第24話 黒い鳥は旅立つ④
「オルレーヌ王が伴ってきたという吟遊詩人とは貴様だったか!白き悪魔よ!!」
「貴様はやはり母親共々殺しておくべきだった!!まさか、オルレーヌ王を利用し我が国の王家を滅ぼすとは……、この傾国めが!!」
床に突っ伏すロビンを認めると兵士達は一斉に彼を非難し始めた。
問答無用で先制攻撃を仕掛けてこない、武器は所持していても鎧どころか軍服すら着用していない平民服姿から寄せ集めの民間兵だと窺える。集団の前方に立つ者はともかく、後方に控える者達は腰が引けており、隙あらば逃げだす気なのは明白だ。
「見慣れぬ鼠まで引き寄せて……、貴様もオルレーヌの者か?!」
兵の先頭に立つ男がユーグの存在に気づき、荒々しく詰問する。すると、それまでロビンやスレイヴを睨み上げていた他の兵士達もつられてユーグを注視した。
「いかにも。だが、私はヴァンサン新国王陛下の
正確に言えば『途中から』の一言が付け加えられるが、そこは黙っておくことにした。
暴風に吹き飛ばされることなく階下に転がったままのヴァンサンの遺体を痛まし気にちらりと見下ろす。
「私は非人道的な計画を阻止すべく駆けつけたのだが……。非常に遺憾ながら、全てが後の祭りだった」
「信じられるものか!」
ヴァメルン兵数名の銃口から火が噴く。飛ばされてきた弾丸を、大きく一振りした剣の風圧で跳ね返す。弾は人には当たらず瓦礫や壁に深くめりこんだ。
「相変わらず甘いですね」
ヴァメルン兵とユーグが繰り広げる応酬を、高見の見物よろしくスレイヴは嘲った。ロビンはまだ床に伏せている。
「敵兵に情けをかけてやる必要などないのに。私なら一切の躊躇などしませんが」
緊迫した空気に似つかわしくない優雅な動きでスレイヴは弓を右手に、左手でヴァイオリンのネックを握って肩に乗せ、ヴァイオリンの演奏を再開しだした。しかし、エンゾ同様に魔血石のチョーカーを身に付けるユーグには彼が奏でる殺人音楽は無意味に等しい。その証拠に、背後からヴァメルン兵に発砲される度に振り返って剣圧で弾丸を跳ね返すだけの余裕すらあった。
亀の歩みとも取れる前進、だが、ユーグがスレイヴ達に一歩、また一歩と近付くごとにヴァメルン兵の弾道に乱れが生じだした。スレイヴの音によって兵士達が変調をきたし始めたのだ。
「何をしている、ロビン。早く起きろ」
破滅と死を導く美しくも狂気を孕む音色、断末魔の悲鳴に満たされる中、徐々に迫りくるユーグに焦りを感じたのか。演奏の手は止めることなく、スレイヴはロビンに呼びかける。けれど、ロビンは起き上がらない。
「ロビン」
表情と口調こそ変わらないが、ユーグの足が階段の一段目に届くと同時にスレイヴは一歩引き下がる。
「ロビン、早く防御魔法か暴風を」
ロビンはまだ起き上がらない。スレイヴの口角が僅かに引き攣る。
ヴァメルン兵達の発砲がやみ、振り返って剣圧で弾く必要がなくなったユーグは一気に階段を駆け上がった。
「私の言うことが聞けないのか!」
遂に痺れを切らしたスレイヴは演奏を中断し、ロビンを脇腹の下から強く蹴りあげた。小さく華奢な身体は宙を低く泳ぎ、悲鳴をあげることなく踊り場からユーグの足元へ転がっていく。踊り場から階段へ転がり落ちるロビンを器用に避け、ユーグは最後の一段を駆け上がる。
迫りくる身の危険。スレイヴは踊り場から後方の階段に向かって駆けだした。
「あの野郎!!!!!」
スレイヴの所業、階段を転がり落ちていくロビンの姿に、傍観に徹していた(徹するしかなかった)エンゾの頭にカッと血が昇った。
沸騰した湯のごとく感情がぐつぐつ煮え滾る。久方ぶりに覚える制御不能な強い怒りの衝動に任せ、瓦礫の山も血の海も無残な遺体にも目をくれず、いっそ踏みつける勢いで壁際から大階段へ猛突進していく。
「おっらぁあああ!!!!」
階段の手前で咄嗟に拾った煉瓦一個分相当の重さ大きさの瓦礫の一部を、両手を高く振り上げてスレイヴ目掛けてぶんと投げつける。瓦礫は、階段の途中で寝転がるロビン、想定外の出来事に立ち止まったユーグの頭上を越え、後方左側の階段を昇っていたスレイヴの後頭部に直撃した。
ガツン!と鈍くも重い音、前のめりに倒れていくスレイヴの後ろ姿に、怒りが引き潮のようにさっと引いていく。真っ赤な顔でハーハーと息を切らし、何度も深呼吸を繰り返すうちに己がしでかしたことへの恐怖、罪悪感が心中を侵食していく。
恐る恐るユーグを見上げれば、彼もまた戸惑った様子でエンゾの元へ下りていくか、スレイヴの元へ急ぐか、迷っているように見えた。『スレイヴの方へ行け』と投げやりに手を振ってみせれば、数瞬迷う素振りを見せつつ最終的にはスレイヴの元へ向かってくれた。
「あいつ、死んじまったかな……。クソッ、殺しだけはぜってーしないって思ってたのに……」
拡げた両手を激しく震わせ、俯き、立ち尽くす。
熱を出す前触れみたいに酷い寒気が全身を襲う。
寒いのは当然風邪のせいなんかじゃない。
罪の重さを背負う痛みのせいだ。
頭部を赤い髪よりも深い鮮血の赤に染め、ぐったりとするスレイヴも、抱き起こすユーグも到底直視できない。ロビンの傍へ駆けつけ、身を起こしてやることなんてもっとできない。
血に汚れてしまった手で、彼に触れてはいけない気がしてならないから――
「お前のせいだ、お前が悪い。全ての禍はお前が」
「白き悪魔め、断じて許さない」
「禍を齎すものには罰を、死を」
ぶつぶつと呪詛めいた不穏なつぶやきがどこかから聞こえてきた。
言葉の意味がはっきり聞き取れるにつれて、エンゾの意識も現実に引き戻されていく。
死の演奏が途切れたことで、辛うじて正気を保っていたヴァメルン兵数名がロビンに少しずつ近づいていた。未だ耳にこびりつく音色に三半規管の調子を崩し、右へ左へよろめきながらも銃口は確実にロビンに向けられている。
顔を上げたエンゾが目にしたのは、ゆっくりと身を起こそうとするロビンの射程距離内まで接近したヴァメルン兵達が引き金を引くまさに寸前――、今の彼らの憎悪の行き先は敵国のユーグやエンゾでもなく、ましてや死んだ(かもしれない)スレイヴでもなく。敵国に寝返り、祖国に仇を成したロビンへと一身に注がれていた。
考えるよりもずっと早く、身体が、足が、勝手に素早く動き出す。
こんなに早く動けるものかと思う程に。
「ちょっ……!待てよコラァアアア!!!!」
「エンゾ?!」
ズドォオオン!!
エンゾとユーグの叫び、複数の銃声が同時に重なり合った。
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