第9話 北辰一刀流

 古流にのみ伝わる、いにしえのサムライの座り方。その動作を一目で見抜かれた。

そのことに対する恐ろしさと、自分が長年かけて身に着けたものの一部でも理解してもらえた喜びを同時に感じる。

 背筋が冷えると同時にじんわりとしたものも胸に広がり、目の奥が熱くなる。

「刀を腰に差した者が座ると、自然とあのような正座になると教わりましタ」

 剣道みたいに左足を引いて左膝立ちになると、こじりっていう鞘の先が床に当たるからね。それを防止するために鞘を左手で押さえながら膝を左右に振るように腰を下ろす。

柳生流だけじゃなく他の古流にも伝わっている、独特の正座の仕方だ。

「詳しいんだ、ね」

 僕は目の前の金髪碧眼の美少女に空恐ろしささえ感じた。

一見しただけで古流の座り方を見破るなんて、並大抵の知識じゃない。

テレビや動画ではそこまで解説しないし、関心を持つ人も少ない。事実クラスメイトは、嘲笑うだけだった。

古流で注目されるのは派手な試合風景で、地味な正座の仕方じゃないから。

「サムライに憧れがある、と言ったでしょウ?」

 僕の上ずった声に、アレクシアは余裕の微笑で答える。

「でも、サムライなら剣道だって追求できるよ?」

 武士に憧れて剣道を始める子だって結構いる。

「趣味でないのでス。理由は先ほどまでのやり取りでおわかりでしょウ」

 アレクシアさんは真面目だ。

 半端な日本人よりもずっとサムライといったものに興味を持ち、調べている。だから正座一つとってみても異常なこだわりがある。

「北辰一刀流とか、メジャーな古流は? せっかく昨日見学に……」

 僕が言い終わらないうちに、アレクシアさんは言葉を遮った。

「あんナ連中、吐き気がしまス。サムライの名を穢すような真似ヲ」

 彼女は自嘲するように吐き捨てた。

 北辰一刀流。

 江戸時代に始まり、坂本竜馬をはじめとして多くの有名人が学んだ有名な流派だ。 

 明治以降も剣道の普及に大きな貢献を果たし、マヨイガが発明されてからは開発元の四菱工業が主催する聖演武祭でも活躍して流派と聖演武祭の名を大いに世に知らしめた。

 世界的に有名な大会で活躍した経緯もあってか、古流の中でも特に有名で、海外から学びに来る人が後を絶えない。

 武術に詳しくない人にとっては古流イコール北辰一刀流と思われているくらいだ。

 歌劇団がロボットに乗って戦う有名なアニメでも、黒髪ポニテの桜色の着物を着たメインヒロインが使う流派が北辰一刀流という設定になっている。

次の聖演武祭には前回も優勝した現宗家の一人娘、北辰葵が出場するらしい。

一体、北辰一刀流の本部道場で何があったのか。

「あなた自身のことも、学校で女子に色々と話を聞きましたガ、『地味』『古流の何とかってやってるらしいけど』『剣道部に一時いたけど、すぐやめてるし』『クラスにいるって気づかないくらい』などしかわかりませんでしタ」

 妙に女子が僕に注目すると思ったら、そのせいだったのか。

「あなたの家のことも、調べましタ。学校にいる間にスマホとシーメンス社の情報網を駆使シ。柳生流というものが、どのようなものかモ」

 柳生。かつては徳川将軍家お抱えの剣の流派で、一万二千石という剣士としては破格の報酬で召し抱えられた家柄だ。

 他の剣士は数百石だったことと比較すれば、石高だけ見れば突出している。

 でもそれも遠い昔の話。

 その後の時代の変化に乗り遅れ、維新では活躍できず、どんどんと衰退し今はこんなちっぽけな道場を残すのみとなっている。

 というか、柳生に限らず今は古流なんてはやらない。

 漫画やアニメで取り上げられても、競技人口は現代格闘技と比べれば雲泥の差だ。

 競技人口が少なければ儲からないし、食べていけないし、道場を畳むしかない。

 プロ格闘技と違って古流一本では食べていけないことが、何よりの証だ。数百年続く流派の宗家ですら、本業が別にある人がほとんどなのだ。

 例外は北辰一刀流をはじめとするメジャーな流派くらいか。支部道場も全国にあるし、メディアからの取材、公教育への師範派遣などでだいぶ収入があるという。

 聖演武祭でもここ数年は常に優勝を勝ち取っているし、名実ともに日本の最強流派と言っていいだろう。

「……アナタに弟子入りしたいのハ、聖演武祭や北辰一刀流とは縁遠い流派だからというのもありまス」

 含みを持たせた言い方が気になったが、続くアレクシアの言葉がそれを打ち消す。

「でも流行っているとか、そんな小さなことはどうでもいいのでス。あなたに教えを請いたいのでス。せっかくヤーパンに来たのですかラ、本物に触れてみたい」

 アレクシアが教えを請いたいと言った時、両の碧眼には一切の嘘偽りを感じない。

 海を越えてはるばる日本まで来て。

 中島さんの家ならきっと至れり尽くせりだろうに。

 それを投げ打ってまで住み込みで、僕の家の流派を習いたいと言ってくれる。

 すごく嬉しい。

 でも。だからこそ、彼女には日本での留学生活も楽しんでほしいと思う。

「でもこういうのは、よくないよ。中島さんだってせっかくもてなすために準備を色々とした来たはずなのに」

「それについては、申し訳なく思っておりまス。さっき家に帰ってからもずいぶんと喧嘩しました。でも、サムライの技を伝える家に住んでみたい、限られた時間でサムライの世界に少しでも触れてみたい、そう何度も説得したら納得してくれましタ」

 さすがは大企業のご令嬢、高校生との交渉くらい朝飯前か。

 でも一つ、解決できないことがある。

「でも、男一人の家に女子がホームステイって……」

「ワタシ、こう見えても色々な方とお付き合いがありますのデ。学校でのあなたの様子を見ても、他の男子と違いワタシの仕草になびかなイ。あんナ色目にすぐなびくようなガキ共とは、わけが違うようでス」

 彼女の碧眼が一変する。夜の闇が混じり始めた夕日のように、ほの暗い瞳。

 大企業の娘さんだし、人の醜い面ばかり見てきたのだろう。下手な大人より人生経験豊富そうだ。

 それに見た目完璧なふるまいって、結構ストレスたまるんだな…… アレクシアさんが意外と黒くて怖い。

「それにあなたが誠実な人かを試す方法もありまス」

「そんな都合のいい方法……」

 僕がそう言いかけた途端、アレクシアさんが信じられない行動に出た。

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