ブラックバードのうた
青月クロエ
第1話 プロローグ
らんらんらん くるよ くるよ
らんらんらん もうすぐくるんだよ
らんらんらん らんらんらん
もうすこし あとすこし
らんらんらん らんらんらん
きっと きっときっと きっときっときっと――
「おい!
「ひゃうん?!」
怒声と共にがしゃん!と、廊下と牢獄を隔てる鉄格子が大きく揺さぶられ、歌声の代わりに間抜けな悲鳴が地下全体に響き渡った。
恐る恐る、ぎこちなく振り返れば、軍服姿の男が鉄格子にしがみついてこちらを鋭く睨んでいた。
ごつごつとした石壁に等間隔に灯された篝火の仄赤い光が廊下を、男の顔を、更には
隙を見せまいとしてか、男はやけに険を持たせた表情で彼を睨み続けているが、いかつい外見や表情に反し、その眼には明らかに怯えの色が滲んでいる。
「あの、ボク、これからおしごと、するのかなぁ??」
猛獣が威嚇するかのような男の態度に怯むことなく、彼はこてん、と首を軽く傾けて尋ねた。
白い髪がかかる頬は最早、白を通り越して氷のごとく透明で、男を見上げる零れんばかりの大きな双眸も限りなく透明に近い薄青だ。
人間離れした白く透明な美貌に、男は束の間息を止めて見惚れしまった。
「ねぇねぇ、えーへー(衛兵)さんってば!」
「うっ、わ……!あぁ、そうだ!!王太子殿下のお呼びだ!!」
「ヴァンサン!ヴァンサンがボクを呼んでるんだね!!」
『王太子殿下』と耳にした瞬間、彼の透明な肌は喜びでパアァァッとより明るくなり、うっすらと朱が差し込む。
道化の衣装に似た、身幅が大きく派手な色合いの一見不格好なドレスの裾を掴んで、牢の中を飛び回る彼を、男は汚物を見る目で見下ろしている。
『夜のお召し』がどういう意味なのかを理解しているから。
男の視線など意に介さず、彼は全身を使って喜びを示している。
夜のお召しは今回が初めてではないし、以前から続いている筈なのに。
「騒ぐのはそこまでにして、とっとと出てくるんだ!殿下をお待たせするんじゃない!!」
「ひゃい?!」
放っておけばいつまでも騒ぎ続け兼ねない、と判断するなり、男は再び彼を怒鳴りつけ、鉄格子の錠を素早く外して乱暴に扉を開け放つ。
返事なのか奇声なのか、どちらとも判別し難い声を上げると、彼は開け放たれた扉目掛けて一目散に駆け込んできた。
「ほら、さっさと行くぞ……」
らんらんらん くるよ くるよ
らんらんらん もうすぐくる……
「だから、歌うなと言っているだろう!!それとも、俺
「やめ……、く、くるし……」
これ以上は我慢の限界だと、男は彼の大きく開いた襟元を締め上げて力づくで黙らせた。
怒りというより恐怖――、彼が歌う意味を知る者であれば万が一の事態を想定し、怯えの感情に駆られてしまうの致し方なし――、だが――
「貴様は相当な馬鹿だ。図体だけは無駄に大きく頭の中身は豆粒程度のように見受ける」
「何だと?!」
「もしくは、貴様の耳は
彼がいた牢の一つ手前から、氷の刃を突き刺すような、嘲笑混じりの冷たい声が静かに、それでいてはっきりと男の耳に届く。
「ロビンが今歌っていたのは実験に使う唄ではない。詞も旋律も全く違うし、たった今適当に思い付きで作ったもの。聴いたところで何の害もないというのに」
大仰に溜め息までついてみせる声の主の牢を、男は視線だけで殺せるのでは思う程の形相で睨み据えた後、掴んでいた襟元を彼――、ロビンというらしい――、ロビンごと突き放した。
けほけほと涙目で咽返るロビンを忌々し気に一瞥すると、「ほら、さっさと歩け!」と、華奢な背中を突き倒す勢いで強く押した。
前のめりに倒れかけながらもロビンはどうにか踏み止まり、男に怒鳴られる前に足をもつれさせてよろよろと廊下を歩き出す。
声が聞こえてきた牢を通り過ぎ様、男に気付かれないよう、「……ありがとう……」と、小さく小さく礼を述べる。
薄暗く黴臭い牢の中から返事はなかったが、ロビンは特に気に留めず男と共に廊下を進んでいく。
やがて、地下から城の一階へと続く螺旋状の古い階段に辿り着くと、先程の歌をまた歌いだす。
らんらんらん くるよ くるよ
らんらんらん もうすぐくるんだよ
らんらんらん らんらんらん
もうすこし あとすこし
らんらんらん らんらんらん
きっと きっときっと きっときっときっと――
『もうすぐ全ての悪い運は去っていく』
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