第21話

倉科のアリバイ調査


 倉科は二日間の講義を終えて、東京へ戻り、大林に電話をした。

 「どう? 警察から何か言ってきた?」

 「昨日、蕨西署へ行ってきましたよ。詳しい事情を伺いたいので中目黒まで来るって言うから……」」

 誰でもそうだが、警察が自宅や会社に来るのを好む人はいない。

 「何を聞かれたの? やっぱりアリバイ?」

 「主に里香との関係でした。何かトラブルはなかったのかって、根掘り葉掘り聞かれましたけど、気楽な関係だったので、そんなのある訳ないですよ。それ以外では、誰か里香に恨みを持っているような人物について心当たりはないか、とかです。特に変に思ったのは、右利きか、左利きかって尋ねられたことですね」

 (右利きか、左利きか……?)変なことを聞くなぁ……」。

 何故、二人に関係ばかり聞いて、アリバイを中心に聴かないのか? 倉科は不自然な感じがした。

 「君のアリバイが中心問題になっていたのでは?」

 「そうなんですよ。新宿から蕨まで、高速道路を使えば一時間もかからないし、僕が犯人の可能性は残りますからね」

 二日前に、あたふたと連絡してきた時とは打って変わって落ち着いた語調だ。物事を客観視するいつもの大林に戻っている。捜査の目が自分に向いていないとの確信でもあったのだろうか? さらに続けて、

 「事件当夜に乗ったタクシーを捜してくれれば、アリバイがはっきりするって、主張したのですが、東京周辺に何万台タクシーがあると思っているの? 五万台強あるんだよ。会社名とか何か特定できるものでもあれば別だけど、と嫌な顔されましたよ」

 倉科は少し考えてから尋ねた。

 「事情を聴かれたのは、どんな部屋だった? 取調室?」

 「応接室みたいな部屋でしたよ。ソファーとかテーブルが置いてありましたから」

 「ふーん。扱いは良かったようだね。現時点では容疑者とか重要参考人とは見られてないのかもしれない」

 倉科の言葉に大林の声が嬉しそうに弾んだ。

 「そうでしょう。倉さんもそう思うでしょ」

 倉科は少し意地悪をしてやりたい気持ちになった。大林から里香の死を悼む言葉が全く聞かれず、その上、里香とは気楽な付き合いだったとうそぶいた言葉にカチンときた。

 「飽くまでも、現時点での話だよ。いつ容疑者としてマークされるか分かったものじゃないよ。確実なアリバイが無い限り。冤罪は誰の上にも降りかかる可能性があるからねぇ……」

 大林の素っ頓狂な声が響いた。

 「えーっ! 脅さないでくださいよ」

 倉科は声を低くして、フフッ、と笑った。

 「そうだ、倉さん。良かったら僕のアリバイ捜しやってもらえますか?」

 「御依頼とあれば。でも高くつくよ。里香との関係を俺に黙っていたんだから」

 倉科は冗談とも本気とも取れるような口調で答え、再び低くフフッと鼻で笑った。大林が電話の向こうで目を白黒させている様子を想像しながら……。


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