『五千詩の灯火』【詩】【5000編目】

片喰藤火

五千詩の灯火


一編の詩は氷河期に生まれた

生きようとする命を氷殺する

冷たい時代だった


氷に閉ざされ

追い詰められて震え

苦悩して凍え

ふっと消えてしまいそうな一編が

ひっそりと灯って

ほんのりと溶かして

少しずつ世界を見渡せるようになった


百の詩は無邪気な成長だった

世界にある物に人が名付けて行った

その道筋を辿るように

固定観念に囚われず

発見する度に喜び

純粋に言葉を紡いでいった


千の詩は山の頂から眺めた風景だった

なんて高い山だったのだろう

彩られた世界を見渡しながら

一歩一歩登り

一編一編灯し

山頂を目指した


近づけば遠ざかるような頂も

傷だらけの足に痛みが走っても

空腹の報せが鳴っても

希望に満ちて目指していたからか

然程気にはならなかった


二千の詩は雲海を彷徨う幻獣だった

氷河期を乗り越えても

溶けた氷に沈んでいった人達は帰らない


誰かいないのか

誰もいないのか

鳴き声が雲海に響き渡る


夜空にある星の様に詩を灯し

星座を描くように羽ばたき

孤独によって地上へ堕ちた


三千の詩は汚染された心だった

再び歩もうとしても

足の感覚がおぼつかず

言葉を語ろうにも声は掠れ

語り合える人はいない


憎しみと妬みと諦めが渦巻き

絞首台への階段を無理矢理登らせる人々を

言葉の外から眺めるだけだった


四千の詩は空虚な追憶だった

あの空に近いと思った山は

たった一歩で越えられるほど平坦な山だった


一編一編が時を語る昔の出来事は

幻のような思い出だ


人生の歩みを照らした過去の詩を振り返り

自分が何者であるのか忘れてしまうほど時が経つ


五千の詩は願いだった

辿り着いた今日

また一編の詩が灯された


最初の一編はもう見えないけれど

その一編が

道を踏み出そうとしている人の

未来への希望の一助になってほしい


もう二度と氷に閉ざされた世界にならない様に

一編の灯火を

未来への道を外れぬよう

一編の灯火を

今日も世界に捧げたのだ

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『五千詩の灯火』【詩】【5000編目】 片喰藤火 @touka_katabami

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