第21話 覚醒液薬《RAL(アール)》

 その静寂を最初に破ったのはレイン・春日だった。


「一つ、質問をよろしいでしょうか。結城博士」

「なんだね」

「タビュライトとレグ、そしてレグバンダーについては理解しました。ですがこのザンナイトに関するデータ……これが正しいものと仮定した場合、どのようにして収集したのか教えていただけますか?」

「どういうことです艦長?」


 ルークが不思議にレインを見る。


「ザンナイトというものが実際に出現したという情報はまだどこにも出ていない。しかし博士はザンナイトの存在を認識し、ここまで詳細なデータを揃えています。まるで時間をかけて性能実験を重ねてきたかのように」


 ミランダがハッとして。


「まさか、軍はすでにザンナイトを?」


 レインは表示されたデータから目を離すことなく黙り込む。総一朗はその質問が来ることは想定内だったように落ち着いた様子で、バルトへ目配せする。バルトもうなずき返す。


「そうだ。我々はすでにザンナイトになることができる人間を知っている。このデータはその人物の協力を得て実現したものだ」


 ルークが「おお」と声を上げる。


「では博士、ザンナイトを量産する術はもう手に入っていると?」

 

 ミランダも微かに興奮するような口調で訊く。


(量産じゃない。兵器と同じに言うな)


 ミランダの言葉にアリルの表情が僅かに険しいものになるが、誰にも気づかれないように平静を装う。


「いや、そこはまだ研究段階だ。まだ未解明な部分が多々残されているものだからね」

「では、具体的にザンナイトとは、タビュライトから狙って創り出すことが可能なものなのでしょうか?」

 

 レインが至極冷静に訪ねる。


「現在ではタビュライトからザンナイトが生まれる可能性は極めて低い。それは特定の体質、あるいは因子を持った人間のみに起きる特殊変異のような存在だからだ」

「なるほど。レグバンダー側もそれは同じだと?」

「ああ。情報によればレグバンダーは素体となる人間を大量に選定していると聞いている。ということは、向こうも狙ってザンナイトのみを創り出すことは現実問題として難しいことであり、それほどの数は揃えられないことを意味している、と考えていいだろう」

「では、こちらが保有するザンナイトというのは?」


 レインの問いを受けて総一朗は一つ咳払いで返すと、比呂弥とアリルの方に向き直った。


「実は、彼らがそのザンナイトなのだ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ルークたちはどよめいた。


「紹介が遅れたな。二人とも」


 バルトが付け加えるように言う。

 比呂弥とアリルが一歩前に出る。


「瀬尾比呂弥です」

「アリル・エヴァ・クローゼです」

「二人とも正式な軍の人間だ。今日からこの艦に所属してもらうために連れてきた。階級は軍曹だ」

「ちょ、ちょっと待ってください中将。彼らが、そのザンナイトだと? まだ子供ですよ!」

 

 ルークが慌てて話に割って入る。レインも信じられないといった様子で二人を見つめる。


「博士、彼らは博士の研究に志願した人為的なザンナイトの成功例ということなのですか?」

 

 ミランダがさらに突っ込む。その物言いにルークの表情は険しくなる。


「副艦長!」

「いや少佐、瀬尾軍曹はタビュライトに取り込まれたことでその能力を開花させたオリジナルのザンナイトだ」

「タビュライトに取り込まれた者はみなレグに意識を乗っ取られてしまうのでしょう? 彼は安全なのですか?」

 

 間髪入れず、ミランダが続けて質問する。


「それは大丈夫だ。どのような理由かは定かではないが、瀬尾軍曹はタビュライトに取り込まれてなおレグの意思を植え付けられなかった。間違いなく彼は洗脳を受けていない。それだけは私が保証する」

「ではそちらの少女も?」

 

 ミランダは次にアリルへの質問をする。


「いえ、私は擬似タビュライトを注入したレプリカ・ザンナイトです」


 その回答にミランダの眉がピクンと反応する。


「どういうことですか? 先ほどの説明では特殊変異でザンナイトは生まれると。軍の生体実験がそこまでの段階に到達しているということですか?」

「その答えがこれだ」

 

 総一朗はアタッシュケースを取り出し、中身を見せた。そこには細長い試験管が数本並び、中には濃い緑色をしたドロドロとした液体が入っている。


「これはタビュライトから採取した培養液の成分を解析し、人間をザンナイトへ変化させる因子だけを封じたものだ。これを人体に用いれば人為的にザンナイトを誕生させることができる。我々はこれを擬似タビュライト覚醒液薬RAL(アール)と名付けた」

 

 言い切ってから、さらに総一朗は付け加えた。


「ただし、この《RAL》を用いて誕生させたレプリカ・ザンナイトはオリジナルよりもおよそ二十パーセント戦闘力が低下してしまうことが解っている」

「敵は全てオリジナルのザンナイトであると仮定すると、絶対的な性能差を、安定した数の供給で覆す、ということですね」

 

 ミランダは納得したように頷くと。


「となれば、現実的なところでは我が隊において運動能力の高い者を選抜し、これを注入すれば良いでしょう。博士、この《RAL》は量産が可能なのですか?」

 

 現実に可能な提案をミランダはさらりと言った。


「待てよ副艦長。俺は反対だ。人間を改造して兵器にするなど、人道的にも倫理的にもあってはならない!」

「では、他に敵に対抗する策があるのか、スターフィールド少佐?」

「今はまだ思いつかないが、皆で知恵を絞れば必ず何かあるはずだ! まずはそれを考えるべきだと俺は思う」

「それでは時間がいくらあっても足らないわ。敵がいつ侵攻してくるかもわからない状況で、躊躇している方がよほど危険ではなくて?」

 

 ミランダの物言いにルークが睨み返す。


「ちょっと待ってくれ!」

 

 見かねて総一朗が間に入った。


「先を急ぐな。この《RAL》は確かにレプリカ・ザンナイトをほぼ一〇〇パーセントの確立で誕生させることができる。しかしこれだけでは確実にはできない、それにも条件があるんだ」

「条件?」

 

 レインが冷静に反応する。


「肉体を書き換える特殊細胞体が一番活発に働くのは十代まで。それ以上の年齢の者は年に応じて肉体が細胞の変化に耐えられない可能性が高くなる。最悪の場合、肉体が崩壊する危険性も含んでいる」

「では、二十代以上の者では一〇〇パーセントという保証はないのですね」

「それも問題ありません艦長。今我が隊には特別育成プログラムを進行し、全国から才能のある若者を多く内包しています。彼らに事情を話せば良いでしょう」

「まさか、ハードギア隊候補生たちのことを言っているのか?」

「今の状況では最も確実性の高い者たちでしょうからね」

 

 ミランダのその提案に、ルークの怒りがついに頂点に達した。


「それこそ反対だ! 子供を兵器に改造するなんて馬鹿げた話があるか!」

「すでにクローゼ軍曹の例があります。それに訓練生とはいえ彼等も軍人の卵。上層部の決定には素直に従うでしょう」

「あいつらはまだ軍人じゃない!」

「言葉を返すがスターフィールド少佐。では我々の中で試すか? 確実な保証の無いまま、《RAL》を注入し無意味に仲間を死なせるのか?」

「だから、俺はこの薬を使うこと自体を反対しているんだよ! 倫理の問題だ!」

「では他にどんな良い手があるというのだ? 敵は待ってはくれないのだぞ?」

「わかってるよ! だからといってまだ何も知らない子供を、将来のある子供を戦場に送るなんて馬鹿げていると言ってるんだ!」

 

 今にもミランダに殴りかかりそうな勢いのルーク。


「落ち着きなさい二人とも! 中将の前です」

 

 レインの一喝で二人はようやく口をつぐませた。


「博士、今一度確認します。ザンナイトに対抗するには、やはりザンナイトしか手段はないのですか?」

 

 レインは総一朗をまっすぐに見つめて訪ねる。


「そうだ。ザンナイトには現存する人間の兵器では傷一つつけられない。ザンナイトを倒すことができるのはザンナイトだけだ」

「そうですか……こちらのザンナイトは瀬尾軍曹とクローゼ軍曹の二人のみ。敵の数は未知数。確かに、厳しい状況ですね」

「結城博士、その擬似タビュライトは……いや、擬似タビュライトじゃなくても、一度ザンナイトになった人間を再び元に戻すことは可能なんですか?」

 

 ルークが、今にも吹き上がりそうな激情を抑えながら言う。


「それはできない。《RAL》は一度注入してしまえば体内の細胞と結合して二度と取り出せなくなる。それはオリジナルの者も同じだ」

 

 総一朗は暗い口調で答えた。


「ならばなおさら、この話には賛同できません」

「中将は、どのようにお考えなのですか?」

 

 ミランダがバルトへ問いかけた。全員の視線がバルトへと集中する。バルトはゆっくりと息を吐くと、落ち着いた声で言った。


「私は……この話を良しとは考えていない」

 

 その言葉にルークは表情を輝かせ、ミランダは少し落胆したような表情になった。


「前途ある、国の宝である子供たちを我らの都合で兵器として前線へ送り込むなど、人間の行う所業ではない……しかし」

 

 まだ続いた言葉に、全員が集中する。


「このままでは日本はおろか、世界がレグの手によって蹂躙され、多くの人々の血が流れゆくのを黙って見ていることになる。だから私は、一人の軍人として、責任ある立場の者として決断せねばならない。この未来を回避するために確実にザンナイトを確保できるのなら、この艦に乗ると決めた人間の中で適正ある者をザンナイトにするべきだと考えている」

 

 その判断にミランダは同調した。それまで表情を輝かせていたルークは落胆の色を見せ、レインはただ黙って話を聞いていた。バルトはレインに視線を向ける。


「春日中佐」

「は!」

「君はこのアムルダートを指揮し、ほかで建造中の二番艦と三番艦が完成しだい合流してもらいたい。そこで国連独立部隊『イファ』が正式に設立される」

「イファ?」

「そうだ。レグバンダーに対抗するための唯一の力であるザンナイトを内包する国連唯一の独立部隊、それがイファだ。瀬尾軍曹とクローゼ軍曹もそこに参加することになる。そして済まないが、レプリカ・ザンナイトの件は君に一任し、判断を任せたい」


 バルト中将は最後にそう言うとブリーフィングルームを後にした。

 オブザーバーとしてタビュライトの研究を現場でこなすこととなった結城総一朗は、大型ヘリに搭載された研究機材を運び出し割り当てられた部屋へと運び込む。

 そしてバルト中将を乗せた大型輸送ヘリが上昇していく間、レインたちは甲板の上から敬礼をして見送った。比呂弥とアリルは総一朗に呼び出されて艦内の研究室へ、ミランダは事務処理があるということで先に艦内へと戻っていった。


「それで、どうするんだレイン?」

 

 飛び去るヘリを目で追いながら、ルークがふいに話しかけてきた。


「……志願制にするわ。強制はしない。二十四時間の猶予を与え、彼等自身の判断に任せようと思う」

「それを聞いて安心したよ」

「ひどい大人だと軽蔑する?」

「いや……それしか方法がないのなら、君の判断は正しい。俺たち大人が変わってやれればいいんだがな」

 

 それだけ告げるとルークは艦内へ歩いて行った。その後ろ姿を見送りながらレインは一人愚痴る。


「……私だって、子供たちを戦場へ送りたくなんかないわよ」


 潮風が湿った風を吹きかけてくる。レインはしばらくの間、穏やかな海を眺めると踵を返して歩き出した。

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