第2話 とりあえず顔を洗ってくるか
「くそ……頭が痛い……」
翌朝、俺は酷い二日酔いに見舞われていた。
カーテンから差し込む朝の陽ざしに顔を顰めながら、ベッドの上でゆっくりと身を起こす。
「あ~……いつ家に帰ってきたんだっけ? 夜の記憶がないな……」
いつものように酒場で飲んだくれていたところまでは覚えているんだが……。
「そういや、道を間違えて広場に行っちまったんだっけ。それで……」
徐々に記憶が戻ってくるにつれ、俺は恥ずかしくなってきた。
俺は英雄だ! なんて叫びながら、伝説の剣を抜こうとしたんだった。
なんて痛いおっさんだよ……。
ま、まぁ、酒に酔った勢いだったし?
さすがに素面であんなことはしない。
うん、すべて酒が悪い。
それにしても真夜中の誰も見てないときでよかったぜ……。
「てか、剣が抜けたような記憶があるんだが、あれは夢だったんだろうな。……ん?」
ベッドから降りようとした俺は、何か硬い物を踏み付けてしまう。
何か置いていたのだろうかと、床へと視線を落とした。
――剣が落ちていた。
「……は?」
そこにあったのはシンプルな造りの直剣。
あの広場で岩に刺さっていた剣だった。
「……お、落ち着け。どうやらまだ俺は夢を見ているようだ」
俺は深呼吸しながら自分の頬を抓る。
普通に痛い。
「夢じゃないとすれば、幻覚か? くそ、酒の飲み過ぎでついに幻覚症状まででてきやがったのか……」
一応、ごしごしと目を擦って見るが、剣は消えない。
俺は柄を掴んで持ち上げてみた。ずっしりと、確かな重みが手にかかる。
「幻覚でもなさそうだな……。となると、よく似た偽物か? うん、そうだな。きっとこいつは偽物だな。何でこんなところに落ちてるのかという謎は残るが……もしかして酔った俺が武器屋から盗んできたとか? だとしたらまずいぞ……」
『偽物ではない。本物じゃ』
突然、聞き覚えのない声が聞こえてきた。
今度は幻聴か……。
いよいよもって俺はヤバいかもしれん。
『幻聴でもないわい。我は神剣ウェヌス=ウィクト。長らくこの街で眠っておったが、昨晩お主の手によって目覚めたのじゃ』
再び声が聞こえてくる。
俺はポカンとなった。
け、剣がしゃべっている、だと……!?
『随分と間抜けな面じゃのう。しゃっきりせぬか。お主は愛と勝利の女神ヴィーネによって生み出された、この我の契約者に選ばれたのじゃぞ?』
「ちょ、ど、どういうことだ? 契約者? 俺が?」
愛と勝利の女神ヴィーネと言えば、三大神の一柱だ。
そんな存在が作った神剣に、俺が選ばれた……?
『うむ、その通りじゃ』
俺は大いに困惑した。
そりゃそうだろう。
いきなり神剣に選ばれたなんて言われても、信じられるはずがない。
なにせ俺は、万年Dランクの底辺冒険者なのだ。
しかもおっさん。
「てか、別に契約した覚えはないんだが?」
『抜いた時点で自動的に契約されるのじゃ! そして解約はできぬ』
性質の悪い詐欺みたいな契約だった。
「何で俺なんかが?」
『さあのう?』
「さあのう、って……。お前が選んだんじゃないのか?」
『例えば、じゃ。お主が好きな食べ物があるとする。果たして、それはお主自身が選んだものか?』
「……違うな。気づいたら好きだっただけだ」
『それと同じことじゃ』
なるほど、分かるような分からないような。
「……うん、とりあえず顔を洗ってくるか」
深く考えることをいったん放棄し、俺は立ち上がった。
『お主、案外マイペースじゃのう……』
今日もレイクたちと冒険に出る予定で、待ち合わせをしているんだよ。
そろそろ準備を始めなければならない。
俺が住んでいるのは狭くて古いボロアパート。
風呂とトイレ、それから洗面所は共同だった。
部屋から廊下に出たところで、ちょうど隣人に出くわす。
隣の部屋に住む老夫婦の夫人の方だ。
「おはようございます」
「おはようござます――あら?」
「……?」
「ルーカスさんの親戚かしら? 珍しいわね」
夫人はそうにっこり微笑んでから、部屋に戻っていった。
「親戚? 何を言ってんだ?」
もしかしてボケたのだろうか……可哀想に。
そんな心配をしつつ、洗面所で鏡の前に立った俺は、そこで先ほど彼女が驚いた理由を知ることとなる。
「……誰だ、こいつ?」
いや、誰というか、鏡の前に立っているのは俺なのだから、俺以外にあり得ないはずなのだが……。
しかしどう見ても、最近めっきり老け込んできつつあった俺の顔ではない。
まず肌の血色がいい。
たぶんお酒の飲み過ぎなのだろうが、俺は病人みたいな青白い顔色をしていた。
それが今、若い頃のような健康的な色に戻っているのだ。
目尻も引き締まり、髪の毛にも艶が戻っていて、無精ひげを剃ったらアラサーに見えるかもしれない。
十歳くらい若返った気分だ。
まぁ元が老けていて四十代に見えたからだが。
また先ほどの声が聞こえてくる。
『我と契約したことによる特典の一つじゃ』
「そんなことができるのか……」
神剣が意地悪そうな笑いを漏らした。
『くくくっ、お主、歳の割に随分と老けておったからのう。それに酷い不健康じゃったぞ』
「ほっとけ」
しかし何より驚いたのは、
「右腕も治ってる……?」
「あのままじゃ我を扱うのに不便じゃからのう」
その他の古傷もどこにも見当たらない。
痕も残らず、完全に綺麗になっていた。
『ちなみに減退しておった性欲も強めてやったぞ』
「道理で朝っぱらから股間が」
『何じゃ、お主。もしかしてさっきのババアに興奮したのか?』
「断じて違う」
それはともかく信じられない奇跡だ。
まだ半信半疑だが、本当にこいつは神剣なのかもしれない。
いつになく晴れやかな気分で洗顔すると、俺は部屋に戻って朝食を食った。
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