第4話 こいつ本当に神剣なのか……?

『お主に嫁が増えれば増えるほど我の性能が上がるのじゃ!』


 ええと? よめ? よめって何だっけ?


『嫁は嫁じゃ。正確には〝眷姫(けんき)〟と言って、お主と愛の契りを結んだ相手のことじゃな。そして〝眷姫〟が多ければ多いほど、我がパワーアップしていくという寸法なのじゃ!』

「はは」


 俺は思わず乾いた笑い声を漏らした。


「言っとくが、俺は三十七年間ずっと独身だったからな?」

『過去は過去じゃろうが』

「相手がいない」

『今朝の娘っ子はどうじゃ?』

「無理だな」

『これ! 端から諦めるでない! 以前ならまだしも、今のお主はそこそこ見れる顔にはなっておるのじゃぞ?』

「そもそもあいつ、レイクと付き合ってるし」

『略奪すればええじゃろうが!』


 略奪て……こいつ本当に神剣なのか……?


 いずれにしても、この能力は俺には縁が無さそうだ。

 現状でも十分過ぎるほどの性能だしな。


 ウェヌスは何やら喚き続けていたが、適当に聞き流しながら俺は次のオークを探すことにした。


 しばらく狩りを続けた。

 最初の一体がマグレだった訳ではなく、その後も「こんなに弱かったっけ?」と思わず拍子抜けするほど簡単にオークを討伐できてしまう。


 今もまた、俺の目の前で巨体の胴体が真っ二つに割れて灰と化した。

 相変わらずの切れ味だ。


『ふん。こんなもの、まだまだかつての性能からは程遠いわ』


 無視されたことを怒っているのか、ウェヌスが拗ねたように呟いていた。




 夕刻になり、俺は街に帰ることにした。

 今日は長らく倒せていなかったオークを十体以上も討伐することができた。


 素材もかなり手に入った。

 レイクたちのパーティで一日冒険するよりずっと稼ぎが良い。


 もうあのパーティにいる必要はないな、と心の中で脱退を決意していたとき、


「……? あそこに誰かいるな」


 俺は足を止めた。

 街へと戻る途中の平原地帯。

 見晴らしのいい場所であるため、かなり遠くまで見通すことができるのだが、一キロくらい先に複数の人影が見えたのだ。


 三人組だな……って、あれってレイクたちじゃないか?

 目を凝らしてみると、確かに、レイク、メアリ、サルージャの三人だった。

 今の俺はルーカスと別人だということにしているとは言え、あまり会いたくない連中だ。迂回しようか……と考えていたところ、俺はあることに気づく。


 先ほどから彼らは一向に動いていない。

 三人ともある方角を向き、腰を低くしていて――臨戦態勢を取っているようだった。


 視線を転じた俺は、彼らから数メートルほどの場所に別の生き物を発見した。

 全長三メートルはあろうかという、かなり大きな魔物だった。


「まさか、キリングパンサーか!?」


 鋭い爪と牙を持つ豹の魔物だ。

 冒険者ギルドが定める危険度では、オークを上回るC。

 しかも、その中でも上位に相当する。


 レイクたちはいずれCランクに昇格するだけの才能はあるだろうが、今はまだDランク。

 恐らく彼らでは、三人掛かりであっても被害なく討伐するのは難しいだろう。




   ◇ ◇ ◇




「何でこんな奴がこんなところに出てくるんだよッ!?」


 レイクは自らの不運を呪いながら、突如として現れた強敵を前に後ずさった。


 前方の草むらにそいつはいた。

 キリングパンサー。

 怖ろしい俊敏さを持ち、鋭い牙で獲物を喰らう獰猛な豹の魔物だ。たった一体によって村ごと壊滅させられることもあり、その危険度はCランクの最上位に位置づけられている。


 確実に仕留められるという自信があるのか、身を隠すこともなく、堂々とこちらに向かって近づいてきていた。


 もし今ここにあの荷物持ちがいれば……と、レイクは歯噛みする。

 すぐに囮にして逃走を図っただろう。

 だが生憎、今日は一緒ではなかった。


 くそっ! この肝心なときに使えねぇやつだな!


 そもそもこうしたケースも想定して、大して戦力にもならない奴をパーティに加えたというのに。


「グルルル……」


 キリングパンサーはもう目と鼻の先にまで迫って来ている。


 レイクは必死に考える。

 Cランクの魔物とまともに戦い、勝つことができるのか。

 無理だ。

 だとすれば、方法一つ。


「ちょっと、レイクっ!?」


 レイクは踵を返し、仲間を置いて全力で逃走を開始した。

 シーフのサルージャも同じ考えだったのか、ほぼ同時に逃げ出す。


 遅れたのはメアリだ。

 しかもこの三人の中でもっとも足が遅い彼女は、どんどん二人との距離が離れていく。


「ちょっと、レイクっ!? 何で真っ先に逃げてるのよっ! あんた剣士でしょ!?」


 背後から罵倒が飛んでくるが、レイクはそれを無視した。

 背に腹は代えられない。

 レイクは彼女を犠牲にして逃げ切る魂胆だった。


 直後、キリングパンサーが地面を蹴った。

 一気に加速し、凄まじい速度で三人を追い駆けてくる。


「待ってってば! お願い! 助けてっ!」


 メアリの声が罵声から悲愴な涙声へと変わる。

 キリングパンサーの鋭い牙は、もう彼女のすぐ後ろまで迫っていた。


 レイクとメアリは、同じパーティメンバーというだけでなく、恋人同士だった。

 だがメアリは前々から浮気性があって、今までも何度か他の男と一緒にいるのを見かけて、喧嘩になったことがあった。

 それでもレイクは今まで我慢し続けてきた。


 今日だってそうだ。

 ルーカスからの伝言を届けにきた初対面の男に、明らかに色目を使っていた。メアリはそういう女なのである。


「……その報いだ」


 そう思うと、幾らか罪悪感から解放される心地がした。


「きゃあああっ!?」


 後ろから甲高い悲鳴が聞こえてきた。

 振り返る余裕はないが、恐らくメアリがキリングパンサーの餌食になったのだろう。

 今のうちに距離を稼がなければならないと、レイクは懸命に足を動かした。


 だがそのとき、背後から足音が聞こえてきた。

 猛烈な勢いで近づいてくる怖ろしい気配。


「なっ?」


 思わず振り返ったレイクの目に映ったのは、こちら目がけて飛び付いてくる巨体だった。

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