかバターを馬鈴薯などに合わせるなど、常人の発想とは思えない……!」


「大げさなやつだなあ」


 イトナが首を振った。


「こちらの世界では、バターを使えるのは貴族だけなんです。それも、こんなに上質なもの、まさかわたくしどもが口にできる日が来るなんて……」


 こっちもほくほく顔である。

 異世界でも通じる技術と信頼。

 やはり日本の食品企業は素晴らしいな。


「ほら、山田も食ってみろ」


「おう、すまんな」


 どれどれ。

 まあ、とはいっても、おれたちには馴染みがあるものだからな。

 そんなに感動するほどの……。


「──うまっ!?」


 なんだ、これ!

 じゃが……、ジャガイモ?

 甘さが段違いだ。

 断面から流れだしているのは、バターだけじゃない。

 これはジャガイモの糖度が溶けだした蜜だ。

 割り箸でつつけば、ほろほろと崩れる。

 そのままでも甘さがぎゅっと詰まっているが、バターを塗ればさらに味が際立つから不思議なものだ。

 そして塩を降ると、味がきゅっと引き締まる。

 甘い。しょっぱい。甘い。しょっぱい。

 なんという味のスパイラル。いくらでもいける!

 岬なんかほら、さっきから言葉もなく泣いてるし。


「これ、やばくないか?」


「甘さが段違いだな。普通、こういうのは大きくなるほど大味になるものだが、これはうまも凝縮されている」


 ほくほくと試食しながら、柳原がうなずく。


「……一粒、三千円でいけるな」


 やめなさい。

 農家にくらえするつもりか。


「柳原さま。もっと、もっと食べたいです!」


「まあ、落ち着け。これはあくまで前座だ」


「そうなんですか!?」


 ケモミミ一家、驚愕の表情である。

 これ以上にうまくなることなど、想像できないようだ。


「コロッケとは、そこまでの……?」


「ああ、そうだ」


 おれは確信していた。

 これを使ったコロッケは、さぞうまいことだろう。


「よし、やるぞ!」


 おれたちは調理に移った。

 ビニールシートの上に、材料を並べていく。

 それぞれ役割分担を指示すると、作業に取り掛かった。

 まず、おれ、岬、サチ、カガミ。

 ジャガイモ用意班だ。

 ほくほくに蒸したジャガイモを、マッシャーで潰していく。


「神さま、楽しいです!」


「そうだなあ。おれも初めてだ」


「あ、先輩。その持ち方だと危な……」


「……フンッ!!」


 カガミの声とともに、器が砕けた。


「…………」


「…………」


 しんとした静寂のあと。


「先輩といい勝負ですねえ」


 いや、これよりはマシだろ。

 ……マシだよな?


「おお?」


 向こうを見ると、柳原とイトナのコンビが鬼のような速度で調理を進めていた。

 柳原は玉ねぎ担当。

 大量の玉ねぎを素早くを刻むと、それを中華鍋でさっと炒める。

 あの筋金入りの無表情野郎には硫化アリルもお手上げのようだ。

 対して、イトナはひき肉担当。

 こん棒のようなもので、ツチクイの肉をひたすら叩いていく。

 叩いていく。

 まだ叩いていく。

 まるで親のかたきのように叩いていく。

 いつものにこにこ笑顔のうしろに、はんにゃの顔を見たのはおれだけじゃないはずだ。

 やがて強引にひき肉となったそれを、少量の油で揚げるように火を通す。


「……新しい調理道具を得て、妻が楽しそうだ」


「そりゃよかったよ」


 まあ、あれは柳原のお古だから、礼はそっちに言ってほしい。

 それぞれができると、軽く冷ましてから調味料といっしょに混ぜ込む。

 そして完成したタネを、えんけいに丸めていった。

 あとは小麦粉、溶き卵にくぐらせ、パン粉をつけて準備完了だ。


「先輩。わたし、最初からコロッケ作ったの初めてです」


「おれもだ。総菜で買うことしかないからな」


 サチも最初は苦戦していたが、すぐに手際よく作れるようになった。

 将来は料理上手なお嫁さんだな。

 ……あれ、なんか視界がぼやけるぞ。


「先輩。なんで泣いてるんですか?」


「ちょっと、玉ねぎがしみてな」


 そうして、運命のとき。

 温まった油に向けて、コロッケが投下された。


 ごわわわわわ……!!


 すでに音だけで凄まじい破壊力だ。

 コロッケが浮いてきて、それがきつね色になったときに、さっと引き上げた。


「うおおおおおおお!!」


 コロッケだ!

 店で売っているコロッケだ!

 年甲斐もなく叫んでしまった。


「ほら、ケモミミ嬢ちゃん」


 一番手はサチだ。

 渡されたコロッケを半分に割ると、うまそうな湯気が立つ。


「神さま、半分こです!」


「お、ありがとうな」


 すかさず岬が声を上げる。


「先輩ずるい!」


「ハッハッハ。サチのご指名だからな」


 せーの、でいっしょにかぶりつく。

 ザクザクの衣を、一気に食い破る。

 閉じ込められたジャガイモの蜜と肉汁があふれた。

 ジャガイモの甘さと肉の香ばしさを、あめ色になるまで炒めたタマネギが包み込んでいる。


「むふふ────っ!!」


「うわ、うまいなあ」


 できたてというのもあるのだろうが、これまで食べたコロッケとは比べ物にならない。

 サチも、あふあふ、と一生懸命食べている。


「すごく美味しいです!!」


「それじゃあ、みんなも食べよう」


 異世界と聞いて、まず思い浮かべるもの。

 勇者や魔王、戦争、モンスター。

 でも、まず頭に浮かぶのは、アレだな。

 魔法だ。

 おれだって子どものころは魔法を信じていたし、自分がその才能を手に入れたらと空想したこともある。

 しかしそれは、なにも特別なことじゃなかった。

 これまで知らなかったものは、だいたい魔法に見えるのだ。


「これは、まさか魔法ですか!?」


 コロッケは異世界で魔法認定されてしまった。


「馬鈴薯が、こんなに美味しいものに変わるなど奇跡だ。信じられん」


 普段はツンツンなカガミも、今回ばかりは素直にならざるをえないようだ。

 しかし、そう思うのも無理はない。

 子どものころから食べ慣れているはずのおれたちですら、この味には驚いた。

 と、岬が口元を押さえてうずくまっている。


「どうした? 具合でも悪いか?」


「……先輩。これ、やばいです」


 彼女はぐっと涙ぐんだ。


「今夜、体重計に乗るのが、怖いです……!!」


 ……おれも次の健康診断が怖いよ。


「これは貴族にも出せる一品です」


「イトナ、あんまり褒めるな。柳原が調子に乗るぞ」


「いえ、本心です。わたくしは、こんなに美味しいものを食べたことはありません」


 そこで、柳原が提案した。


「気に入ったのなら、また作りに来てやろうか?」


「え、本当ですか!?」


 しかし、同時に不安そうな顔になる。


「ありがたいですが、わたくしどもにはお支払いできるものは……」


「ここのジャガイモを、うちに卸してもらえねえかな。いや、それほど多くなくていい。おれが趣味で料理をする程度だ」


 確かに柳原としても、このジャガイモには興味があるだろう。


「カガミ、どうだ?」


「ぜ、ぜひお願いしたい!!」


 それから、店が休みのときに来てくれることに決まった。


***


 そのあと、みんな満腹になるまで食べた。

 そうして片づけを終えたころには、すでに空には夕焼けが迫っていた。

 柳原が持ち込んだ調理器具は、そのまま一家が使用することになる。

 残った材料も、冷蔵保管が必要なもの以外は置いてきた。

 特に食用油が喜ばれた。

 調理もそうだが、夜のあかりとして使用できるのが嬉しいのだという。

 その点は、考えたことがなかった。

 また今度、ランプなども自作を検討しよう。

 おれたちはカガミたちに別れを告げ、アパートに戻った。


「はああ。うまかったな」


「はい。わたしも楽しかったです」


 そりゃよかった。

 おれも楽しかったが、落ち着いたら少し疲れたな。

 なにせ、朝から動きっぱなしだったのだ。


「それでは、わたしはここで失礼します」


「二日とも付き合ってもらって、すまなかったな」


「いえ、わたしも楽しかったです。また誘ってください」


 岬が帰ったあと、柳原が酒を出してきた。

 今日はこのまま、久しぶりに二人で飲むことにしていた。

 そのために、いくつかコロッケも持ってきていたのだ。

 適当なグラスに日本酒を注ぎ、乾杯する。


「今日はありがとな」


「いや、おれも異世界の食材に興味があったからな」


「また料理しに来る約束までしてくれるとは思わなかった。正直、そっちはおれには向かないから助かるよ。ありがとな」


「おまえやケモミミ一家のためじゃねえよ」


「おい、ひとが礼を言ってるんだ。たまには素直に……」


「店を出すとき、地域住民との付き合いは大事だからな。基盤があるのとないのでは、経営状況がまったく変わってくる」


「……はい?」


 煙草をふかしながら、やつは悪い笑みを浮かべていた。


「洋食YANAGI異世界店。……悪くねえな」


 ……どうやら二号店進出の野望に燃えているようだ。

 異世界って、不動産の管理どうなってんだろうな。


「その気になってるなら止めないが。サチたちの迷惑になることだけはやめてくれよ」


「わかってるさ。おまえは案外、過保護なやつだな」


「このくらい普通だろ」


 そういえば、サチたちはどうしているだろうか。

 ゲーム機を覗き込んだ。


「……これはなんだ?」


「どうした?」


「いや、ちょっと、変な文面が……」


 柳原も覗き込む。

 その文面に、眉をひそめた。


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