第6話 少年たちの日常1


 刻は初夏。

 そこは日本のとある私立高校。

 何の変哲も無い、日本全国どこにでもあるような平凡な高校である。


 毎日のように繰り返される日常の風景。

 いつものように軽口を交わし、談笑しながらブレザー姿の学徒たちが校舎に入っていく。

 朝礼まで時間が少ないことを知らせる予鈴のチャイムが校内に鳴り渡り、登校してくる生徒たちを急かしている。正門周辺を見渡せば、残りの生徒は遅刻ギリギリの数名のみとなっていた。

 その中の一人が、知り合いの顔を見かけて声をかけた。


 「おいす、猛」

 

 ブレザー制服姿の少年・瀬尾比呂弥は、友人の藤岡猛に軽い口調で挨拶をした。


 「おいすじゃねぇって比呂弥。早くしないとまた先生に小言くらうぜ!」

 

 小走りでおどけながら猛が言った。

 身長・体重・学力・運動能力と、全てが男子高校生の平均よりちょっと下めを歩き、さらに童顔で幼さが残る比呂弥とは対照的に、長身でイケメン、頭脳明晰・運動神経抜群と才能の塊のような藤岡猛。

 二人は中等部からの親友であり、高校に進学してからもずっと同じクラスで過ごしてきた所謂ちょっとした腐れ縁という関係であった。


 比呂弥も「確かに」と猛の意見に同調し、二人は小走りで教室へと向かった。

 

 「にしても急に暑くなってきたよな」


  校内用の上履きに履き替えながら比呂弥がぼやく。


 「今年は猛暑になるってニュースでも言ってたからな」


  猛が返す。


 「こう暑いとやる気も半減するよ。早く夏休みにならないかなぁ」

 「ぶつくさ言うより急ぐぞ比呂弥。遅れたら藤崎ちゃんに何言われるかわかんねえからな」

 「まだ予鈴鳴ってるし大丈夫だって」


  そんな軽口を交わしながら二人は急ぎで三階の教室へ走る。


 「よし、他の教室はまだ先生来てないみたいだ」

 「心配症なんだよ猛は。はいセーフ!」

 

 教室へとたどり着いた比呂弥たちは教室のドアを勢い良く開けた。


 「何がセーフなのかな二人とも?」

 「うげ! 藤崎先生……」

 

 完全に不意打ちを食らい、比呂弥はおもわず唸ってしまった。

 ドアを開けたすぐ前で、比呂弥たちのクラス担任である藤崎清香がにこにこと笑顔で仁王立ちして待ち構えていた。

 ちらりと教室内を見る。いつの間にか予備チャイムは終わり、クラスメートは既に着席を終えていた。


 「瀬尾君、藤岡君。堂々と遅刻しておきながらその態度、良い度胸ね」

 「藤崎ちゃん、目、怖いよ」

 「先生が良しと言うまで廊下で立ってなさい。いいですね?」

 「はい……」


 藤崎は有無を言わさない圧力を持って今時珍しい罰を比呂弥たちに言い渡した。

 もちろん、両手に水がたっぷりと入ったバケツを持たせることも忘れずに。

 

 ホームルームが終わると一現目に備えて生徒たちが教室から出てくる。

 比呂弥と猛の姿を見るや、クスクスと笑いながら前を通り過ぎていった。


 「僕たち、何か悪いことしたか……?」

 

 比呂弥はたまらず横の猛に訪ねた。


 「そりゃお前、遅刻は悪いことだろな」

 

 正論で返され、比呂弥はグウの音も出なかった。

 諦めて目の前の窓の外に目をやると、夏の暑い日差しが照り輝いていた。

 蝉の元気過ぎる鳴き声がうだるような暑さをさらに蒸し暑く感じさせていった。

 


    *



 昼休みの時間を迎えると、教室は今日一番の活気で賑わっていた。


 「ヒロ兄、いるー?」

 

 教室の入口から幼い少女の声が比呂弥を呼んだ。

 肩まであるさらさらの髪をサイドテールに結んで可愛らしく揺らし、比呂弥と同じブレザー制服に身を包んでいる。


 少女の名は瀬尾来霧――比呂弥の一つ下の妹である。


 妹と言っても血の繋がった兄妹ではなく、比呂弥の父親である瀬尾浩介の後妻が生んだ子供であった。

 しかし、幼いころから一緒に過ごしてきたため、何の蟠りもなく育ち、とても仲が良かった。


 「おう来霧か。ちょっと待っててくれ」

 「お、来霧ちゃん!」

 

 比呂弥を押しのけ、猛が上ずった声で来霧の前に出る。


 「こんにちは藤岡先輩」

 「来霧ちゃんもこれから昼飯?」

 「はい。お兄ちゃんと食べようと思って。お弁当も作ってきたんです」

 

 と、嬉しそうにお手製のお弁当を見せた。


 「おい比呂弥、何ぼさっとしてんだ。さっさと支度して飯行くぞ!」

 「なんでお前が張り切ってんだよ」

 

 比呂弥たちの昼食は、屋上で食べるのが日課となっていた。

 この高校の屋上は昼休みと放課後の二回だけ、生徒でも自由に立ち入ることができ、町を一望できるとあって、昼食時は言うに及ばず、学生カップルの溜まり場としても人気のスポットであった。


 「おお、美味そう!」

 

 来霧の手作り弁当を覗き込んで猛が歓声を上げた。


 「お前は自分の弁当があるだろ」

 「それが親友に対する言葉か比呂弥! 今朝のこと、来霧ちゃんにバラしてもいいのか?」

 「何のこと?」

 

 ひそひそ話をする比呂弥たちに来霧が興味を持って尋ねた。


 「いや、何でもないんだ来霧! さあ猛も、どんどん食えよ!」

 「もしかして、また遅刻? やっぱり二度寝したんだね、ちゃんと起こしたのに」

 「そ、そんなことないって! 来霧が心配するようなことは何もないから本当に」

 「本当?」

 「うん」

 「そうだよ来霧ちゃん、俺がついてるから大丈夫。親友のことはこの藤岡猛にお任せあれ!」

 「それはそれでとても心配なんですが」

 

 ガクッと崩れ落ちる猛に比呂弥と来霧はくったくなく笑った。ふと街の空に目を向けると大きな入道雲が伸びている。

 季節は初夏。もうすぐ、カレンダーは夏休みに差し掛かろうとしていた。


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