第15話 catastrophe(4)
恐れていた事態が起きた。
拳法家という、自身を打ち倒してくれるかもしれない強者の出現に、期待を膨らませるアニマ。
だが、最初に戦った暁青以降の敵には、その期待を感じることができず、困惑するアニマ。
いよいよ親玉との戦い、となっても期待は萎むばかりで、なんかめちゃくちゃ腹立ってきたアニマ。
そんなアニマが一縷の望みを託したのは、敵2人の妙な余裕。
『何か奥の手を持ってるんじゃないか』、そう期待するのも無理はない。
だが。
「ぐううううッ、ゲホッ、ガハッ!」
「あらら~、これあばらも持ってかれてますよ」
目の前には、満身創痍の敵幹部と、呑気に背中をさするボス。
そう!余裕の正体は、アニマの再生能力を知らなかっただけのことであった。
全くの偶然だが、その情報が入らなかったのである。
こんな事が、前にも何度かあった。
その度に、自らの幸運に失望させられたものだ。
「…なぁに、どうってことありませんよ。
それより、備えてください!」
アニマの猛烈な、ヤケクソめいた殴打が来る!
「ああ、危ないですねえ!」
「クソッ、ぐううッ」
注意を受けたツォンは回避できたが、当の頼灰は動きが一瞬遅れて、頬にかすり傷を受けた。
「ああ、あぶねえ、死ぬかと思った…」
漫画等の中では割と気軽に持っていかれるあばら骨だが、実際に持っていかれると、呼吸が乱れて戦うどころではない。
それでも戦うのが凄い所なのだが、右腕も折れていることだし、もう肉体に達人としてのパフォーマンスは要求できないだろう。
「…ボスゥ!」
「はいはい、行きましょうか」
ゆえに頼灰は決死の、最後の反抗作戦に出た!
「死生拳・
円を描く、無限の連撃。右手が使えたならば、本来永遠に相手を殴り続けることも可能な奥義である。
だが今はアニマの剛拳を弾きつつ、致命的打撃を与える機を伺うしかない。
狙うは死生拳、必殺の奥義『
その意味する所は、『ゆっくりと全てを破壊する一撃』!
(心臓を撃ち抜けば殺せるか?
いや、腹に穴が開いても平然としていやがった、臓器じゃダメだ!
…頭!コイツがもし完全な不死身でないのなら、狙うべきは頭だッ!)
繰り出される拳を辛うじて弾くと、がら空きになる、顔面。
(ここだ、今、ここだけだッ!)
今までで一番遅い拳が、アニマの顔面を捉えた!
「死生拳!鏖䬟ッ!!」
「あァ?なんだこのすっとろい拳は…ぶっぐげえ!?」
拳が、ゆっくりと鼻の骨を折り、顔面にめり込んでいく。
「ぐが、ぐががががッ!」
恐るべき重さ、恐るべき破壊力!このまま頭蓋骨ごと顔面を破壊していけば、脳が後頭部から押し出されて炸裂するだろう。
だが、このゆっくり過ぎる拳を、どうして防ぐことが出来ないのか?
「ぐげっ、て、テメェらぁああああ!!クソ、やればできんじゃ、ねえかッ!」
背後に回ったツォンが、手足の筋肉を切断してしまったからだ。
後ろから押さえつけられ、倒れ込むこともできない。
手足が完全再生するまでの数秒間、アニマはただ、無防備に自らの脳が壊れていくのを感じ続けるしかないのか!
「でも…足りないんだよ」
完全な再生でなくとも、アニマの筋線維には充分な出力があった。
既に腕の筋肉は『半分も』再生している。
「もう治ったのか!?バカなッ…」
頼灰の拳を両手でしっかりと掴み、握り砕く!
「ひへへっ、いけない手にはお仕置きしねェとなァ!」
「うがあああああッ!!」
そうしている間にも陥没した顔面が、ペットボトルのようにべこべこ音を立てて修復していく。
かたや両手を無力化された頼灰は、悶えて転げる。
「あー痛え、ちょっと鼻血が出たじゃねえかよ!
で、次はどうするよ?あるんだろ、奥の手?」
「…ふッ」
倒れている頼灰は、笑った。だがそれは、死を覚悟した笑みだ。
対してアニマは、笑わない。
「…これで終わりか。そっか」
眼を血走らせる。
「ゴミどもが、下らねえことに時間使わせやがって…ッ!」
暴力衝動に、全身の筋肉が隆起する。
「じゃあもうゲームオーバーでいいなァ!?
テメェら楽には殺さねえぞ…」
ずぶり。
「へ?」
何かが後頭部に突き刺さる感覚。
「ご安心を。ちゃんとありますよ、奥の手。
いや、別に奥の手ってほどでもありませんけど!」
「テメェ、何してんだ…?」
ツォンの右人差し指が、アニマの後頭部に、第一関節までめり込んでいる。
(やられた。こっちが本命か…!)
その傷だけなら大した問題はないが、なぜかマズい気がした。
(何だ、この感じ。懐かしい感じがするな。
…死ぬ?オレ、今から?)
待ちに待った『死』の予感に、湧いてきた感情は…
(やべえ、動けねえ)
恐怖であった。
(そう、そうだよな!死ぬってなったら、ビビり上がるのが普通の感情だ!
来た来た来た、これだよ、こういうので良いんだよ!)
そんなアニマの歓喜をよそに、ツォンは語り出す。
「私には、特定の流派がありません。
色々手を出してみるんですが、すぐ飽きちゃうんですよねぇ。
この技も、暁青くんの『六道餓王拳』を真似てみたものです」
「この技は、まさか…!」
問う声が震えるのは、恐怖か、歓喜ゆえか。
「ええ、気を脳に流し込んで、破壊してしまうのだそうです。
確か名前は…」
「『殺身死界拳』」
ツォンの言葉を先取って、何者かの声がした。
アニマは、その声を知っている。
故に、うんざりした口調で、声の主を迎えざるを得なかった。
「…随分お早いご登場だな、『お姉ちゃん』よォ」
「1000人相手するより、こっちの方が楽そうだから来たわ」
アニムス、大量の追っ手を振り払っての登場である。
「毎回私が助ける方なのね?」
「嫌なら来なくてよかったんですけど!!」
いや、来てほしくなかった、というべきだ。
「おっと、そこでお待ちを。
すぐにアニマ嬢を殺して、お相手いたしますので」
「いや、無理だよ…。
コイツが来ちゃったからには、オレは死ねないよ」
「ほほう?」
どういうことかツォンが尋ねようとした瞬間、彼は指を引き抜かなければならないと分かった。
「おおっとぉ!」
鉛の雨を跳躍で回避し、納得したように頷く。
「なるほどなるほど。
銃は恐いですね、当たると死ぬ」
ツォンは、頭を掻いた手を、そのままだらりと下げる。
その両手が異様に光る。
「これは気です。
上手な人は見えないようにできますが、私などはまだ、このように」
薄紫色の綺麗な光が、煙のようにくゆる。
「それも六道餓王拳の技かしら?
なら止めておいた方がいいわ。もう見切ったもの。
それに『気』を流し込む攻撃って、簡単に防ぐ方法があるのよね」
「なるほど、あなたも『あの技』をご存じでしたか。
それなら止めておきましょう」
光がフッと消える。素直なものだ。
…しかし!
「ならこれは見切れるかァ!?」
倒れていた頼灰が、突然立ち上がって叫ぶ!
「アイツ、両手が使えねえのに…」
頼灰が繰り出したのは、鋭い蹴り!
何たる精神的不死身か!腕を奪われてなお挑みかかるその姿、まさに鬼神!
…だが、それは言い方を変えると、『悪あがき』であった。
「見切るのは、見切る価値のある技だけよ」
「!!」
アニムスがした事は、サブマシンガンの引き金を引く、ただその一つのみだった。
それだけでこの恐るべき達人は宙を踊り、鮮血を振りまいて息絶えた。
「流石に無謀でしょう、何の備えも無く銃に向かって素手は」
まあその通りなのだが、この世界では銃が軽視されがちである。
というのも、魔法技術の発展によって軽量で丈夫な装甲が開発されたために、むしろ鎧の隙間を狙う近接武器がよく使われるようになったからだ。
「こういう世界だからこそ、銃を持ち歩いているとたまに刺さるのよね」
「『こういう世界』って…ああそうか、アンタも向こうの世界の出身か」
濁った赤い光が、無機質な赤い光と空中でぶつかる。
「なあに?お姉ちゃんの顔をジッと見て」
「…いいや、別に。
さっさとこのジジイ始末して、帰ろうぜ」
2つの赤い光は、重なり合うようにツォンの顔を見据える。
「むう、2対1…ちょっと厳しいですが、まあやってみますか!」
構えが変わる。両の拳を突き合わせ、足を踏ん張る構えだ。
「じゃ、こっちの流派でやってみましょう」
「あ、神羅金剛拳の構えね。それも以前見切ったわ」
無言で構えを変える。
「それは…千年仁王拳かしら、懐かしいわね」
ツォンは、年甲斐もなく地団駄を踏んだ。
「もおおお!見切ってないやつ無いんですかぁ!?」
「それはあなたの技量次第でしょう」
「いいから早く来いよ!」
初老の男が、稚児のように腕を振り回して怒りまくる。
「きぃいいい!神羅金剛拳奥義、『夜叉の獄』!」
「両手を思い切り振り下ろす動き、左右で僅かに時間差があるため回避が困難。
だからカウンターはこうするの」
ハイキックが、振り下ろされた両腕の間をすり抜け、顔面に直撃する。
「…?」
いや、当たっていない。
ツォンの姿は、霧の如くかき消えた。
「へえ、やるじゃあん!『それは残像だ』ってやつかァ?」
「そっち行ったわよ」
「あ?」
背後からの攻撃!
「アブねッ!」
アニマはとっさに振り向きつつ、裏拳を繰り出す。
「当たっ…てねえ!」
そちらも残像だ。
「小賢しいなァオッサン!
逃げてばっかじゃジリ貧なんだよォ~?」
「いいえ、違うわ」
否定するアニムスだが、『違う』とは何がなのか。
「素で残像を出せる人間なんかいるわけないでしょ」
「え?出せないの?」
「そんな速度、人の脚力で出せないでしょう」
「ああ、いやまあ、そりゃその通りなんだけど…」
言われてみれば、という感じだが、この魔法や呪いが実在する世界で、何が出来て何が出来ないのか、判断するのは難しすぎる。
「じゃ、魔法か何かじゃねえの?」
「まあ、十中八九そうでしょう。
ほら、いつの間にか彼の姿が見えないわ」
隠れる所などないこの殺風景な部屋に、どうしたことかツォンの姿はない。
「ひょっとして、幻か…?」
「大方そんな所ね。
自分のビジョンを残像のように空中に残したり…こうして姿を消したり…。
結構高度な幻術みたいね」
だが、それなら安心だとアニマは言う。
「だって、アンタの特技は『見切り』だろ?
得意じゃん、こういうのの対策」
「いいえ、それは難しいわね」
「は?」
彼女の、神から与えられた能力は『見切り』。
そしてそれを完全再現する『トレース』。
能力の発動条件は、どんな技か『見たり』『聞いたり』『触ったり』して体験すること。
「つまり、五感を欺ける幻術とは、むしろ相性が悪いわけ。
更に言うと、幻術は種類が多すぎて見切りようが無いわ」
「肝心な時に使えねえなぁ、お姉ちゃんよォ…。
つまりオレらは、ピンチってわけかい?」
だがアニマはもはや無表情だった。
「じゃ、向こうから仕掛けてくるまで待つ?」
「それもアリね。こういう時は…」
そこまで言って、次に口を飛び出したのは、言葉ではなく血だった。
「あら、まぁ…これは、これは…うふふ、ゲホッ!」
「何だァ!?急に腹から血が…」
姿は見えなかった。
「まさか、隠れたまんま攻撃できんのか?
おい、腹の傷は大丈夫なのかァ!」
「ええ、ご心配なく…呼吸で回復力を高める術を習得しているの。
でも戦うのはちょっと厳しいかも…後は任せたわ…がくっ」
アニムスは床で横になり、静かに呼吸し始めた。
「お、おいおい、いきなり脱落かよ…。
え?てことはオレ、コイツを守りつつ、眼に見えない敵と1人で戦うのか?」
これは、ひょっとして、紛れも無く…
「ピンチじゃねえかッ!」
抑えようと思っても抑えきれぬ歓喜が、アニマの口を衝いて出た。
〈つづく〉
どうしようもない名鑑No.60【頼灰】
紅蛇の秘境に伝わる暗殺拳『死生拳』唯一人の伝承者。
故郷に弟子を残し、兄貴分であったツォンとともに都へ
出た。
ツォンのいい加減で飽きやすい性情をよく理解しており
組織運営の基礎を固めるため拳士集めに尽力した。
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