⇐コールドスリープ・イズ・HOT! HOT! HOT!

ちびまるフォイ

どうしてこんなになるまで放っておいたんだ

目覚ましをセットした時間よりも早く目が覚めることが多かった。

そのときも、コールドスリープが解除される1時間前に目がさめた。


「ふぅ……今、どのあたりなんだろう」


二度寝する気も起きないほど寝てしまった。

ガラス張りのスリープ装置から外を眺めるとそこは地獄だった。


あらゆるものが熱で溶けてしまっている。

カプセルのガラス面をへだてた先に灼熱地獄が広がっている。


「みんな! みんな起きて!!」


コールドスリープ装置の中にある、他のカプセルへの通信を行った。

目覚めるはずのない長期睡眠でも目覚める1時間前なら声で目を覚ませる。


カプセル外の惨状を見た仲間たちは驚いていた。


『なにこれ!? どうなってるの!?』

『だれがいったいこんなことを……!』

『おいあと1時間でカプセル開いちまうぞ!?』


そうだった。

灼熱地獄を何度か防いでいるこのカプセルもあと1時間で自動的に開いてしまう。

全員仲良く丸焦げになってしまう。


『どうせあと1時間待っても同じだ。

 俺が船室にある冷却材を取ってくる!』


一人が内部にある防熱剤を体に巻き付けてカプセルのフタを開けた。

フタが開くなり外で猛ダッシュ。


けれど数歩ほど出ただけで灰になってしまった。


『きゃああ!! 無理よ! もう助からない!!』


ヒステリックになったひとりが再スリープボタンを押した。


「ちょっとなにやってるの!?」


通信で呼びかけても、すでに深い眠りに入ってしまった。

長い時間コールドスリープするにはそれなりの物資や準備がいる。

そうそう簡単に再スリープができるわけない。


ろくな準備もせずにコールドスリープするということは

ゆるやかな死を選んだということにほかならない。


『どうするよ……』

『俺たちもコールドスリープするしかないんじゃないか』

『どうせあと1時間後には仲良く灰になるんだ』


「みんな諦めないで! 命はそんな軽いものじゃない!」


『だったらこの状況をどうしろっていうんだ!

 もうどうやっても助からない! そうだろ!?』


「それは……」


目前に迫る灼熱地獄を逃れるすべを探した。

すると、カプセルに見慣れないボタンがあることに気づいた。


「緊急脱出ボタン……?」


ボタンがついている壁面にはそう書かれていた。

今この状況から緊急脱出できるとはとうてい思えないが、もはやこれに頼る以外の方法はなかった。


「みんな聞いて! カプセルの内側に緊急脱出ボタンがある!

 私は今からそれを押す!」


『おい大丈夫なのか!? どんな動きするかわからないだろ!?』


「私が灰になるかもしれない。でも、もしこの方法で助かることが出来たらみんなも助かる!」


『お前が人柱になるっていうのか!』


「私はみんなが救われるための第一歩になるの!!」


覚悟を決めて緊急脱出ボタンを押した。

ぐん、と体はカプセルの内側に吸い付けられるほど強烈な重力を感じる。


カプセルの外は真っ赤に染まったあと目も開けられないほど眩しい光がいくつも点灯した。


「わぁぁあーーー……!!」


目を手のひらでおおい、体がバラバラになりそうな衝撃に耐えるしかなかった。



プシュー。


やっと収まったと思ったとき、カプセルのフタが開いた。

カプセルの外には白衣をまとった研究者が取り囲んでいる。


「コールドスリープ適合テスト問題なさそうですね」


「あ、ここは……」


この場所を私は見たことがある。

コールドスリープに入る前には長期間睡眠に耐えられるか適合テストを行う。

その研究施設だ。


「……キョロキョロしていますがどうしました?

 今の適合テストでなにか体に異常が? ドクターを呼びましょうか?」


「てっ、適合テストしてたんですよね!? 今!」


「そ……そうですよ? たかだか30秒疑似睡眠していたのに

 どうしてそんなに慌てているんですか」


「30秒の適合テスト睡眠! やっぱり私が前にやったテストだ……!」


「へ? これは初回ですよ?」


研究者たちは適合テストの悪影響で頭がおかしくなったのかと思っているが構わない。

カプセルの内側のシートをめくり、ボタンを露出させた。


「これ! この緊急脱出ボタンを押してここへ来たんです!

 いったいこれはどうなっているんですか!?」


それを聞いた研究者たちは一瞬だけ驚いたがすぐに拍手を贈った。


「なんと! 緊急脱出ボタンを使ってきたんだね!!」


「はい……でもどうなっているのか……」


「緊急脱出で君は未来から過去へと戻ってきたんだよ」


「か、過去……!?」


「コールドスリープで長期間眠って目が覚めたらもう手遅れ、なんて可能性も考慮しておいて取り付けたんだよ」


「そうなんです! まさにその状況だったんです!」


「ボタンは動作したのか、大成功じゃないか!」


「ああ、本当によかった……」


状況判断を優先していた自分の脳がやっと安心を受け付けた。

体から力が徐々に抜けていくのを感じる。


「こんな便利なボタンがあるのなら、

 私がコールドスリープで眠る前に教えてほしかったですよ」


「いやぁ、そうはいっても緊急脱出ボタンはまだ調整中なんだ」


「調整中? ちゃんと過去へ戻ってこれたじゃないですか」


「実は、ボタンを押すと時空の亀裂を作るため

 周囲を灼熱地獄してしまうデメリットがあるんだよ」


「え……?」


「破壊的な排熱も、ワープ空間に入ってしまえば別さ。

 さかのぼって過去10年ほどを灼熱にこそするけど、

 そこからはワープ空間で冷やされてちゃんと戻ってこれる。

 だから君はこうして過去に戻ってこられたんだ」


「ボタンを押した瞬間から過去10年までを灼熱に……!?」


カプセルから顔を上げると、適合テストを終えた仲間たちが手を振っていた。

この先に待ち受ける運命を知るよしもない顔で。


青ざめる私に研究者は興味深そうに訪ねた。



「それで、君が緊急脱出ボタンを押すほどの

 緊急事態とはどんな環境だったのか教えてくれるかい?」

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