第12話 悲しむ者たち


「う、う~~~」



 目を開けると見慣れない天井が見えた。木でできた温まりのある天井。ゆっくりと周囲を見回すとそこには簡素な机と椅子があり、窓からは光が差し込んでいる。



「ここは……?」



 私がゆっくりとベッドから起き上がるとちょうどドアが開いて、私の一番の親友が入ってきた。



「……っ!!唯香!?大丈夫!?」



「う、うん……」



 楓ちゃんが私の姿を見て心配そうに駆け寄って来た。



「よかった~。唯香、半日以上も眠ってたんだよ」



「半日……?」



 あれ……?私ってどうしてたんだっけ?確かダンジョンの10階層まで行って……そして……



「……っ!!ね、ねぇ、楓ちゃん!!朝比奈くんは……?」



「っ!!」



 楓ちゃんが暗い表情でうつむく。




 ……え?嘘だよね……




「朝比奈くんは……まだ、見つかってないの」



「……え?」



「あれからライオットさんと騎士団の人達がもう一度ダンジョンに行ったんだけど、地下10階層は完全に崩落していて……探すのは無理だって……」



「う、うそ……だよね……」



 楓ちゃんからの返事はない。









 ――――うそ





 ―――うそ、うそ





 ―――うそ、うそ、うそ、うそ、うそ、うそ、うそ!!!!






 だって朝比奈くんは大丈夫って言ったじゃない!!!




 私が、助けに行かなきゃ……




 私はベッドから出て、ダンジョンに行こうとする。でも楓ちゃんに止められる。



「ちょ、ちょっと唯香!?どこに行くの!?」



「ダンジョンだよ!!私が朝比奈くんを助けに行く!!!」



「無理だよ!ライオットさんたちでも無理だったんだよ!」



「それでも行く!!!だって朝比奈くん言ってたもん!!努力は無駄にならないって!!絶対に力になるって!!」



「唯香!!」



 私は楓ちゃんに押し倒されて、抱きしめられる。



「ねぇ、唯香。聞いて……崩落は少なくとも地下30階層以上も下に続いているんだって……」



「いや…………」



「あの高さから落下すれば……恐らく助からないだろうって言われてる……」



「いや…………聞きたくない」



「聞いて……それにあの竜も10階層には居なかったらしいの……多分、下に落ちた朝比奈くんを追っていったんだと思う……」



「いや、いや!!!」



「みんな言ってた。あの竜に勝つのは無理だって……それにもう、あと少しで王都に帰ることになったの」



「いやいやいや!!!!」



「朝比奈くんは……もう……」



「いやーーーーーーー!!!!」



 部屋に響く絶叫。



「唯香っ!!!」



「いやだーーーーーーーー!!!!」



 楓ちゃんに強く抱きしめられるが、それでも口が、体が無意識に動く。



「いやーーーーーーーーーーーー!!!!」



「《睡眠スリープ》!!」



 その楓ちゃんの声と共に私は再び意識を失った。















「ごめんね……唯香」



 私は唯香に少し前に覚えた《付与魔法》の《睡眠スリープ》の魔法を唯香にかけて眠らせる。



 分かってた。こうなることは……だって唯香は本当に朝比奈くんのことが好きだから。



 でも……それでも……



 私が伝えてあげなきゃいけなかった……親友の私が……



「なんで?どうして?なんで唯香を置いていなくなっちゃったのよ。朝比奈くん」



 分かってる。朝比奈くんはみんなを守るために。剣斗を守るために……




 本当は私が剣斗を守らなきゃいけなかったのに……それなのに……




「ごめんね……唯香……ごめんね……」




 私はただただ謝ることしか出来なかった……


















「嘆きの洞窟」の近くにある街。その街の宿屋の一階で俺は一人の勇者の話を聞いていた。



「だから何でですか!!ライオットさん!!!」



「だからさっきから言ってるだろう。危険だから王都に戻ると」



 俺が話しているのは「嘆きの洞窟」での崩落に巻き込まれたアサヒナ・ハルキの親友のアイズ・ダイスケだ。



「黒竜は春樹を追って地下に行ったんですよね!なら危険は少ないはずです!俺を春樹の捜索に行かせてください!!」



「だが危険がゼロになったわけじゃない。そんな状態で勇者であるお前を行かせるわけにはいかない……あと一時間後に王都に向けて出発するぞ」



「春樹を見捨てるんですか!?」



「捜索は騎士団がするさ。だが、これ以上勇者たちを危険にさらすわけにはいかない……勇者たちは俺たちのなんだ」



「その希望が、一人居なくなったんですが?」



「それは俺の責任だ。だからこそ、これ以上危険にはさらせない……」



「……くそっ!!」



 そう言い大介はライオットから離れていった。それを見届けてライオットは近くにいた騎士に指示を送る。



「アサヒナ・ハルキの捜索に騎士団10人で向かえ。勇者たちを王都に送り届けた後、リアーナを含む第一番隊を増援として送る。その後はリアーナの指示に従え……あとくれぐれもあの黒竜には気をつけろ」



「はっ!」



 ライオットの近くにいた騎士はそう返事をし、離れていった。



「アサヒナ・ハルキ……」



 ライオットにとってアサヒナ・ハルキという人物は非常に謎の多い勇者だった。訓練の時も動きがやたらよかったり、攻撃がやたら強かったりしながらも勝ったり負けたりを繰り返していた。



 そして、黒竜を足止めしていたあの魔法。あれは恐らく《重力操作》の魔法でその中でも上位の魔法の《グラビティプレス》だ。いくら勇者でもこんな短時間で上位の魔法が使用できるとは思えない。



 彼には何か特別な力があったのだろうか?



 ライオットが拳を握り締める。俺はまた守り切れなかった。また五年前と同じことを繰り返してしまった。



 自分の実力のなさを再認識する。



「希望、か……」



 ライオットはポツリとそう呟いた。

























「くっっそ!!」



 大介はライオットに捜索に行くことを断られてから宿屋を出て街を少し歩いていた。そうするとこで気を紛らわすためだ。



「なんでだよ……」



 俺にとって春樹は親友であり、そして恩人だった。




 俺は中学では柔道に打ち込み、二年の時の全国大会で二位になった。だけど、三年の時のある出来事でその年の全国大会には出ることが出来ず、柔道をそのまま辞めた。



 そして、高校入学の日。そのことが三年の先輩に知られたらしく、絡まれた。もう柔道は辞めたし、暴力事は引き起こしたくなかったから言いなりになっていた時に現れたのが春樹だった。






 ―――フッ、この俺にここは任せな!




 ―――視よ!俺の力を!




 とか言いながら春樹は先輩たちに向かって変なポーズをとっていた。三年生たちは変なものを見る目で春樹を見て、引き下がっていった。




『まぁ、俺の勝利だな!それより、大丈夫か?怪我してないか?』



『はは、お前、面白過ぎだろ』




 それが俺と春樹の出会いだ。その後、三年の先輩たちは俺が暴力を振るっただの同級生をいじめていたなどの話を広めた。そのせいで俺はクラスで孤立するようになったが春樹だけは俺に声をかけてくれた。



 そのおかげで高校生活は楽しいものになった。そう、春樹のおかげなんだ。



 春樹は俺の親友だ。そんな親友のピンチに俺は何もできなかった。あいつは黒竜に一歩も負けていなかった。戦っていた。なのに、俺は……



「くっっそ……」



 結局また春樹に助けられるだけで、春樹を助けることは出来ない。



 自分の不甲斐なさ、弱さに打ちひしがれながら道を当てもなくさまよっていると原崎たちが近づいてきた。



「おいおいおいおい!会津じゃねぇか?ああ、どうしたどうした?そんな暗い顔してよ~~」



「原崎っ!!」



「ああ、もしかして『一番』の『親友』の朝比奈が死んじまったから落ち込んでんのか?……そう落ち込むなって。まぁ、ザコが死ぬのは当然だろ」




 ―――っ!!こいつっ!!




「お前の所為だろ!!」



「あぁ?何がだよ?」



「お前があんな水晶壊すから黒竜なんてもんが出てきたんだろ!!」



「はぁ?何言ってんだよ……まぁでも、出てきたもんはしょうがねぇよなぁー。あははははっ」



 心底愉快そうに原崎が笑う。そんな様子に後ろにいた斉藤と清水は困惑顔を浮かべていた。



「っ!?お前!!まさか知ってたのか!!あれを壊すと黒竜が出てくるって!!」



「さぁ、どうだろうなぁ~。俺はわかんねぇなぁ~~」



「お前!!ふざけんじゃねぇぞ!!!」



 俺は原崎に殴りかかろうとするが、さらっと躱される。



「お~~、怖い怖い。さすが入学早々三年の先輩ボコって病院送りにしただけあるわ~」



「……このっ!!このことはライオットさんや王様たちに報告するからな!」



「おいおい、証拠もないのにどうやって報告するんだよ。まぁ、報告をしたところでお前程度じゃ信じてもらえねぇよ……今回は運が悪かったと思おうぜ」



 あはははは、と笑いながら立ち去っていく原崎。




「くっそ!!」



 俺は近くにあった壁を蹴りながらそう毒づくしかなかった。































 休みの日の昼下がり。近所にあった小さな公園。そこに俺は小学校の頃、よく遊びに行っていた。



 小さいって言っても滑り台やブランコ、砂場にジャングルジムと一通りの遊具が揃っており、子供が遊ぶには十分だった。



 そんな公園を元気に駆け回る女の子。キラキラした笑顔にきれいな長い黒髪が特徴的な子だ。



 その子が俺に向かって何かを言っている。だけど、俺には聞き取れない……







 …………なんて言ってるんだ?なんて…………

















「う、うん……」



 俺は目を覚ました。そこは公園でもなければ地上でもない。周り全てが岩で覆われているダンジョンだ。



「うっ!!」



 起き上がるとまだ頭がズキズキする。だけど、少しマシになっていた。



「ここは……」



 そこで俺は気を失う前の出来事を思い出す。



「そっか、黒竜に勝ったのか……」



 軽く奇跡だな。あれだけの力の差があって勝てたんだから。



 近くを見ると黒竜の死体があった。喉元を切られ、大量の血が流れて固まっている。血が固まっているってことは倒してからかなりの時間が経過したんだろうな。



「にしても、これどうするかな~」



 このまま死体をここに置いたら厄介なことになりそうな予感がする。王国の人に見つかって色々聞かれたり、腐った死体がドラゴンゾンビになって再び襲ってきたり……



《妄想再現》で《アイテムボックス》を再現してそこに入れるか?



 そう言えばステータスは?



 なにか黒竜と戦っている時に《妄想再現》で凄いスキルを再現したような気がするけど。



 俺はステータスを表示させる。





 名前 朝比奈 春樹


 性別 男


 年齢 16


 Lv 57


 HP    3974/3974

 MP    2231/2231

 攻撃力   1833

 物理防御力 1731

 魔法防御力 1722

 敏捷性   1671

 魔法力   1818

 運     30



 スキル

《勇者》《武器強化》《魔法強化》《剣術》《火魔法》《竜滅》《竜特化》《剣豪》《身体強化》《MP自動回復・超》


 ユニークスキル

《妄想再現》


 称号

【架空の勇者】【竜殺し】












 …………



 …………いや、いやいやいや!



 レベル上がり過ぎだろ!ステータス伸びすぎだろ!!



 これライオットさん以上のステータスじゃん!!!



 さすが勇者……恐るべし……



 っていうか最後に何か特殊なスキルを再現した気がするけど、気のせいか?……とりあえずはこの黒竜の死体だな。



《竜滅》を解除して《アイテムボックス》を再現。その《アイテムボックス》を使用し、黒竜の死体を入れる。



 よし!これで取りあえず大丈夫だな!



 ていうかここはどこだ?



 黒竜と戦っている時は余裕がなかったけど、改めて周りを見てみるとここは10階層のような円型のフロアで、ただ違いがあるとすれば地面が硬い岩ではなく砂であること。例えるなら運動場のような地面ということだ。



 造りは10階層と同じで、これだけの時間が経ってもモンスターが現れないとなるとセーフティーゾーンであることは間違いないけど何階層なのかが分からない。



 まぁ、上に行けば帰れるか……



 黒竜が壊した出口の一つに行き、《竜特化》を解除して《地形操作》を再現。そして《地形操作》で壊された出口を直す。



 少し先に進むと地下へと続く階段を見つけた。



「こっちは地下行きか」



 ここで自己中な主人公ならこのまま地下に進み、「このダンジョンを攻略してやるぜ!」ってなるんだろうけど、そんなことはいつでも出来る。



 ということでその反対側の出口に行って上の層に行く。



























「はぁ~~、疲れた~~」



「嘆きの洞窟」を無事に出れたけど、かなり疲れた。出てきて分かったけど俺が黒竜と戦った階層は地下35階層だったようだ。



 ステータスが上がってたから35階から上に行くのは別に苦労することはなかったけど、問題だったのはモンスターの量。



 ここに来るときはみんなで入ったからモンスターの量自体は気にする必要はなかったけど、一人でダンジョンに入るとかなりのモンスターがダンジョン内にいることが分かる。黒竜との戦いでかなりレベルが上がったのに、ダンジョン内でまた一つレベルアップしてしまうくらいにはモンスターに囲まれた。




 ダンジョンから外に出ると目の前には夕日が見える。おそらく時間的には午後五時頃かな?



「ライオットさんが近くの街に泊まるって言ってたな。取りあえずその街に行くか」













 って街どこだよ!!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る