第15話 catastrophe(6)

結局、その日アニマは帰ってこなかった。


(薄情な妹もいたものね…)


結局アニムスは自分で腹に包帯を巻いて、1人で帰った。


(それとも、くたばったかしらね。


あの子、不器用そうだったものねえ)


神に聞いてみると、今は連絡がつかないという。


「スマホ、無くしたのかしら?


だとしたらマズいんじゃあないの?」


『いえ、強力な因果を結んであるので、無くしてもまた戻ってきますよ。


今は連絡できない状況にあるのかもしれませんね』


「連絡できない、状況…」


『心配なんですか?』


その口調が若干おちょくるようなものだったので、切った。


(心配…でしょう、それは当然。


この世界において、たった1人の、『絶対的味方』だもの。


裏切る恐れがないというだけでも、かなり有用だわ)


そうして並べ立てた事実を反芻して、気付く。


(…まるで言い訳ね。


何を気にしているのかしら、馬鹿馬鹿しい)


どちらにせよ、仕事は今まで通り別々にやらないと、手が足りない。


今回のように、よほどの事態でなければ、協力どころか顔を合わせる事もないだろう。


(縁があれば、また会うこともあるでしょう。


その時を楽しみにしておきましょうか)


心の中でそう呟くと、少女は街の人波に溶けていった。










暗殺者養成組織『霊拳会』の壊滅、その翌日に、同盟の緊急会議が執り行われた。


『…はい、という事で、ね。


ジジイ…もといツォンの奴が死にましたけども…』


円形に配置された投射装置から、女の影、6つの手を持つ影、黒い能面を被った影、ゴリラの影、角と尾の生えた少女の影が映されている。


『同盟』の6人である。


緊急時、実際には集まれない場合に、このホログラム会議は開場する。


『どう?まず感想から聞こうかな』


柄にもなく司会するアーリマン。


『感想なんかどうでもいいわよ!


それより話し合うことが山ほどあんでしょ!


新たなメンバーを入れるの、とか!計画の進行はどうすんの、とか!』


ツォンとは一番付き合いの長かったガルーダ・スメラギだが、特に動揺はない。


『いやいや姐さん、まずは、ね?


最初はこういうジャブから入った方がいいって、コンビニで買った本に書いてあったんだよ…』


『なに一丁前に勉強なんかしてんのよ!


それってなんか〈会議がスムーズに進行する司会術〉とか、そんなヤツでしょ!?』


『え、何で題名分かったんだよ姐さん!』


『もういいから!話進まないから!本題入って、本題!』


咳払いを一つ。


『えー、それじゃあですね、早速、今後の方針について、話し合っていきたいと思います』


『はい』


能面の男、封魔怨勒が手を挙げる。


『そもそも毎回この形式でいいんじゃないか、会議?』


『……』


『……』


『……』


『……』


黙る一同。


『…ダメよ。その…温もりとかが…ないじゃない』


角と尾の少女、ヨトゥンが反論する。


『アンタがそれ言うの?人とか滅ぼすんじゃないの?』


『でもホラ…機械は血が通ってないから…』


『めんどくさいわぁ…マジで』


突然、逸れた議題を引き戻すように、ドラミングの音が鳴り響いた。


『…ウホ』


『びっくりした!え?何?急にどうした?』


『話を戻せということだろう』


『いや、それは分かるんだけど…まあいいわ!


で?どうすんの?』


ヨトゥンが自らの尻尾を大きく打ち振るい、意志を表明する。


『狼狽える必要は無いでしょう。


我々全員、誰がいつ死んでも良いように、それぞれで計画を進めてきたハズよ。


これは、実際死人が出た今となっても、変わらないわ』


計画の目指す所、すなわち『全ての種族の死滅』は決定している。


だがそこへ行きつくための道のりは、同盟の参加者各々が考えているのだ。


それぞれの計画に機が満ちるその時まで、互いに詳細を知ることはない。


『もっとも、先走った愚か者が1人いるようだけど』


アーリマンを睨む。


『い、いやいや、ありゃほんの予行練習だって!


実際、あんな状況になっても解決しちまう奴らがいたじゃねえか!


この情報は、実際に計画を実行に移す時の参考になるぜ、そうだろ?』


『…確かに、月が落ちてきたくらいでは、滅びはもたらせないみたいね。


あなた方の計画にも、いくつか変更点が出来たのではなくて?』


4人それぞれの顔に眼を配る。


『…それを言うならヨトゥン、アンタの計画はどうなんだい?


人間のしぶとさに驚いたんじゃないのかい?』


『いいえ、知っていたわ、人間共のしぶとさなんて。


薄汚れた生き物ほど、無駄に生命力が強いものね』


不穏な光が、その眼に宿る。


『だけどこれは避けられない死よ。


モータル(通常種人間族)も、獣人も、魔族も、等しく受け入れねばならない、絶対の運命よ』


『受け入れろって言われて、はいそうですかと言うほど、往生際良いのかねぇ、人間ってのはさ』


ガルーダが、まぜっ返すように言う。


『受け入れるわけないでしょう。そうでなくては困るわ。


ジタバタ足掻いて、そのせいで苦しみが長引いていくのにも気づかず、最後には無様に命乞いをして、喚き死ぬのが見たいのに』


恍惚と嗜虐的な笑みを浮かべるヨトゥンに、ガルーダは呆れて笑う。


『それでよく人の温もりとか言えるわね』


『温もりは大事でしょう、コミュニケーションの基本よ?』


平然と返すヨトゥンだったが、周囲の雰囲気を察したらしい。


『…あー、今の無しって事にならない?』


『まあ今のはな』


『なんか壮大な性癖暴露って感じだったよなぁ』


『ウホ』


顔面を赤熱させ、連獅子の如く首を振る。


『だから今の無し、今の無~し!


はい、会議終わりっ!』


ヨトゥンの影が消えた。


『あ~、じゃ、そういう事で、解散!』


アーリマンの雑な司会で、解散が告げられる。


『は~いお疲れ~』


『ウホ』


『…はぁ』


全ての影が消え、議場に静寂が帰ってきた。


「さて、片付けますか」


その場で唯一生身の男が、呟く。


彼はとある組織に属している。


その組織は、同盟に加わらず、むしろ運営する側だった。


同盟の維持のみを目的とし、参加組織間の仲を取り持つ中立組織。


「おお、電話だ。…あ、もしもし~、はいはい。


じゃツォンの後処理は大丈夫なのね、分かりました~」


同盟の秘密を保つことも、この組織の仕事である。


「よし、と。


じゃあ皆、入ってきて、片付けよう!」


その合図と共に、議場に大量の構成員が入ってきた。


その男も、入ってきた者たちも、皆黒子のような姿をしている。


「通話の記録を消したら、バラバラに壊して捨てちゃっていいから。


…え?ああ、確かにもったいないよねえ。これ結構高い装置だと思うよ?」


ホログラムによる通話装置は、今回の会議のために購入された新品である。


しかし、会議が終わるごとに、毎回破壊されるのだ。


さて、これだけ執拗に秘密を守る組織が選んだこの議場、いったいどこにあるのか気にはならないか?


そうだろう、気になるだろう。ではよく見ていただきたい。


「生徒会っていうのが厄介だから、急いで片付けてずらかるよ~」


そう、ここはゼパル学園島。


そして次の場面も、この島から始まる。










世界の危機を救って帰ってきたアラナン・ゼパルを待っていたのは、生徒会の審問であった。


「学園長、アラナン・ゼパル。


あなたはこの場に呼ばれた意味を、分かっているのか」


「いんや?なんでじゃ?」


議場には、傍聴者も審議官もいなかった。


つまりこれは、非公式の会。


生徒会秩序維持部門総括、トルデリーゼ・ドゥーデンヘッファーが、老人をこの議場に呼び出したのだ。


「…意味なんてないよ。


これはただの世間話みたいなものだから、どんな発言も証言にならないし。


でも呼んだ。どうしてか、分かる?」


「いや知らんて。はよう本題に入らんか」


トルデリーゼは頷く。


「そうだね、その方がいい。


爺さん、2日前の新聞見たかい?」


「見たかもしれんが、よう覚えとらん。


歳は取りたくないのぅ」


舌打ちする。


「爺さん、とぼけんのはやめなよ!」


「いやいや、ホントに覚えとらんて!


お主も知っとるじゃろ、ワシ忙しかったんじゃよ!」


その言葉に、パチパチと手を叩く。


「ああ知ってるさ。月の件じゃあ、大層ご活躍だったそうじゃないか?


まあ、それも関係あるんだけどさ」


「…話が一向に見えてこんのう。


回りくどいのはやめてくれ、何が言いたいんじゃ?」


トルデリーゼが、およそ18歳と思えぬ凄まじい目つきで睨みつけた。


「2日前、新聞と言ったけど、テレビでも取り扱われた事件があったのさ。


紅蛇帝国のある街で起きた、大量殺人事件。死亡者10数名、怪我人30人以上。


下手人の姿はバッチリ映ってるにも関わらず、捜査はその日の内に打ち切られた。


いや、捜査だけじゃない、報道さえ同日中に途絶えた。何か怖いねえ?」


「ほお、そんな事が…都市伝説系の動画投稿者が取り上げそうな事件じゃの」


なおも呑気に答える老人。


「その下手人っていうのがね、これまた目立つカッコしてんのよ。


何しろ『白い髪に赤い眼』ってんだから、すぐ見つかりそうなもんじゃない?」


「!!」


歯を剥き出しにして笑う。


「どうしたの、知り合いに似たカッコの人でもいんのかい?」


「い、いや、それは、その…」


机を叩いた。


「もし!そんな奴が学校にいたら…怖いわねえ?」


「あ、ああ、いたらな…」


「所で学園長先生。あなたのお知り合いで、あなたによってこの学園に呼ばれて来た人が、1人いましたっけねえ?」


「む、ああ、それは…」


鼻先に食らいつかんばかりの勢いで、迫る。


「正式な教員ではないけれど、書類上は特別講師って事になってる人がさ?


もちろん学園のあちこちで姿を見られているし、生徒の記憶にも残ってる。


実在することは間違いない」


「そ、そりゃ実在するに決まっとるじゃろ、実際にいる人じゃから…」


「口答えすんじゃないよ!!」


「ひょっ!」


大賢者、すっかり縮み上がってしまう。


「お望み通り、端的に聞こうか?


テメェ、殺人犯をこの学園に入れてんなァ!?」


「い、いいいいいいや、そんな、まさか!」


「まさか、なんだい?アタシの言うことが間違ってるってのかい!?」


「だ、第一、髪と眼の色が同じってだけで、同一人物にされちゃあ…」


トルデリーゼ、いよいよ襟を掴んで、


「ふざけた言い逃れ抜かすんじゃねえぞ、この老いぼれ!


この学園が、アンタの研究の隠れ蓑として作られたのは知ってるよ。


けどねえ、実際に生徒がいる以上、この学園をアンタのおもちゃにはさせないよ!」


と啖呵を切る。


「そいつの住んでる所は、既に行ってみたけど、誰もいなかった。


教えな!今そいつはどこにいるんだい!」


「いやいやいや!確かにそやつはワシの知り合いじゃ。


じゃがそいつの行動については一切関知しておらん、知らんのじゃ!」


トルデリーゼは物凄い形相をしていたが、息を吐いてまた顔を上げた時には、冷徹な『鉄の女』の顔に戻っていた。


「…どうあっても隠し立てすんのかい?


でもねえ、その女、アンタにとっても敵…いや、全人類にとっての敵なんだよ?」


きょとんとする。


「ほ?そりゃ、どういう…」


「アンタが未然に防いだ月の落下。あれも、そいつの仕業だってのよ」


アラナンは、震える手で髭をしごいた。


「ま、まさか、そんな…?」










目を覚ます。


左右を見回し、首を傾げる。


「…?」


ヨロヨロと薄い布団から立ち上がる。


薄暗い部屋だ。窓1つない。


壁には鏡が1枚、立てかけてあるだけだ。


アルビノ変異種めいた、赤い眼と白い髪の女が映っている。


「……」


「あ、起きたんだ」


扉が開き、人が入ってくる。


これと言って特徴的な所のない、見た所20代前半の女性だった。


「…あの」


聞きたい事は山ほどある。


ここはどこか。あなたは誰か。そして…


「私は、誰なんでしょう…?」


〈おわり〉

どうしようもない名鑑No.62【同盟運営組織】

裏社会を牛耳る『同盟』を運営・維持するための組織。

何百年も昔から、時の有力者を集めて裏社会の『流れ』

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『同盟』の参加資格に組織の規模は関係ないので、最低

でも組織としての体裁を保っていれば、個人でも入る事

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組織はあるけど『俺!総勢1名!』という方も安心して

応募可能だ。

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