先輩のために僕、男の娘になっちゃいました!
詩一
第1話 彼女になりたいわけではない。
恐ろしいことに僕はとてつもなくかわいかった。
鏡の前には、ネモフィラの
ついさっき届いたワンピースに袖を通し、ネットで習った化粧を施し、ウィッグを被ったらもうこのクオリティである。マジでかわいい。こんな子と付き合いたい。いや、僕なんだけど。
なぜこんな恐ろしいことになってしまったのか。そのすべての原因は先輩にあった。
先輩とは中学の頃からずっと仲良くさせてもらっている。高校も大学も先輩が行くからという理由で選んだ。それくらい尊敬している。けれどもいかんせん女性を見る目がない。高校の頃のメンヘラ女子は、本気で先輩のことを好きみたいだったから見ていられた。ひやひやしたことは何度もあったけれど、彼女を通して自分自身を好きになることが出来たと言うのは人生において大きな収穫であったと言えよう。あっさりフラれたのはかわいそうだったけれど、共依存にならなくて良かったなとも思った。
だが
彼女は完全に先輩のことを都合のいい男としてしか見ていない。奢ってもらうのが当たり前。デート代はすべて先輩持ち。出掛けるたびにほしいものをねだり、なにかにつけてプレゼントを要求する。先輩はバイト代で生活費をやりくりしている。そこから彼女のために捻出しているのだ。普通そんな人間から、金を毟り取るようなことが出来るだろうか?
と言うか、そもそも先輩はいったいどうしてそこまでするのか。
「利亜はさ、可哀想な人なんだ」
なんでも父親から暴力を受けてきて、さらにその父親が作った借金で家計は火の車らしい。ちょっと冷静に考えてほしいんだけど、なんでそんな家の人がバイトもせずに大学に入って来られるのでしょうか。学費はどこから出されているのでしょうか。その辺りもう少し突っ込んで聞いてみるように言ったことがあるが、
「暗い過去をほじくり返すような真似はしたくないな」
と返って来た。人を疑うと言うことを知らないんだこの人は。提案した僕がバカだった。
「と言うか、
「先輩今月厳しいんでしょ? 僕が呼び出したんだからいいんです」
「悪いな」
先輩の儚げに笑う姿は、正直言ってズルい。どんなときだって
それから僕は安瀬見を尾行することとなる。これだけ先輩のことを都合良く扱う人間だ。二股くらい罪悪感もなくやっているだろうし、友達と豪遊しているかも知れない。それを押さえれば先輩の目を覚まさせることが出来るかもしれない。
尾行二日目にして男と豪遊している姿を発見した。
いやいくらなんでもしっぽ出すの早すぎるだろうって言うか先輩こんなやつにずっと騙されてたのかいや騙される方は悪くないいつだって騙す方が悪いんだ詐欺師めこのクソアママジむかつくくそくそくそぶん殴ってやろうかいや殺してやる今すぐぶっ殺してやる——とか言う感情(と言うか殺意)が一瞬で頭の端から端まで駆け巡ったけれど、僕は自分の使命をまっとうした。そのおかげでカメラに画像をしっかり押さえることが出来た。僕はとても偉かった。
だと言うのに先輩と来たら……。
「なにかわけがあったん——」
「なに言ってるんですか!
僕が食い気味に迫ると先輩は肩を
「そうかも知れないな」
「じゃあ! 別れてください!」
「利亜がかわいそうだろう。もし俺が騙されていたのだとしても、それが望みならいいさ」
無駄に器でけえ! でもバカだ! 男前大バカ野郎! さてはなにを言っても聞かないな? こうなったら亜空間からの策略を練ってやるからな!?
と、まあそんなこんなで今のこの女装に到るわけだ。……うん。亜空間過ぎかも知れないけれど、ここまで来たらなりふり構っていられない。
先輩の好みを熟知している僕だから自信をもってはっきり言えるが、この格好は先輩の性癖ドストライクだ。
水色のワンピースは、やわらかくてさわやかな色が好きな先輩の目を間違いなく惹く。
毛先がクシュっとしたセミロングの茶髪は、明る過ぎず地味過ぎないほど良いバランス。素朴な子が好きだと言っていたから、この髪色と髪形をチョイスした。
子供みたいと言われてまったくモテなかったこの顔も、メイクが決まれば先輩が大好きなロリ顔に変貌する。この甘えん坊丸出しの半開きタレ目のインパクトよ。上目遣いでシャツの袖などをきゅっと掴んだら、絶対に守ってあげたくなるはずだ! 涙袋だって描いたしね!!
でも、僕は先輩の彼女になりたいわけではない。狙うは破局。他人からラブラブだと思われればそれでいい。ああ言う女に限って、嫉妬深くて相手の浮気には不寛容だ。それにプライドが高いから、「自分を袖にするなんて!」と怒り心頭に
そしたら向こうが先輩をフルだろう。我ながら完璧な作戦。ふふふっ。
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