第2話 佐倉さんは写真魔

 腕を組みながら、どうやって男を知らしめようかを考えていると、注文していたトロピカルジュースが1つ届いた。


「うぇぇ」


 机の真ん中に置かれたジュースを、正しくはコップに刺さったストローを見て顔をしかめた。

 飲み口が二つついているピンク色のストロー、要するにバカップルストローだ。

 枝分かれする根元の部分にあるハートが憎たらしい。

 こんな恥ずかしいものを大衆の面前で頼むバカップルたちの心理が理解不能だ。少しでも慎ましさがあれば決して注文しないだろう。


「美味しそうだね」


 佐倉さんが少し身を乗り出して、長い髪を耳にかけながらストローに口をつけた。

 制服のシャツからはちきれそうなおっぱいが机の上にずっしりと乗っかっている。

 重量感のあるおっぱいに目を奪われていると、


「ほら、はやく」


 佐倉さんがぼくを促した。

 ストローを口に加えたまま喋るせいでちゃんとした発音になっていない。

 濡れた唇から出てくる、言葉にならない音が妙に煽情的に感じる。


「ぐぬぬ」


 羞恥プレイだ。

 さっきも言ったけれど、ぼくと佐倉さんはカップルではない。

 そもそも佐倉さんには好きな男がいるらしい。アプローチはかけているが中々気付いてくれないそうだ。

 どんな男なのかは知らないけれど、とんだ鈍感チンポ野郎である。

 その恋が実るまでの予行演習をしたいということで、こんな意味不明な状況に追い込まれている。

 天然なところがある佐倉さんの思考には時々ついていけない。


「……」


 ジーっと佐倉さんがぼくを見つめていた。

 上目遣いだ。身長差故に、いつもはぼくが見上げているから新鮮だ。何だかドキドキしてしまう。

 佐倉さんはきっとぼくが相ストローするまでテコでも動かないだろう。

 表面的には優しいお姉さんに見えるけれど、芯の部分では頑固者だったりする。


「はぁ」


 ぼくは渋々と、あくまで渋々と! ストローに口をつけた。

 佐倉さんと至近距離で見つめ合う形になる。

 何が楽しいのか、両目を三日月形に細めている。

 そんな佐倉さんの顔を見て、ぼくも嬉しくなってしまうのだから納得がいかない。美人というのは得なものだ。

 ――パシャッ。

 佐倉さんがスマホを取り出して、バカップル状態のぼく達を撮影した。


「ふふ」


 スマホの画面を見ながら頬に手を当てている様子はとても可愛い。

 ペットの飼い主が自分のペットの写真を見たとき、こんな顔をするのだろう。

 きっと佐倉さんにとってぼくはペット同然だ。

 まことに遺憾である。

 お姉ちゃんにペット扱いされたら喜んで従うけれど、佐倉さんに従う道理はない。

 それでもぼくが屈辱に甘んじているのには理由がある。お姉ちゃんの写真が欲しいからだ。


「良い写真が撮れたから、綾乃の写真をあげるね」


 佐倉さんは写真魔だ。良く色んな写真を撮っている。

 気に入った相手と一緒に自撮りすることが特に好きなのだそうで、頻繁に一緒に写真を撮ろうと迫ってくる。

 趣味に没頭すると我を忘れるのだろう。かなりしつこくて大変なので、昔は写真を拒んでいた。

 写真を拒むぼくに佐倉さんが提示した交換条件。それが、ぼくの写真とお姉ちゃんの写真を交換するというものだ。

 当然のことだけれど、二つ返事で承諾した。

 お姉ちゃんを引き合いに出されたら、大抵のことは2つ返事で頷くのだ。


「おぉ!」


 スマホのメッセージアプリで画像を受け取る。

 画面の中には体操服姿のお姉ちゃんと佐倉さんがいた。佐倉さんが自撮りをする形で二人が写っている。

 この写真は高校でのお姉ちゃんを知ることができる数少ない手段だ。

 ぼくのお宝フォルダには、佐倉さんから貰った写真が大量に保存されている。


「体操服のお姉ちゃんも良いなぁ」


 お姉ちゃんの姿に、ふふ、と笑みがこぼれる。

 白い体操服を着ていると褐色の肌が目立つ。5月に入ったばかりなのに肌はこんがり小麦色に焼けている。お姉ちゃん――白川綾乃はハンドボール部に所属しているボーイッシュなスポーツ女子高生だ。

 天真爛漫に頬の横でピースサインをしている。屈託のない目を細くして、八重歯がくっきり見える健康的な笑顔が眩しい。

 体育が一番好きな授業だと公言するだけあって楽しそうだ。


「私は?」

「え?」

「体操服の私は良くないの?」


 意図的に見ないようにしていた、写真にうつる体操服姿の佐倉さんを意識してしまう。

 背中まで伸びる長い黒髪を頭の後ろで結んでいる姿が目新しい。

 いつもはサラサラしている前髪が汗でおでこに少しはりついている。

 体操服でシルエットが強調された豊満なおっぱいと相まって、妙なエロスを醸し出していた。

 もちろんそんな感想を正直に言えるはずもなく、当たりさわりのないように褒める。


「うん。良いと思う」

「何だか気持ちがこもってない」

「ほ、ほんとだってば」

「はぁ。弟くんは私の体操服には興奮しなかったか」

「こ、興奮!?」

「男の人は女子の体操服姿に興奮するって聞いたんだけどなぁ」


 佐倉さんは大きなため息をつきながら、手で顎を支えて下を向いた。

 もう片方の手の人差し指で机の上に文字を書くような仕草をしている。

 むすっとした仏頂面が可愛い。


「その、あの、しない訳じゃないっていうか」

「何をしない訳じゃないの?」

「え、いや、それは」


 佐倉さんは指の動きを止めて、慌てるぼくに目を向けた。

 ハッキリしないぼくを見て、再び頬を膨らませて口をとがらせながらいじける。


「興奮、だよ」

「体操服姿の私に興奮するってこと?」

「……しない訳じゃない」

「つまり、興奮する?」


 机に両手をついて身を乗り出して、ぼくに迫る。

 近づく顔から視線を下に逸らせば、制服のシャツからチラリと谷間がのぞく。

 制服姿のおっぱいも、体操服姿のおっぱいも、どっちも素晴らしいです。


「興奮する?」

「……する」

「ふふ。弟くんはエッチだね」


 佐倉さんの顔には一面に満悦そうな笑みが浮かんでいた。

 落ち込んでいた姿が嘘のようだ。というか嘘だったのだろう。中学生になっても小さくて童顔なぼくを弄んでいるのだ。

 その後も佐倉さんに延々と遊ばれた後、再びメインのお風呂談義が始まる。


「弟くんはエッチな意味でお風呂に入りたいんじゃないの?」

「違うよ! お姉ちゃんは女じゃない。お姉ちゃんはお姉ちゃんなんだ」


 ぼくは拳をふって力説した。

 弟であるぼくがお姉ちゃんに欲情するはずがない。

 もっと超越した、神聖な感情なのだ。


「じゃあ協力してあげよっか」

「本当!?」

「エッチなことが目的なら協力できなかったけど、そういうことなら良いよ」


 お姉ちゃんと中学校からの親友である佐倉さんを味方につければ百人力だ。

 協力な味方を得ることができた喜びで身を乗り出すけれど、やんわりと押しとどめられて条件を提示される。


「その代わり、私とデートしてほしいな」

「えぇ!?」


 どうせデートと称して、変な悪戯をしてくるのだろう。佐倉さんはいつもそうだ。

 けれど背に腹は代えられない。

 ぼくはコクリと頷いたのだった。

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