52.勉強会④/三人称
夕日桃の突然のセルフビンタという奇行で微妙な空気が漂う中、勉強会は再開された。
ちなみに大前日向は戦略的撤退を成功させて、今は葉月蓮華の隣には白井由莉奈がいる。
入れ替わった白井由莉奈に葉月蓮華が
「どこか解らないところあるか?」
と声をかけたが
「今は大丈夫です」
と柔らかな微笑みで白井由莉奈も学力ブーストキャンプの回避に成功している。
柔らかな微笑みの裏で冷や汗を流していたわけではあるが、それは悟られていない。
手持ち無沙汰となった葉月蓮華は背中に感じる重みを楽しみつつ、そこで疑問を一つ持った。
「なあ、桜乃ちゃん。ずっと教科書読んだままだけど、大丈夫なのか?」
「え?何が?」
振り向いた葉月蓮華と目を合わせるように、背中合わせで教科書を見ていた櫻井桜乃も顔を上げて振り返る。
「ノートに書いて覚えたりしねーのかなって」
勉強のやり方は人それぞれと、自身の勉強法の特異性をあまり理解していない櫻井桜乃は考えるように唇の下に人差し指をあててこたえる。
「んー、もう4教科分のテスト範囲の教科書の中身は覚えたよ?」
「ん?教科書の中身を丸暗記したって事か?」
「うん。白紙のノートくれれば教科書通りに書ける」
「は?」
まさか、映像記憶を行なっているとは知らない葉月蓮華は驚愕した。
「えっと、じゃあ世界史の38ページを出だしから言ってみてくれ」
勉強会前半に櫻井桜乃が世界史の教科書を見ているところを見かけていた葉月蓮華は、たまたま目の前にあった世界史の教科書を開いて言う。
櫻井桜乃は記憶の引き出しの中から該当部分を取り出して、詰まる事なく語り出し‥‥
一語一句間違える事なく完走した。
「桜乃ちゃんすげーな」
「へへー」
葉月蓮華に褒められた櫻井桜乃は、ご機嫌に自身の頭を葉月蓮華の背中にスリスリする。
一方、先ほどの葉月蓮華の演奏の評価に僅かな焦燥感と劣等感を覚えてしまった三崎若菜は、この一連のやり取りに気が気ではなかった。
こと学力においては自惚れではなく葉月蓮華の隣に並ぶのは自分であると自負していた。
それが今、櫻井桜乃に脅かされている。
(櫻井さんに学力まで負けちゃったら私は‥)
実際のところ、入試では記憶容量の問題で上の中あたりの結果に落ち着いた櫻井桜乃であるが、範囲が限られるテストではその能力が十全に発揮される事であろう。
(何かないかな‥‥何か‥‥!)
三崎若菜は自己啓発を促す意味でもやる気が出る何かを考え‥‥妙案が浮かぶ。
それは嘘告という苦い記憶も同時に呼び起こすものでもあったが。
「ね、ツキ」
「ん?どした?」
櫻井桜乃に触発されて、映像記憶に関する知識はあったので試しにやってみたものの、無理だわこれと苦笑いをしていた葉月蓮華が三崎若菜へと顔を向ける。
「テストの合計点で勝負しない?」
「ほう」
「負けた方が勝った方の言う事を一つ聞くとかどう?」
「面白そうじゃん。いいぞ」
不敵に笑う葉月蓮華は、ふと考える。
(勝負か‥‥あれ?勝負といえば‥‥)
それは中間テストに関する『桜色のキス』のイベント。関連する人物は2人。
まずは葉月蓮華。
葉月蓮華ルートの場合は櫻井桜乃とのデートをかけて犬山海斗と勝負するが、このイベントのフラグは完全に潰えている。
犬山海斗は折れているし、そもそもテストでは勝負にならない。
そして、本来の主席君ルート。
遅い出だしではあるが、彼のルートはこの中間テストから始まる。正確には中間テスト後であるが。
どうしても解らない問題があり、テスト結果が張り出された場に新入生代表の挨拶をしていた主席君を見かけた櫻井桜乃(映像記憶能力無し)が主席君に聞きに行くところから2人の物語は始まるのだが‥‥このフラグも完全に潰えている。
彼は今、打倒葉月蓮華に燃えているのだ。
中間テスト後にバキッっと折れて、自身の頭の良さを鼻に掛ける性格であったが、それまでの高圧的な態度も角が取れて丸くなり、少しづつ好青年となってゆくのはまた別のお話。
(うん‥‥気にしなくていいな)
と、ここで
「私もやる」
New Challenger現る。
振り返り、葉月蓮華の後ろから肩に顎を乗せて楽しげな笑みを浮かべる人物。
言わずもがな、櫻井桜乃である。
「他にやるやついるか?」
葉月蓮華の問いかけに3人以外の全員が目を逸らした。
こんな『満点を何教科逃してしまうか』という異次元のバトルに参戦しようなどという豪の者はいない。
ここに戦いの火蓋は切って落とされた。
国大主席合格レベルのただのチート、葉月蓮華
努力の人造ハイスペックガール、三崎若菜
悲しみが生んだ映像記憶能力者、櫻井桜乃
やる気を促す為に、学年別に上位30位まではテスト結果が張り出される事となっているので、誤魔化しはきかない。
3者の戦いの行方や如何に。
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