空に走る

かこ

 渡り廊下を歩いていたつかさは気になる女学生を見つけた。

 女学生は袴と長い三つ編みをひるがえしながら、一心に跳ねたり腕を振っている。

 二人の距離はさほどないのに、女学生は詞に気付かない。

 桜の周りを走り回る女学生。妙な光景なのに、機敏な動きは詞を感心させる。


「あぁ! もうっ」


 女学生は桜を睨みあげている。

 何をしているのか、見当がつかない。詞は一歩踏み出した。


「どうかしましたか?」


 目を丸くした女学生が振り返る。

 詞は笑って返事を促した。

 女学生は気まずそうに頬を赤らめ、歯切れ悪く答える。


「な、何でもありません」

「桜の花弁を取っているように見えましたよ?」

「わかってるなら! 聞かないでください!」


 顔を真っ赤にして女学生は非難の声を上げた。


「集めているんですか?」


 詞はゆるんだ笑顔で訊いてみた。

 女学生はうつむき、無言をつらぬく。

 二人の間に桜が舞い落ちた。


「ま……」

「はい」

「ま、まじないをしてみようと思って……」


 そこまで言って、女学生はさらに顔をうつむかせた。

 詞には女学生のつむじしか見えない。

 女学生は失礼します、と勢いよく頭を下げて、その場を走り去ろうとする。


「桜の花弁を取ったら良いんですか」


 詞は女学生の背中に声を投げかけた。

 女学生がゆっくりと振り返る。詞の様子をうかがうように小さく頷いた。


「落ちる前に桜の花弁を十枚集めたら、夢が叶う、というまじないです」


 十枚か、と詞は口の中で繰り返して、学生帽を女学生に手渡す。


「夢が叶うなら、僕もやってみましょう」


 女学生は詞と学生帽を見比べて、恐る恐る帽子を受けとった。

 詞は桜に向きなおり、瞼を閉じる。女学生が見守る中、呼吸を整えた。

 髪をさらうような風が吹く。桜の花弁がふわりと舞い散った。

 詞はすくうようにして、右左、斜め下と次々と手を伸ばす。

 ひぃふぅみぃ――とぉ

 桜の花弁は指の間をすり抜けず詞の手の中に収まった。

 女学生は狐につままれたような顔で詞の顔を見返した。


「……奇術ですか?」

「いいえ、違いますよ」


 詞はいたずらが成功した子供のように笑う。

 詞とあおいの出会いは、高等師範学校に入学したその日だった。


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