第22話 意思と想い

「まずは比呂弥君、君に渡しておくものがある」


 バルト中将を見送った後、万能型巨大戦闘艦【アムルダート】の艦内の一室にある結城総一朗専用のプライベートルームにて比呂弥とアリルにそう前置きすると、シルバー製の頑丈なアタッシュケースを取り出して二人の前で開けて見せた。


 アタッシュケースの中にはスマートフォンに似た端末と、ベルトに装着するバックルのようなものが一組収納されている。途端、比呂弥の目が見開かれた。


「完成したんだ」


 比呂弥が待ちきれなかったように言った。総一朗がこくりと頷く。


「これらはアリル君の装備を参考に軍が独自に開発したマルチ型端末機【ライズデバイス】と【ライズコネクター】だ」


 総一朗はゆっくりとした動作で二つのアイテムを手に取ると、比呂弥の前に差し出した。比呂弥もそれを待ちわびていたように受け取る。


「クローゼ軍曹のものとは少し形が違っているようだけど?」


 アリルの腰に装着されている装置を横目に見比べながら比呂弥が言った。確かに細部の形状やカラーリングが少々異なっている。比呂弥のデバイスが白色に対してアリルのものはピンク色だったり、デバイスの形状に合わせてコネクターのサイズも少々違う。


「このアイテムは装備者個人に合わせて専用にカスタムされているからね。機能自体にそこまでの違いはないよ。ライズコネクターを腰元に当ててみなさい」


 比呂弥は総一朗に言われるままライズコネクターを腰骨のあたりに押し当てる。するとコネクターが反応し本体からベルトが射出され比呂弥の腰に巻き付いて固定された。


「おお」


 思わず比呂弥も声に出す。そしてもう片方のアイテム「ライズデバイス」に目を向ける。画面に触れると液晶が光り、いくつかのアプリが表示された。


「そのライズデバイスにはいくつかのアプリが登録されている。もちろん通常の通信機器としてもね」


 比呂弥はライズコネクターに手のひらをかざすと生体認証が働き、コネクター収納部分が開く。そこにライズデバイスを収納すると自動で最適な形に収納された。


「変身時の手順は把握しているね?」


「もちろん。この時のために俺は、訓練を積んできたんだから」


 比呂弥は声を落とし、拳に力を込めて答えた。アリルはそんな比呂弥を横目に見つめる。


(比呂弥……)


 アリルは比呂弥の言葉の内側にある痛ましくも強い感情を感じ取りながら、心の中であの日の出来事を思い返していた。



*     *     *

 


 それは三週間ほど前に遡る。

昇によってコアを砕かれ瀕死の傷を負った比呂弥が沖縄の軍施設へと送られて三日経った頃。


「ぐ……く、うう……!」


 リハビリ施設の片隅で手すり棒に掴まりながら歩行の練習を行う比呂弥の姿があった。下半身がほとんど言うことを聞かず、一歩を歩くのにも額に大量の汗を吹き出しながら進む。

 アリルと専属のトレーナーが見守る。


「いいから、あまり無理はせずにゆっくりやろう」


 トレーナーが声をかける。


「ダメだ! 早く、早くしないといつあいつらが……襲ってくるかわからないんだ……!」


 鬼気迫る形相の比呂弥にトレーナーもどうしていいかわからないといった様子であった。その瞬間。


「うわっ!」


 手すりから手を滑らせて比呂弥が倒れる。


「瀬尾君!」


 すかさず、アリルが手を貸そうとする。が、比呂弥はその手を振り払うように拒絶する。


「瀬尾君?」

「邪魔するな、俺のことは放っておいてくれ!」

「でも瀬尾君、まだ新しいコアの定着も時間が必要なんだし、あまり無理は」

「そんなこと関係ない。俺は、戦わなくちゃいけないんだ……俺が、戦わないと!」


 手助けしようとしたアリルとトレーナーを振りほどくと比呂弥は歩行練習を継続する。

 満足に歩くこともできない焦りと苛立ちが比呂弥の心を蝕んでいく。アリルは比呂弥のその姿を見つめ、しかし決して片時も目を離すことをしなかった。


 それからの回復速度は目を見張るものであった。元々タビュライトから力を得た人間の特徴として驚異的な回復能力というものも存在はするが、比呂弥のそれは明らかにアリルの知っているデータを上回っていた。


  △


 それから一週間の後。

まともに歩けもしない状態だった比呂弥はリハビリを重ね、すでに全力で走ったり、常人の数倍の重量を持ち上げたりできるほどの超回復を見せていた。


「本当に凄いものだな、ザンナイトの回復力というものは」

 

 様子を見ていた総一朗が誰となしに言った。


「たった数日でほぼ元通りにまで回復するとは」

「はい。擬似コアクリスタルとの同調もほぼ完了し、痛みを伴うようなことも少なくなってきました。でもまだ戦闘まではこなせないと思いますが」

 

 アリルは心なしか暗い表情で言った。


「比呂弥には例の、博士が進めている計画の件、もう話したんですか?」

「ああ。《エンジェル計画》。この計画は君と比呂弥君の協力が不可欠だ。彼もそれは納得している。しかし」

 

 言いよどんだ総一朗を、アリルは見た。


「この計画は同時に危険性も孕んでいることも承知しておかなくてはならない。軍の上層部はそこがわかっておらん。単純に比呂弥をオリジナルザンナイトとしてしか見ていない。利用することしか考えていないのだ。それでは戦いに勝ってもやっていることはレグと同じなのだ」

「そうですね。私たちは普通の人間から見れば異端です。一歩間違えれば恐怖の対象になる……でも、心は同じ、人々を救いたいと考える気持ちはみんなと同じですから」

「その純粋な気持ちをわかろうとしないのが、大人の未熟なところなのかも知れないな」

 

 比呂弥がランニングから戻ってくる。すでにかなりの距離を走ったはずであったが、汗ひとつかかず、息も切らしていなかった。


「どうだ比呂弥君?」


 総一朗が声をかける。


「この通り、完璧に元通りだよ。もういつでも戦闘に加われる」

「焦るな。まずはきちんと体を万全にして、戦闘訓練を積んでからだ」

「心配性だなおじさんは。わかったよ、次は何をすればいい?」

 

 先日までの比呂弥とは変って今は穏やかな風にも見える。が、アリルはそんな比呂弥に焦燥を感じた。


「瀬尾君……少し、無理をしてない……?」

 

 その言葉に一瞬だが比呂弥の表情が無に変わった。しかし、すぐにはにかんだように笑う。


「無理なんかしてないさ。大丈夫。おじさん、次の訓練をお願い」

「ああ、分かった、こっちだ。アリル君、済まないがここの片付けを頼めるか」

「わかりました博士」

 

 そう言うと総一朗と比呂弥はグラウンドから建物の中へ入っていった。アリルはタイム測定に使った機材を片付けると、小走りで比呂弥たちの後を追う。


「……しかし、本当に化物だよな。数日前まで瀕死の重傷だったやつがもう何事もなかったように走り回ってるんだぜ?」

 

 向かう途中の通路の一角で、アリルはそんな会話をする沖縄に駐屯する兵士たちとすれ違った。


「ザンナイト、だっけ? 軍のお偉方が必至になって研究してるって化物。あいつ、そのザンナイトってやつらしいじゃねえか。ひょっとして敵のスパイだったりしてな」

「あんなやつが敵には何人もいるんだろ? 本当に勝てるのかよ。今のうちに一人でも消しちまった方がいいんじゃ――」

 

 兵士たちがアリルの姿を確認すると会話を中断し、こそこそと退散していった。


「……何も知らないくせに勝手なことを」

 

 アリルは兵士たちを一蔑すると比呂弥たちのもとへ早足で向かった。

 しかし、比呂弥たちがいる部屋の前まで来ると、アリルは足を止める。


 アリルは直感的に感じ取っていた。比呂弥の心の中にある焦りを。妹を殺され、家族と殺しあわなければならなくなった少年の心は、確実に悲鳴をあげて苦しんでいると。


 それは比呂弥自身にも現れていた。痛みと苦しさを耐え、一秒でも早く自由に動ける体を取り戻すべく努力をし、焦る心を抑えながら戦いの基本を吸収する。そのために利用できるものは全て利用して。全ては家族を止める力を得るため……家族を殺せる力を得るための行動だ。今も比呂弥の心は悲しみに支配されながらも、それに耐えながら必至に前に進もうとしていると、アリルは感じていた。


(私のいた未来の彼も、同じ動機で戦っていたのかな……)


 本当のところを言うならば、元いた時間での比呂弥とアリルは恋仲ではあったが、出会ってから過ごした時間は軍に所属してからの一年足らずだった。まだ何も進展させていないまま、気持ちだけが強まったまま、全てが「これから」という時に……彼は、あの黒い騎士に殺されてしまった。


「でも、今は違う。彼は生きているんだもの。私が、比呂弥を支える。この先、何があっても……私が」

 

 アリルは自分の気持ちを確かめるように呟くと、深く呼吸をした後、笑顔を作り、比呂弥たちのいる部屋へと入っていった。



*     *     *



(大丈夫、彼には私がついてる。何が起こっても、私が彼を守るんだ)


 アリルはその小さな胸に改めて想いを誓った。自分がこの時間に「飛んだ」理由はきっと、そこにあるんだと信じているからだ。


「以前にも伝えたとおり、君の肉体の中にあった本来のコアクリスタルは一度砕かれてしまっている。復元が成功しているとはいえ、新たなコアクリスタルは君の肉体に完全に馴染んでいるとはまだ言えない状況だ。ザンナイトへの変身にかかる体への負担も計り知れないものになっているだろう。最悪の場合命を落とす可能性もある」


「この装置は変身時の肉体の再構築をサポートし負担を最小限に軽減してくれるだろう」


「ありがとうおじさん。これで俺は戦える。〝あいつら〟と」


「瀬尾君……」


 アリルが沈痛な面持ちで比呂弥を見る。


「比呂弥君、君の気持ちは十分に理解しているつもりだ。この先の戦いにおいて君たちが持つザンナイトの力は必要不可欠なものになる。だからこそ、そのアイテムも君の手助けになればと思って作った」


 総一朗はそこでひとつ言葉を区切ってから続けた。


「だが、約束してほしい。決して死なないと。君はもう、私の家族も同然なのだからね」


「ありがとう、おじさん」


 そう答えた比呂弥は確かに穏やかだった。表面上だけは。

 比呂弥は数週間前に最後に見た、豹変した家族の顔を思い出した。おぞましい気配を放ち、見知らぬ子供たちをその手にかけていた兄弟たちの顔を。そしてそいつらは、来霧を……。


「それじゃあ、俺も部屋に戻るね」


「ああ。アリル君、君も休むといい」


「失礼します」


 一礼しアリルたちが部屋を出て行く。自動ドアが閉まるのを見届けた総一朗は薄くため息をついた。


  ▼


「ヒロ君……?」

 

 父親である結城総一朗のプライベートルームから出てきた比呂弥に、結城真理香が声をかけた。


「まり姉……」

「お父さんとお話終わった? 今、少し時間いい?」


 

 真理香は比呂弥を誘い出すと、海が見える通路まで連れてきた。アリルもなんとなく後に付きそう。真理香はアリルをちらりと見て比呂弥に向き直る。


「ヒロ君、本当に正規軍人になったんだね。これからは瀬尾軍曹って呼ばなきゃだね」


 真理香ははにかんだ笑顔を見せた。潮風が真理香のくせっ毛を優しくもてあそぶ。


「まり姉は? どうしてこんなところに」


 比呂弥は特に表情を変えずに返す。


「私はお父さんの影響でね。ハードギア隊の訓練候補生になったんだよ」

 

真理香が言った。


「ハードギア隊?」


 聞いたことがない名称に比呂弥が聞き返す。アリルは、元いた時間にも同じものが存在していたので知っているが。


「凄く格好いいんだよ! 空も飛べるし!」

「つまり、戦場へ行くってこと?」


 比呂弥の問いに真理香は真剣な眼差しになる。


「お父さんがね……世界の危機だって言ってたから」


「え?」


 真理香はまるで久しぶりに会う幼なじみとの会話を楽しむかのように、ゆったりした口調で話し始めた。


「ヒロ君にはちゃんと話したことなかったけど私ね、元々軍の学校に通ってたんだ。それで、それ聞いて私、いつの間にかここに立候補してた。体が勝手に動いてた。お父さんが毎日平和のために研究してたのも知ってたし、私も何かしなくちゃって。最初はただ漠然とお父さんの役に立ちたいって思ってたんだけど、その話を聞いたとき思ったの。この時の為に、毎日心身を鍛えてたんだなって」

 

 真理香は手すりに手をかけ、遠くの海を眺めながら言った。


「ねえ、来夢ちゃんは元気? この前誕生会だったんでしょ?」


「……来夢は、死んだよ」

 

 比呂弥は絞り出すように言った。


「……え?」


「ごめんまり姉……いろいろあって俺……またゆっくり」


 その時、艦内にけたたましい警報が鳴り響いた。


「何だ?」


 甲板にいたレインは腕時計に備わった通信機を使い、ブリッジに状況を確認した。


「ブリッジ、こちら艦長の春日よ、何があったの?」

 

 通信モニターが開き、ブリッジで実技の訓練を受けていた通信担当のエミリーが泣きながら状況に対応する。


『わ、わかりません、急に警報が鳴り出して……麻友、そっちは何か分かった!?』

 

 同じく索敵レーダーの実技を受けていた訓練生の麻友・バニーがレーダーから状況を分析した。


『こちら索敵担当の麻友・バニーです。大変です艦長、東京が、何者かに攻撃を受けている模様です!』

 

 その報告にレインは驚愕した。


「なんですって!?」


 そのやり取りを聞いた瞬間、比呂弥の表情がみるみる変化していった。

 

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