死月王の泉

鍋島小骨

夜族狩り

 人里離れた森の奥深く、夜族の王の玉座があるという。

 その王こそは不死者の中の不死者、夜闇を歩く吸血鬼ヴァンパイヤたちを統べる死月王オルカ

 古来、数々の夜族狩りダムピールがこの死月王オルカの森に挑んだが、誰一人として帰って来なかった。

 森の中には時間がなく、夜族とその王は永遠を生きる。そのため死月王オルカの森は、眠れる森とも呼ばれている。





「でも毎年、兎にも鹿にも子供が生まれます。時間が停まっているなら、新しい子は生まれないはずでしょう?」


 不思議に重さのない歩き方で森の中を進みながら、銀髪のエリューカはそう言った。腰まで伸びた細い髪は見たこともないような銀色をしている。森歩きに慣れているとは思えない色白の細身だが、抜け道に詳しいというのは嘘ではないらしく、迷うことなく進む方向を決め、その通り道には確かに毒沼も草木の化け物もない。


「王が眠っているのならいいのにね」


 それならあなたが倒すのも簡単でしょ、とエリューカは、ほんの少しだけ笑ったようだった。




 夜族狩りダムピールは生まれながらに孤独である。

 片親は吸血鬼ヴァンパイヤ、片親は人間。吸血鬼は子ができたと分かる前には姿を消しているし、人間の方はお産で死ぬか、そうでなければ吸血鬼と通じた者として死に追いやられる。そうして子供は山に捨てられるのが習わしで、多くが死に、生き延びた者は夜族狩りダムピールとして吸血鬼をはじめとした魔物を狩る賞金稼ぎになるが、人の輪に迎え入れられることはない。常日頃から吸血鬼に狙われるし、死ねばその者も吸血鬼になると信じられているからだ。

 名無しの男もそのようにして吸血鬼と殺し合う夜族狩りダムピールだった。

 死月王オルカの森に挑むのは、そうした暮らしにみ疲れたせいでもあるし、殺されるなら殺されて終わりたいと思ったからでもあった。普通の人間より強く長命とは言ってもやはり徐々に老いていく。年老いた夜族狩りダムピールの暮らしがどのようなものであるか、名無しの男もよく知っていた。自分がそれに耐えられないとは思わないが、意味があるとも思わない。

 それならば、一番力が充実している時期に吸血鬼の頂点にある者とまみえるのも良いだろう、そう考えてやってきた。


 ここからが死月王オルカの森だとされる境界を踏み越えたが、大した魔物も出ない。きのこへびの魔物は出たがいずれも剣どころか手の甲の一払いで逃げていくような脆弱さだった。巨木も魔物のようだが手を出しては来ない。

 そうした静かな森の中で、名無しの男はエリューカに出会った。

 銀の髪に泉のような淡青の瞳、抜けるように白い肌と、王都で垣間見た病身の貴族のような細い身体。呪いの森にまるで似つかわしくない長衣だが、山歩き用の靴は履いているおかしな服装だった。


――迷ったのですか。森の出口まで案内しましょうか。


 そう声を掛けてきたが、魔物が化けている可能性もあった。名無しの男は一瞬考え、しかし隠さずにこう言った。


――おれは夜族狩りダムピールだ。この死月王オルカの森の奥にいるという、夜族の王を殺しに来た。方角を知っているなら教えろ。お前も吸血鬼ヴァンパイヤなら時間の無駄だ、今すぐおれと殺し合え。


 すると月光のような青年は、思いがけず笑み崩れて、ようこそ、と答えたのだった。


――私も家族を吸血鬼ヴァンパイヤに殺された。あなたがかたきを討ってくれるなら、玉座の近くまで喜んで案内しましょう。


 こんな美しいものは見たことがない、と名無しの男は思った。





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