四畳半開拓日記 14/18


14


 日曜日。

 雨である。

 金曜からしとしと降り始めた雨。

 せっかくの週末を台無しにする勢いで降り続けている。

 しかし、山田村は見事に晴天だった。


「梅雨のときとか、こっちに洗濯物干せばランドリー代の節約になるよな」


「あ、ずるい。わたしも使わせてください」


「まあ、ここまで洗濯物を持ってくるというなら……」


 電車とか大変そうだな。


「神さま────!!」


 サチのお出迎えだ。

 すかさず岬が抱き着いた。


「さっちゃん! ちっちゃい、可愛い!」


「み、巫女さま。くすぐったいです……」


「恥ずかしがるなよう。もっとお姉さんに尻尾を触らせてごらん」


 もふもふソムリエは、今日も絶好調だなあ。


「ほっぺたもプニプニ。ああ、食べちゃいたい。はむ……」


「おい、ケモミミを掴むな」


「甘噛みなので大丈夫です。ね?」


「あ、あうう……」


 こいつ、どんどん人間離れしていってる気がするな。


「……ムム?」


 ふと、岬が眉を寄せた。

 スンスン、と耳の裏から尻尾の先まで丹念に嗅いでいく。


「なんか、シャンプーの香りがするような……」


「よくわかったな。おまえが来るから、午前中に風呂に入ってたんだ」


「なんてことをするんですか! さっちゃんの匂いはわたしのご褒美なのに!」


 おれの後輩が、ときどき本気で気持ち悪い。

 さすがにサチも、ちょっと引き気味だし……。


「そういえば、おまえ尻尾を引っこ抜きたいと言ってたそうだな。サチが怖がっていたぞ」


「え? あー、アハハ。冗談ですよう。そのくらい好きって言いたかっただけで……」


 本当かなあ。


「ていうか、先輩。もしかして、さっちゃんといっしょに入ったんじゃ……」


「おまえじゃないんだから、そんなわけないだろ」


「で、ですよね。アハハ、ちょっと先輩ならやりかねないなって……」


「おまえは、おれをどんなやつだと思っているんだ」


 まったく、風評被害も甚だしいな。


「身体を洗っただけだ」


「それアウトじゃないですか!?」


 いや、しょうがないだろ。

 おれが風呂に入ってたら、いきなり飛び込んできたのだ。

 それに一人じゃ、まだシャンプーとボディソープの区別もつかないというのだから。


「……先輩のロリコン」


「誤解を招くことを言うな。そもそも、おまえがいっしょに入ったのが原因だぞ」


「さっちゃん。もし先輩の目が危なかったらわたしに言うんだよ?」


 おまえのほうがよほど危ないと思うが。


「そういえば、もうレンガとかは運び込んでいるんですか?」


「ああ、昨日のうちにな」


 小屋のほうへと向かうと、カガミたちがすでに準備を整えていた。


「おはようございます」


「あら、巫女さま。本日もよろしくお願いいたします」


「カガミさんも、おはようございます」


「……うむ。よろしく頼む」


 おお、カガミがちゃんと挨拶したな。

 前回の植え付け以降、なんか物腰も柔らかくなった気がする。

 と、小屋の脇に積みあがったものに気づいた。


「うわ、すごい量の耐火レンガですねえ」


「違うぞ。おじさんのレンガだ」


「中年男性であることをどや顔でアピールされても困るんですけど」


 うちの後輩が正論すぎて辛い。


「でも、レンガを作っちゃうなんてすごいですね」


「カガミたちが手伝ってくれたおかげだ」


 あとはセメント材と、それを練る道具たち。

 そこには、新たなメンバーもいる。

 うちの金髪ヤンキーシェフ、柳原だ。


「……おはよう。山田の彼女」


「違います。でもおはようございます」


 クールに否定された。

 いや、肯定されても困るけど。


「調子はどうだ?」


「まあ、ぼちぼちだな」


 柳原は淡々と土を均していた。

 バーベキュー炉を設置するために、下地を作っているのだ。

 今朝のうちに軽く地面を掘り、路盤材を敷いていた。

 柳原は、その上からコンパクターという転圧機を当てているのだ。


「え、これどうしたんですか?」


「柳原が商店街組合で借りてきてくれた」


「いや、普通ないでしょ」


 あったんだから、いいじゃないか。

 すると柳原が、カガミに言った。


「おい、ケモミミ父ちゃん」


「何だ?」


「土台のセメント塗るから、水をたくさん汲んでこい」


「ああ、わかった」


 カガミはおけを抱えると、川のほうへと歩いていった。

 なんで柳原にはそんなに素直なんだ?

 おれにはもっとツンツンしてたろ。


「先輩。人望ないんですね」


「やかましいよ」


 さて、ともあれ作業に移ろうか。


「じゃあ、約束通り……」


「そうですね……」


 同時にバーベキュー炉のデザイン案を取りだした。

 互いの図面を見ながら、じろっと睨み合う。

 カーン、と脳内でゴングが鳴った。


「おれの設計図の目玉は、この二段併用デザインだ。左にバーベキューコンロ、右にピザ窯を併設することで、あらゆる焼き料理に対応する圧倒的な機能性。よって、こっちを作るべきだ」


「アーチ状のピザ窯なんて、素人に作れるわけないじゃないですか。だいたい、何ですか。このピザ窯の上の三角形の突起は? 機能的に意味ないじゃないですか」


「それはサチの耳だ」


「くっ、可愛い……!!」


 あまりの天才的発想に、岬が片膝をついた。

 デザインを追求しつつ、岬の弱点をつく最高のアイデア。

 どうやら、おれの勝利は確定のよう……。


「でも負けませんよ」


「な、なんだと……?」


 岬が立ちあがった。

「先輩にお尋ねします。このバーベキュー炉を、最も使うのは誰ですか?」


「そりゃあ、イトナだろ?」


「つまり今回は、主婦の気持ちを考えて図面を作成することが重要だということです!」


 な、なるほど。

 それは一理あるかもしれない。


「ということで、わたしは佐藤さんの協力のもと、家事と仕事を両立する女性たちにアンケートを取りました」


「な、なんだと……?」


 この短期間で、まさか、そんな……。


「その結果、キッチン設備に最も欲しいとされた機能は……」


 たっぷりタメを取る。

 どこからか、ジャカジャカジャン! というBGMすら聞こえてきそうだ。


「旦那さんの手伝い、です!!」


「……は?」


 ちょっと予想外だった。

 悪い意味で。


「いや、それはカガミの心構えの問題じゃないのか?」


「ち、違います。そういうことじゃなくて、パートナーと共有できるスペースということです。現代の住居は、とかく狭いですからね。キッチンなんて一人立てばぎゅうぎゅうじゃないですか」


「確かに、どちらかといえばリビングのほうが広いイメージだ」


「その通り。なので、わたしの提案するデザインは……」


 自信満々に図面を見せる。


「バーベキュー炉の両側から作業ができる、ダブルフェイスデザインです!」


「な、なんか格好いい!!」


 気をよくしたのか、意気揚々と説明する。


「山田村の広い立地を利用しました。あえて背面の壁を取り除き、左右の壁から金網などを通すことで、どちら側からも火を使った調理ができます。しかも、料理中は夫婦が向かい合っているため、自然と会話も弾むでしょう」


「で、でも、それではオーブンとして使えないじゃないか!」


「そ、それはそうですけど……」


 両者、一歩も引かない議論が続く。

 向こうから、サチと柳原の会話が聞こえた。


「どうして、神さまと巫女さまはけんしているのですか?」


「アレは喧嘩じゃねえ。社会のくだらないしがらみの中で育った、形骸化したプライドを競っているだけだ」


「…………??」


 外野、やかましいぞ。


「それで、ケモミミ嬢ちゃんはなにしてんだ?」


「はい。これを高くできたらサチの勝ちなんです!」


「誰と戦ってるのか知らねえけど、レンガ落として割るなよー」


 そちらに目を向けると、サチがレンガを積んで遊んでいた。

 自分の周りにレンガを積んでいきながら、くるくる回っている。

 どうなるのかというと、黒ひげ危機◯髪みたいな絵面になってしまった。

 それができると、サチは満足そうに言った。


「サチの秘密基地です!」


「おー、なんかロボットみてえで強そうだな」


「ロボットって何ですか?」


「男の浪漫ろまんだ」


「なんか美味しそうです」


 ある意味、美味しいよな。

 残念ながら腹は膨れないけど。


「サチ、危ないぞ」


「あうう……」


 上から腕を入れて、サチを持ち上げた。

 ふと、その円柱を覗く。

 そのとき、ピーンときてしまった。


「おい岬。これ、いいんじゃないか?」


「そうですね。全方位から調理できるし、そのままテーブルになるし……」


「上から鉄板とかで蓋すれば、オーブンにもなりそうだ」


「その上で焼きそばとかもできそう」


「おまえ天才か。さすがおれの後輩だな」


「先輩の手柄っぽく言うのやめてください」


 ハッハッハ。

 相変わらず可愛くないやつだ。


「ということで、サチの囲炉裏型に決定だな」


 わしゃわしゃ頭をなでると、サチの耳がピンと立った。


「サチがお手柄ですか!?」


「おう、サチがいちばんだぞー」


「さっちゃん、こっちでお手伝いしようか」


「はい! 頑張ります!」


 水汲みに行く岬たちを見送りながら、柳原が煙草をふかした。


「おまえら仲いいなあ」


「そうか?」


「悪いよりいいじゃねえか」


 なるほど。それもそうだな。


「ようし。それじゃあ、頑張るかあ」


***


 まずはセメント材だ。

 大型の容器に移して、水を足しながらコネコネしていく。

 比率はパッケージを参照する。

 ちなみに、固さは耳たぶくらいがいいらしい。

 コネコネ。


「…………」


 コネコネ。


「…………」


 さっちゃん、興味津々である。

 容器の縁でつんいになり、コネコネされるセメント材をじいっと見ている。

 これがドリフなら、絶対に顔から突っ込むやつだ。


「楽しいか?」


「はい!」


「そうなのか」


 昨日もやったのに、飽きないものだ。


「砂に水をかけたら溶けました。これが石になるのですよね?」


「まあ、そんな感じだな」


「信じられません。すごく不思議です!」


 巨大オオカミに変身するほうが、よほど不思議なんだけどな。


「触るなよー」


「はい。触りません!」


 尻尾をぶんぶんさせて、セメントが混ざるのを見ている。

 なんか嫌な予感がするんだよなあ。

 とか思っていると、セメントが跳ねてサチの鼻に当たった。


「んぎゃっ!?」


「……岬、すぐ洗ってやれ」


 なんてお約束な。


「あちゃあ。やっちゃったな」


「や、柳原さま……?」


「そこから、おまえの全身が石になってしまうな」


「そ、そんなの嘘です!」


「嘘じゃねえよ。おれの親友も、そのせいで石になっちまったんだ」


 おい柳原。

 おまえの親友、ここにいるんだが。


「その呪いは永遠に解けずに、おまえはずっと石のまま、この場所で……」


「……っ!?」


 サチの尻尾の毛先が、ぞわぞわと波打った。

 途端、白銀の巨大オオカミに変身してしまった。


『うわあ──ん、嫌ですぅ────!!』


 その場に転がりながら、地面に鼻先をこすりつける。

 柳原がのんきに笑っている。


「おう。すげえ、すげえ」


「こら柳原、なにを吹き込んでるんだ!?」


「いやだって、信じると思わねえだろ」


 それはこっちの価値観だろ!


「サチ、大丈夫だぞ!!」


「さっちゃーん。すぐ洗えば大丈夫だよー!」


 それに気づいたサチが、しゅるしゅる小さくなっていった。

 泥だらけになった顔で走ってくる。


「……ううううう!!」


 涙目で柳原に文句を訴えている。


「ハッハッハ。すまん、すまん。悪かったよ」


「怖かったです。サチは怒りました!」


ねるな。あとでうまい飯、作ってやる」


「え、ほんとですか!?」


 ちょろい。

 サチよ、それでいいのか。


「岬、ちょっと風呂に連れてってやれ」


「はい。さっちゃん、行こう」


 二人を見送って、ハアッとため息をつく。

 それじゃあ、セメントコネコネしますかね。


「あらあら。大変でしたねえ」


 と、畑のほうを手伝っていたイトナが、いつの間にかそこに立っていた。

 どうやら、サチが変身したので、様子を見に来たのだろう。


「うちの柳原が悪戯してな。すまんかった」


「いえ、いいのですよ」


「どうして?」


「わたくしどもは、この獣化の加護を忌まわしいものと捉えてきました。しかし、あの子には、できればそういう気持ちではいてほしくないのです」


「まあ、そうだな」


「神さまや巫女さまたちのように、あの獣化をおそれずに受け入れてくれる方々に囲まれているのなら、むしろ、あの姿でいる時間が増えてくれればいいと思っています」


「……なるほど」


 確かに、子どもの将来を考えるならそのほうがいい。

 それは同時に、おれたちを信頼してくれているということに他ならない。


「イトナは優しいな。おれたちのような人間に出会ったら、カガミのような反応になるのが普通だと思うんだが」


「フフッ」


 なぜか、可笑おかしそうに笑っている。


「どうした?」


「いいえ。いまのは、うちのひとの言葉なんですよ」


「……ほう?」


 ちょうど、畑から戻ってきたカガミに目を向ける。


「な、なんだ?」


「いやいや、カガミくんも実はおれたちを認めてくれてるのだなと思ってな」


「貴様、ころすぞ」


 照れ隠しにしても怖すぎじゃないか?


「すみません。なかなか素直でないもので」


「まあ、ゆっくり仲よくなっていくさ」


 んん?

 そうだ、それなら……。


「なあ、カガミ」


れしく呼ぶな」


「せっかくだし、いっしょに作るか」


「はあ?」


 ものすごく嫌そうな顔をされてしまった。


「……なぜ、おれが貴様の娯楽に付き合わなくてはいけないのだ」


「まあ、まあ。そう言うなよ」


「断る。おれは、馬鈴薯畑の雑草を抜かなければならない」


 少しは打ち解けてくれたと思ったんだがな。

 ……そうだ。


「サチが喜ぶぞー」


「む?」


「カガミが頑張って作ったバーベキュー炉で、料理してくれたりしてなあ」


「むむ……」


 お、心が動いている。

 やっぱりサチの父親だなあ。

 そこへイトナの援護が入った。


「あなた。神さまと仲よくしていたら、サチも見直してくれますよ」


「そ、そうかな」


「そうですとも、そうですとも」


 その場を想像したのか、完全に頬が緩んでいる。

 カガミくん、一本釣り完了だな。


「ま、まあ、仕方ないから手伝ってやる」


「ありがとう。百人力だ」


 ちょろいカガミを加えて、さっそく組み立てを始める。

 それでは、今日の役割分担だ。

 おれとカガミで、レンガの組み立てを行う。

 柳原は手先が器用なので、セメントを扱ってもらう。


「どうやるんだ?」


「ええっと、まずは一段目だな。柳原、準備はいいか?」


「はいよー」


 円形に均しなおした下地に、セメントを塗る。

 それが乾かないうちに、外周に沿ってレンガを並べていった。

 しかし、レンガとは意外に重いものだな。

 それをここに……、いや、こうか。こっちのほうがいい気がする。

 ……よし。


「こんな感じか?」


 と、カガミはすでに二段目に着手していた。


「ふふん」


「…………」


 バチッと火花が散った。


「うおおおおお!!」


「くあああああ!!」


 おれたちが白熱していると、柳原が呆れたように言う。


「……おまえら、下の段が乾いてから作業しないと、ずれていくぞ」


 え?


「ああ、カガミ。斜めになってるぞ!」


「貴様こそ、同じではないか!」


 慌ててセメントを削り落とした。

 乾く前でよかった。


「ていうか、知ってんなら言えよ!」


「いや、先に調べてやれよ」


 ぐうの音も出なかった。

 では、改めて……。


「こんな感じか?」


「おい、貴様。そこはまだ乾いてないぞ」


「本当か? おう、助かった」


 だんだんとカガミとの息が合ってきたところで、岬たちが戻ってきた。


「うわあ、それっぽい形になってきましたねえ」


「お父さんもいっしょにしてるの?」


 カガミが照れたように顔を背けた。


「おう、カガミが上手にやってくれるんだぞ」


「うわああ。お父さん、すごい!!」


「ま、まあ、このくらいはな……」


 カガミの?がゆるゆるである。

 思ったよりも、ずっと効果あったな。

 こうして、七段目まで完成した。

 このくらいの高さだと、椅子に座ってちょうどいいだろう。

 最後の段はテーブルを兼ねるので、広くするためにレンガの向きを変える。

 上から見て、ヒマワリの花みたいな感じといえばわかるだろうか。

 それも完成に近づいたとき、ふと気づいた。


「しまった」


「どうした?」


「通気口を忘れてた」


「ああ。そういえば、そうだな」


 今回は完全な円柱型だ。

 二段目と三段目に扉をつけて、下から薪を追加できるようにするつもりだった。


「積むことに夢中だったな」


「でも、ここから変にいじると壊れかねないぞ」


 おれたちが唸っていると、カガミがため息をついた。


「ここに穴が開けばいいんだな?」


「ああ、そうだ」


「ちょっと、待っていろ」


 どうしたのだ、と思っていると。


「……え?」


 ぞわぞわ、とカガミの髪の毛が伸びていった。

 その体?が巨大化し、あっと思ったときには巨大オオカミの姿に変わっていた。


『少し離れていろ』


 慌てて脇にどいた。

 ギラリ、とその爪が鋭い輝きを帯びる。


『ふんっ!!』


 一瞬、風が吹いた。

 目にも止まらぬ速度で振り抜かれた爪が、側面に丸い穴を開けていたのだ。


「……おおう」


 その穴を確認すると、まるでドリルで空けたようになっている。

 周りのレンガも、まったく傷つけていない。

 しかも、大きさもちょうどいい。


「カガミ、すごいな!」


「お父さん、すごーい!」


 やんややんやと褒めちぎっていると、何やらカガミがもじもじしだした。

 それから急に、森のほうに目を向けると……。


『ちょ、ちょっと散歩してくる』


「え? あ、ちょっと……」


 止めようとする間もなく、一足飛びで川の向こうまで行ってしまった。


「これから飯なのに」


「どうしちゃったんでしょう」


 おれたちが呆気に取られていると、イトナがくすくす笑っていた。


「あのひと、照れ屋なんですよ」


「ああ、なるほどな」


 やっぱり可愛いやつだな。


「よし。じゃあ、乾き次第、飯の準備にかかろうか」


 気がつけば、向こうの空にうす闇が迫っていた。


***


 今夜はバーベキュー炉での、初めての食事だ。

 ということで、シンプルに焼き肉となった。

 当番はもちろん柳原シェフだ。

 午前中にスパイスで味付けした一口サイズの肉を、みんなで串に通していく。

 これなら料理下手なおれでもできる。

 キャンプ気分で非常に楽しい。


「ジビエだから、もっと癖があるかと思ったんだがな」


「そういえば、この肉が臭いと思ったことはないな」


 バーベキュー炉の火をおこしながら、イトナが説明する。


「モンスターは生命ではなく、魔素を体内に取り込みます。そのせいではないでしょうか」


「魔素?」


「魔素とは、この世界に漂う魔力の粒子です。普通の人たちには感じることはできませんが、精霊や魔術師といったものは、この魔素を取り込んで不思議な能力を駆使すると聞きます。わたくしども月狼族もまた、空気中の魔素を取り込んで、獣化の加護を使用します」


「じゃあ、あのイノシシとかモグラが来るのは、この村に魔素がたくさんあるってことか」


「そうだと思います。あの馬鈴薯の生育速度が著しいのも、その影響かと……」


 ふうん。

 そのせいでモンスターが襲ってくるなら、あまり歓迎できることではないが。

 と、柳原が串打ちをしながら、難しい顔をしている。


「どうした?」


「つまり、この土地の土を肥料として売りだせば、ぼろもうけだと思わないか?」


 やめなさい。

 そんなことした日には、この村の存在がバレてしまうだろうが。


「先輩。野菜のほう、持ってきました」


「ありがとな」


「あと、お酒のクーラーボックスはこっちに置いておきますね」


 ちょうど、火の準備も整った。

 柳原の肉も万全だ。

 網の上に、串肉を並べる。

 じゅわじゅわといい香りが漂い始めた。

 イトナが目を輝かせている。


「まあ、いい香りです」


「うちの秘伝のスパイスだ」


「よろしければ、レシピを教えていただけると……」


「ああ、それなら来週、持ってきてやるよ」


 そこで岬が手を上げた。


「あ、柳原さん。わたしも欲しいです!」


「山田の彼女はダメー」


「なんでですかあ!? あと、彼女じゃないです!」


 この二人も、ずいぶん仲よくなったなあ。

 そこへ、カガミが戻ってきた。

 腕に何かを抱えている。


「お、間に合ったな。それはなんだ?」


「……ついでだ。これも食うといい」


 山菜だった。

 どうやら散歩ついでに採ってきたらしい。

 あとで柳原に調理してもらおう。


「よし、みんな揃ったな」


 みんなに飲み物が渡ったところで、ビールを掲げる。


「それじゃあ、今日はお疲れさま!」


「カンパーイ!!」


 サチがまぐまぐと、串肉を頬張っている。


「お、おいひ、おいひいでふ!」


「こらこら、逃げないからゆっくり食べろ」


 確かにうまい。

 炭火のいい香りと、スパイスのピリッとした味わい。

 噛めば噛むほど、肉汁があふれてくる。

 なにより、みんなで働いたあとの食事というのがいい。

 空腹は最高の調味料とは、よく言ったものだ。


「さっちゃん!? ちょ、それお酒……!!」


「はれ、みこさまが、ふたりにみえまふう」


「あらあら。この子ったら……」


 カガミが穏やかな目で、サチやイトナを見ていた。


「どうした?」


「……いや。まさか、またこんな時間を過ごせるとは思っていなかったからな」


 それ以上は何も言わない。

 おれはその肩を叩いた。


「来週の収穫は、もっと楽しいぞ」


「どうせ、来るなと言っても来るんだろ」


「よくわかってるじゃないか」


 カガミは苦笑すると、串肉にかぶりついた。


「うまいな」


「そうだろ」


 結局、その夜は岬たちの終電まで騒いでいた。

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