第7話 いつだって簡単に
体育や武道の後の、消臭スプレーと汗の匂いが混じる教室。
そこに入ると僕はアレクシアさんとその周囲の女子から、今までにない強い視線で見られていることに気が付いた。
なんだ?
何か彼女たちの気に障るようなことをしてしまったのだろうか。
いつものように空気の如く過ごしていただけのはずなのに。
広田が好きな女子がいて、一本入れてしまったことで不快に感じたのだろうか。
僕がアレクシアさんを見た目線がいやらしいと思われたのだろうか。
存在自体がゴミなのだろうか。
考え始めるとキリがなく、聞いても答えてくれるわけでもない。
人付き合いはいつだって、自分がなぜ間違ったのかわからないことだらけで、気疲れする。
だから人付き合いは好きじゃない。
でもアレクシアさんは僕を一瞥した後で一人スマホに向かい、親指と人差し指を抜刀もかくやと思うほどの速度でスマホの画面上を走らせている。血走ったような目でスマホに映っている情報を次々に確認するその様子からは、朝見かけたような元気の失せた感じなんてどこにもない。
理由はわからないけれど、彼女が少しは元気になったようで良かった。
大して関係ない女子でも、元気がないのを見ているのは辛い。
授業が終わり、放課後になる。
でも昨日とは少し教室内の様子が違っていた。
「アレクシアさん、今日こそ……」
「すいませン、今日は寄るところがあるのデ」
アレクシアさんが焦ったような様子でクラスメイトの会話を遮ると、鞄を持って席を立つ。そのまま中島さんの手を引っ張るようにして歩き出した。
「え? どうしたの? 今日みんなで…… ちょっと、いたいよ」
中島さんが抵抗するけど、アレクシアさんの力が強いらしくすぐに二人の姿は教室から消えてしまった。
他の女子たちもぽかんとして眺めていた。
「なんだか、アレクシアさんらしくない……」
「何を急いでたのかな?」
「まあシーメンス社の令嬢だし、ドイツから急な電話でもあったんじゃない?」
「今日行く予定だったカラオケ…… アレクシアさんがいないと盛り上がらないね」
女子たちは残念そうに呟く。少し気になるけれど、僕にはどうしようもない。アレクシアさんとの接点がほぼないし、彼女たちの相談に乗れるような間柄でもない。
僕も彼女たちに続いて教室を出た。
校門を出て、学校が建てられた丘を下っていく。丘から一望できる青い海からは秋特有の涼し気な潮風が運ばれてくる。穏やかで、気持ちが落ち着く秋の風。
でも日本海へと続く海に、白い波浪が立っていた。
ここからでは見えない、はるか遠くの海では大風が吹いているのかもしれない。
家への道を歩きながら、スマホを取り出して写真を眺めた。
十年前、テレビに父が出演した時の写真。
それくらい昔、介護に古流を活かすとか、スポーツに古流の動きを応用するとかロボット研究に役立てるとかで古流がちょっとしたブームになったことがある。
その流れでウチの道場にもテレビの取材が来て、それで何人か門下生が入ったことがある。
久しぶりの門下生に父さんは大喜びで、熱心に指導した。
でもブームが去ると、門下生はみなやめていった。
あの時の父さんの寂しげな顔が、今も忘れられない。
人はいつだって簡単に裏切る。だから人付き合いは嫌いだ。
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