第90話 復活の陰キャモード

「千衣子、いま茜からメッセ来た。そろそろ美桜のチームの次の試合始まるって」


 ポケットの中で震えたスマホを見ると、そこには茜からのメッセージ。多分俺と千衣子が一緒にいることを見越しての連絡だろう。

 だから千衣子にも伝えるためにも、なにやらゴソゴソモソモソ聞こえる後ろを振り向いてそう言った。


「始まるって、じゃないですよもう。ほんとにもう……学校で、しかも体育祭の最中なのにこんな……ほんとにもう!」

「だって断らなかったから……」

「断れるわけないじゃないですか! 余計にジャージ脱げなくなりましたよ。まったくもう」


 そう言いながら千衣子はジャージのチャックゆっくりと上に上げていく。そうじゃないとシャツにチャックが噛んでしまうらしい。

 そんなの初めて聞いた。ちなみに理由はその大きな胸のせいだとか。なんだその最高のハプニングは。実際に見てみたい。

 まぁ、それはそれとして……


「なんだかもうもう言ってるの可愛いな」

「なんですか? 牛扱いですか? それなら翔平くんは子牛ですね。いつもすぐ吸い付いてきて──」

「わー! 待った待った! ごめんって! それに今はしてないだろ!? キスマーク付けただけだし!」

「まぁ今回は断らなかった私も私ですし……許してあげます。それよりもほら、美桜ちゃんの応援に行きますよ!」


 そう言って俺の前を歩き出す千衣子の後ろをついていくと、ある事に気付いた。


(あ、首に付けたキスマーク少し見えてる。ちょっと上に付けすぎたか?)


「どうしました? 何か付いてます?」

「いや、なんでもない。行こうか」

「はいっ」


 とりあえず知らないフリしておいた。まぁ、誰かに気付かれたら気付かれたらで、その時はその時でってことで。



 そうして俺達が体育に戻ってきた所でちょうど美桜達の試合が始まった。


 茜はといえば、コートのすぐ脇で手を握りしめながら応援している。おそらく気が散るだろうと考えてるのか、声量は控えめ。実に茜らしい。

 そして試合の相手は三年生。今年で最後ってこともあるのか、ヤケに気合いが入っている。また一年の俺達はまだそこまで学校行事に思い入れがある訳でもないのでどこかユルい。まぁ、その差もあってか負けてしまったのだが。


「おつかれ、美桜ちゃん」

「おう、おつかれ」

「お疲れ様です」


 茜、俺、千衣子がそれぞれ美桜に声をかける。


「ありがとー! いやー負けちゃった! これでアイス奢ってもらうためには明日、男子に頑張って貰わないとだね」


 この学校の体育祭は二日に分けて行われる。初日が女子、二日目が男子。まぁ、人数が多いからだろう。


「うん、がんばるよ!」

「任しとけって」


 そんな会話をしながら残りの試合を適当に観戦し、その日は終わった。

 そして翌日、俺と美桜は登校してきた茜の姿を見て固まってしまった。


「あ、茜? お前……何考えてんだ?」

「茜くん!? いったい何があったの!?」

「ふふ、僕と翔平のコンビの力を発揮する為にはこの格好が一番だからね。この、影の薄さこそが中学の時の僕の武器なんだから」


 ドヤ顔でメガネをクイッと上げる茜。

 そう、茜は前髪をおろし、黒縁瓶底メガネをかけ、再び、陰キャと呼ばれていた姿に戻っていたのだから。


「いや……それはそうなのかもしれないけどお前さぁ……」

「茜くん、さすがにそれは今更だよ……」


 俺と美桜は、もうそれ以上言葉が出なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る