第19話 ハードギア隊候補生

 それから三週間という時間が過ぎた。

 独特なローター音とともに三機のヘリに護衛された、大型の輸送ヘリが沖縄の海上を飛んでいた。


「もうそろそろか。少しは緊張が解れたかね? 瀬尾伍長、クローゼ伍長」

 

 外の様子を眺めていた将校服を着た初老の男が、対面に座る比呂弥とアリルに言った。二人とも軍服に身を包み、畏まっている。


「見えたぞ、あれがアムルダートだ」

 

 比呂弥たちは言われるままに窓から眼下を覗いた。眩しく青い海の上、沖縄のとある島に造られた造船施設にその巨大な艦は存在した。

 

【万能型戦闘母艦アムルダート】

 

 全長は一五〇〇メートルにもおよび、艦前方と後方に滑走路が備え付けられている。艦右前方の壁には名前の由来となった「不滅」を意味する女神「Amurdad」の文字と共に、植物を抱いた女神のシルエットが刻まれ、国連軍の旗がはためいていた。万能型戦闘母艦アムルダート級一番艦「アムルダート」は日米軍の総力を以て建造された、対レグバンダー戦用の巨大戦艦であった。


  *


 アムルダートの甲板にて。

 先頭実技を担当するルーク・スターフィールドは上空をじっと見上げていた。

 上空にはハードギア――歩兵装甲服――を着た兵士が六名、飛行訓練の真っ只中である。


『やぁっ!』

『なんのっ!』

 

 ルークのインカムに訓練兵たちの気合いの入った叫び声が入り込む。訓練用の武器を携帯し2チームに分かれて模擬戦闘訓練を行っている。


 ハードギアはそれ自体に推進装置と翼が装備されており、飛行が可能であった。飛行する際は着込んだ人間の微妙な体重移動で方向を変えるため、かなりの訓練を積まなければ使いこなせない代物となっている。


『ああ、やられた!』


 少女の声がインカムから聞こえる。どうやら敵役に撃墜されたらしい。


『おいマジかよ、俺が最後の1人とかさ!』


 周囲の状況を確認した少年兵が雄々しく叫ぶ。その直後。


『はい隙だらけだよアッシュ』


 落ち着いた少年の声が聞こえたと同時に、雄々しく叫んだ少年兵の武装が狙撃され戦闘不能を示すマーカーが表示される。戦死扱いである。


『ああ、しまった~っ!』

 

 狙撃された少年が悔しげに行動を停止する。これで片方の部隊は全滅となった。


「そこまで! 全機行動を中止し着地体勢に入れ!」

 

 その様子を確認したルークが通信で六人に指示を送る。

 アムルダートのブリッジを通過した六人は腰に装備されたコントロールレバーと姿勢制御を匠みに操作し、難なく甲板へと着地する。手に持っていた自動小銃を肩にかけ、ヘルメットを取る。

 そこに現われたのは、中学生から高校性くらいまでの、年齢も国籍もバラバラの少年少女たちであった。その中には真理香とフランシスもいた。


「この模擬戦はあたしの勝ちだね真理香!」

 

 汗で少し湿り気を帯びた金髪を振り、フランシスが爽やかに言った。


「ちぇー、もう少しだったのにな。ていうか、ジゼルとシエルで組まれたら狙撃戦で勝てるわけないじゃない!」

 

 真理香はハードギアを使用した模擬戦闘訓練を行っていたが、その組み合わせに納得がいっていなかった。

 

 ハードギア部隊の最終候補生を決定する特別プログラムへの残留者は合計六名。結城真理香、フランシス・エミルの他、陽気な性格で柔軟な思考を持つアシュレイ・グリード、中等部所属のずば抜けた頭脳で戦況を読むことに長けた秀才シエル・ハーキュリー、寡黙で狙撃の腕は超一流のジゼル・ウォン、そしてジゼルの双子の兄で武術に長けたグレイ・ウォン。以上六名が、特殊戦闘部隊「ハードギア隊」の候補生となっている。


「次は絶対勝つからね!」 

「戦場で次などあるわけないでしょう」

 

 ジゼルが低いトーンで言った。


「同感だね。いくら攻撃力に優れてたって、それを上手く使いこなせる指揮官がいないと宝の持ち腐れだよ。今日の結果はそれかな?」

 

 横から口を挟むのはシエルである。


「確かに、今日の訓練は俺の判断が甘かったところがあったな」

 

 グレイが真面目な顔で頷いた。


「でもよ、考えてみれば最初に振り分けた部隊バランスがそもそもおかしかったんじゃねえか? 俺もグレイも射撃のテストは得意じゃなかったし」

 

 アシュレイが軽い口調で放り込んできた。


「いや、どのような状況であっても、味方と連携して生き残るための力を身につけるのが模擬戦の意義だ。そんな言い訳は戦場では役には立たない。今回は俺たちの班の負けだ、これから反省会をしなければな」

「げぇ! マジかよ!」

「あはは、お気の毒だねアッシュ」

 

 フランシスが笑いながら言った。


「何を言っているのフランシス? 私たちもやるのよ、反省会」

 

 ジゼルが当然のように言った。


「え!?」

「私語はそこまでにしろお前ら」

 

 甲板を歩きながら、低くよく通る声が訓練生たちにかけられた。


「少佐、艦長たちまで!」

 

 少佐の階級章を備えた体格の良い青年は、一般教養の講義でも教壇に立っていたルーク・スターフィールドであった。その隣には一番艦「アムルダート」の艦長を若くして務める才女春日レインと、その補佐であり副艦長、そして航海長を務めるミランダ・マイロードの姿があった。


「何かあったんですか?」

 

 艦を指揮するトップたちが揃って甲板に姿を現したことに疑問を持ち、最年長であるグレイがルークに訊いた。


「悪いが急な予定が入ってな。これで今日の訓練は終了とする。各自、後でレポートを提出するように」

「急な予定、ですか?」

「おう、国連からお偉いさんが急に来ることになってな。その出迎えをしなきゃならんのさ」

「どなたがいらっしゃるんですか?」

「国連軍上層部のバルト中将だ。お前ら訓練生なんかは滅多にお目にかかれない偉い人だぜ?」

 

 脅すようなルークの言い方に六人の訓練生は体を緊張させた。


「スターフィールド少佐、あまり訓練生相手に余計なことを言わないように」

 

 副艦長のミランダがキツい口調で言った。見るからにお堅い軍人といった風であり、生真面目さが服を着て歩いているような女性である。


「へいへい、それは失礼。マイロード副艦長殿。というわけでお前ら、もう行っていいぞ」

「失礼致します!」

 

 六人は列になり揃って敬礼をする。


「いや、ちょっと待て」

 

ルークが思い直して六人を引き止めた。


「何か?」

「お前ら、ちょっとこの場に残って儀仗兵の真似事をしろ」

 

 ルークのその発言に六人の候補生はもちろん、生真面目なミランダも耳を疑った。


「正気か少佐! 訓練生に儀仗兵の真似をさせるだと!? 艦長、それは正規兵に任せるべき役割です!」

「バルト中将がどういう理由で今回の訪問に来られるのかはわからないが、この六人は国連軍が必至に進めてきたエンジェル計画の最終候補生だ。顔見せしておくのも悪くないと思うがな」

「それもそうね。わかりました、許可します。あなたたち、ヘルメットを装着しライフルを左手に持って敬礼しなさい」


 レインもルークの考えに同意する。


「艦長!」

「ミランダ、これも良い経験になるわ。それに、軍規に違反する行為でもない。責任は私が取ります」

「それならば、私は構いません……」

 

 納得のいかない面持ちで、ミランダは渋々承諾した。


「ほれ、来たぞお前ら」

 

 そうこうしていると上空に三機のヘリと、一機の大型輸送ヘリが到着、着陸体勢に入った。

 ヘリ着陸と同時にハッチが開く。六人の訓練生は緊張の面持ちでレインに言われた通りに敬礼をする。


「ようこそバルト中将、アムルダートへ。艦長の春日レインであります」

 

 レインが敬礼したのを合図に他の二人も敬礼する。


「出迎えご苦労」

 

 バルトも三人に敬礼をする。左官の三人は堂々としたものであったが、中将という遥か天の上にいるような人物を目の前にして、訓練生は緊張を隠しきれていなかった。

 バルトに続いて降りてきたのは結城総一朗、そして、比呂弥とアリルである。真理香は見知った顔を見つけるや「あ!」と声をあげた。


「おぉ、真理香。しばらく見ないうちにずいぶんと軍人らしくなったな」

 

総一朗も久しぶりに見る娘に声をかける。


「お父さん、ヒロ君も!」


 嬉しそうに比呂弥にも言葉をかける真理香だが、比呂弥は優れない表情で視線を背ける。


「どうしたの? ヒロ君も特別育成プログラムに参加するの?」


「特別プログラム」という単語を聞いて比呂弥は一瞬だけ顔を暗くしたが、すぐに元へと戻す。


「違うよ。俺、正式に軍人になったんだ」

「え?」

 

 真理香は目を丸くした。


「春日中佐、彼女たちが例の?」

「はい。特別育成プログラムの訓練生です」

「そうか……。すまないが、今はこちらの用を優先させてもらってもいいかね?」

 

 バルトが尋ねると真理香は「失礼しました!」と顔を真っ赤にしてそそっと列に戻った。


「それではバルト中将、ご案内致します」

 

 ルークを先頭に、バルトたちは艦内へと案内されて行った。

 バルトたちが見えなくなるとようやく、訓練生たちは息を吹き返したように全員が大きな深呼吸をした。


「き、緊張した……」

「ねぇねぇ真理香! さっきの男の子って知り合い? もしかして、真理香の彼氏!?」

 

 すかさずフランシスが真理香の首元に手を回しながら戯れついてくる。


「ヒロ君……俺って言ってた……」

「真理香?」

 

 反応が無かったことにきょとんとした。


「え……何、フランシス?」

「ううん、何でも無い!」

 

 フランシスはカラッとした口調でそう言った。真理香は久しぶりに比呂弥に会えたことを心から嬉しく思ったが、同時に、幼い頃から一緒に過ごした幼馴染である。比呂弥の中の微妙な変化も、真理香は敏感に感じ取り、怪訝な顔をした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る