正義の味方? 悪の組織? いえ、怪盗です
夢川 浩樹
第一章 魔女遭遇編
第1話 プロローグ
誰もが小さい頃にテレビの中のヒーローに憧れた経験があるはずだ。皆そのヒーローの真似をして、ヒーローごっこなんて遊びをしていたのを覚えている。そこには立場的に強い者はヒーロー役で、逆に立場の弱いものは悪役をさせられるという小さい頃ながらに形成されている人間社会の厳しさがあった。
僕はそういう厳しさと関係なく悪役になることが多く、ヒーロー役を常に友達に譲ってはヒーローにやっつけられる日々を過ごす健気な子供だった。僕はヒーローでなくてもよかった。皆がヒーロー役がやりたいと言うのであれば、やらせてあげよう。
珍しくも僕はヒーローに対する憧れというものがなかった。
誰もが憧れるというのもほとんどの友達がそうだったから、そういうものなんだというくらいの認識。
だからといって悪の組織……悪役が好きだったというわけでもないのだ。
今の時代は正義の味方だとか悪の組織だとかが身近なものとなっていて、日々争いが耐えない。ニュースを見れば、どこどこの組織が壊滅しただの正義の味方が敵を倒しただの物騒でつまらない現実が目に入ってくるだけ。
争いごとが身近で物騒な世の中だからこそ皆ヒーローに憧れているのだろうことは理解はできるけどさ。
小さい頃の僕は他の人とは違う変わったものに執心していた。今の時代では聞かない、見かけない、本の中でしか確認できない存在……怪盗と呼ばれるものたちだ。
本の中での彼らは宝石。貴重な遺産。人の心。ありとあらゆるもの奪い去り、その行為だけで多くの人々を魅了する。勝ち負けなどない。必ず……そう、必ず狙ったものを持ち去ってしまうのだ。
誰も止めることのできない絶対的な存在。僕は唯一怪盗だけに憧れをいだいた。
幼少期のことをぼんやりと思い出してみる。
『なあヒーローごっこやろうぜ! 俺がヒーロー役な!』
『うん、いいよ! その後は怪盗ごっこやろうよ!』
『は? 何それ、一人でやってろよ』
『…………』
悲しい世界がそこにはあった。
確かに今思えば何をする遊びなのかよくわからない。
僕に友達が少ないのはこの時にとんでもないトラウマを植え付けられたせいだ。そうに違いない。
それからは僕はよくわからない何かを一人で長い間続けていた。怪盗としての心構え。必要な知識。技術。道具。資金。必要なことは片っ端から身につけていった。全ては怪盗ごっこがしたいがためだった。晴れの日も。雨の日も。雪の日も。学校があっても放課後友達と別れた後に一人で謎の特訓をし、友達になにしてるのかと聞かれても怪盗は正体がばれてはいけないという謎の理屈でその場をごまかしてきた。
怪盗ごっこをするために努力して身に着けた戦闘技術も誰にも披露したことがない。
何も疑問に思ったことはなかった。
今日謎の修行を終えて、ふと風呂上りにソファーに腰を下ろした時、疑問に思った。
僕……今まで何やってたんだろう。あれ? 僕ってただの高校生じゃん。何だよ怪盗って。
高校二年生になるまで十五年以上こじらせていた怪盗オタクが目を覚ました瞬間だった。
ある系統の本が乱雑に散らばっているアパートの一室で僕は目を血走らせながらパソコンに向かって身を乗り出す。
「やばいんですけど。この上なくやばいんですけど!」
僕はあらゆる求人サイトに目を通しながら不安をぶちまけるように一人ごちた。
怪盗なんかにうつつを抜かしていたせいで、進路のこと何も考えてなかったんだけど! 卒業後のことを考えなければいけない時期なのにまともに単位を取れてないし成績もあまりよくない。
怪盗ごっこのせいで目立ってはいけないという謎の理由であえてテストを平均点で抑えてたり、戦闘訓練の授業でも手を抜いてた自分を殴りたい。
こじらせてたよ。完全にある病気をこじらせていた。何故今まで気づくことができなかったのだろうか。友達がいなかったからだ。お前恥ずかしいよっていってくれる友達がいなかったからだ。
「ああああああああ、もうどうにでもなれ」
考えることをやめた僕は、諦めて今日は寝ることにした。
「クワアア!」
「騒いでごめんよ。もう寝るからさ」
僕が騒いだせいでペットのフェンが起きてしまった。フェネックギツネのフェンは小さい狐だけど、怪盗の相棒として色々な技を覚えさせた。頼りになるやつなんだけどな。
お披露目することはないだろう。
寝る前になんとなくメールボックスを開くとギルドから一通の依頼が届いていた。
おかしいな。頼めば犬の世話から悪の組織の討伐まで様々な依頼を紹介してくれる機関、そのギルドから依頼が来ること自体は不思議じゃないけど、契約の更新してないはずなんだよな。
依頼の中身を確認した僕は、どうせなら最後に一度だけ本当の怪盗ごっこをやってみようと思った。
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