先生。

メルトア

笑話を少しだけ




人を信じる事は、主を裏切る事。


少なくとも私にとっては、それが教訓であり座右の銘だ。孤児院の先輩にそう言ったら、悲しい生き方だねと言われたのを思い出した。

別に、他人に何を言われて生き方を変えようとするほど芯のない人間じゃないから、いいのだけど。ほんの少し寂しいなと思った。分かってくれると思っていたから。


そんなものだ。他人というのはそんなもの。割り切っていたはずが、多少先輩に心を傾けていた事実に自分の甘さを見た。信じないと決めていた自分以外の人間を信じようとしたがっていた自分を、恥じる気持ちが強かった。


彼は違った。

睡眠は3時間、食事は最低限、会話は必要不可欠な事だけ簡潔に。生きる中に自分が居る意味を、自分以外に分からせる気が無い。それでいい。

他の誰とも違う彼を、同じだと思った。彼の価値観を知りたいと思った。私を分かって欲しいと思った。


彼への好意を自覚したのは、私が彼の助手になって1年経った頃だった。彼が先輩と話しているのを見て、嫉妬心が湧いたことに驚いた。私にも人を想う心は残っているのだと。

しかし、その時彼を信じていたかと問われれば、私はNoと答える。私が信じるのはあくまで私自身であって、彼ではなかった。


私が生きて此処に居る意味を、私以外に分からせたいと、分かって欲しいと初めて思った人だった。私が彼を信じていないことを、酷く落胆したのは私以外に居ないだろう。彼はこんな事で落ち込んだりしない。彼は他人の評価を気にする人間ではないから。


それはつまり、彼の視界に私が入ることはないという証明なわけで。唯一意見が通るとしたら、それはあの先輩ぐらいか。

元より彼は私の所有物ではない。奪われたくないなんて我儘を、簡単に主張することはできない。先輩が彼を奪うこともない。全ては彼が決めることだ。


私は彼の助手である。彼は私の先生だ。私の中だけで、私だけの先生。

ただずっと、彼の助手として。彼の隣に居られさえすればいい。私は彼の助手なのだから。

その中で、探したいと思う。私が彼を、信じられる取っ掛りを。


私が彼を、心から好きな人と呼べるまでは。







先生、風邪引いちゃいますよ。ちゃんと仮眠室で寝てください。


寝言言っても無駄です。ほら、こっちですよ。


…………先生、このまま私が貴方を、首を絞めて殺したら。


先生は私のものになるんでしょうか。


……ふふ。冗談に決まってるでしょう。そのくらい知ってますよ。


さ、就寝の時間です。ちゃんと寝て、しっかり脳を整理してください。


おやすみなさい、


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

先生。 メルトア @Meltoa1210

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る