第25話

竹橋弁護士からの調査依頼


 名古屋の竹橋弁護士から事務所に電話があった。倉科は自宅の一室を事務所にしている。他所に事務所を開設しようかと考えた時期もあったが、業務の多くが得意分野をもつ探偵をそうでない探偵に紹介するブローカー的なものなので、電話とファックスそれにパソコンがあれば大抵の要件が片付いてしまい、現状のままになっている。

 竹橋はいつものように遠慮のない調子で、

 「おう、俺だ。この間、話した鈴木正恵の件だけど、親父さんに頼まれてね。彼女が所属していた『夢想花(むそうばな)』と言う音楽事務所について調べてくれるかな?」

 「へえーっ。何か事故に繋がる手掛かりでもあったのかなあ?」

 「東京で俺の親友が探偵をやっているって話したんだよ。取締役会が終わった後に、そしたら、是非、依頼したいってことになってね」

 持つべきものは、自分より偉い友達である。

 「調べるって言っても何が知りたいのだろう? まさか信用調査じゃないだろう?」

 「全般的に調べて欲しいそうだ。取引関係から紹介された音楽事務所だから信用していたし、娘のコンサートとか、その他の音楽イベントで大量のチケットまで購入していたのだけれど、専務の星野遼介がどうも信用できないってね。それで会社の信用状態、営業関連、人間関係に至るまで全て調べてくれとのこと。費用はその都度、竹橋弁護士事務所経由で請求して欲しいとのことだ」

 倉科は即座に、調査料金のことを考え、竹橋の仲介であり、優良企業の仕事なら、普通より高く請求しても大丈夫だろう、との計算が働き、表情が緩んだ。しかし、高品質の報告が求められるなぁ…と考えて、気を引き締め直さねばならなかった。

 「了解。判明事項は随時、そちらの事務所に報告するということで」

 事務的な口調で電話を締め括ろうとしたとき、倉科は、頭の中で何かしら引っ掛かるものを感じた。もしかしたら、三村里香の事件と事故死した鈴木正恵、自殺と断定された榊江利子の件は何か関連があるのでは…? いずれも、亀井綾乃の周辺で発生している。こんな偶然があるのだろうか?

 倉科は自分の疑念を確かめようとして竹橋に尋ねた。

 「この間、名古屋で会ったとき話した殺人事件の関係者についてのアリバイ捜しだけど、事件発生日時は六月十四日深夜、場所は埼玉県蕨市、被害者氏名は三村里香。鈴木正恵と同じく亀井綾乃の知り合いでね…。何の関連も無ければいいのだけど、何か引っ掛かってね。捜査状況について情報を取れないかな?」

 ん? 電話先で竹橋が首を傾げる様が倉科の目に浮かんだ。

 「埼玉県警だろ? 埼玉じゃなぁ…。愛知県警なら可能性もあるけど…。司法修習所の検事研修で教官だった先輩が、検察庁で出世しているから、その人にそれとなく聞いてみてやるよ」

 竹橋は直ぐに反応し、倉科は礼を述べて電話を終えた。


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