第14話:海の向こうへ その二
「我が国の民を保護していただき、感謝いたします。
で、その国民本人はどこに? ただの一般人ならわざわざタラヨウさんが連れて来なくてもいいでしょうし」
「相変わらずのご慧眼ですね。
実は、アリシアさんは妖術を使えまして。こちらでは魔眼持ちと言うのでしたか」
「……資料にあった眼が不自由というのは、視えるが故に見えない、ということですか。具体的に何が見えているのです?」
「おそらくは生物の持つ魔力を感知しているのだと思われます。茂みの中にいる猪も、気配を消した者の場所もぴたりと当てていらしたので」
「なるほど」
テッサリンドで魔眼持ちと呼ばれる者はそれほどいる訳ではないが、辺境の村々でも探せば一人くらいはいるだろう。それほど珍しくはない。
魔眼持ちは常人に見えるものが見えない代わり、常人には視えないものが視える。例えばそれは妖精であったり、魔力の流れであったりと様々だ。
魔道具などを使えば常人と変わらない生活ができ、テッサリンドの魔眼持ちはほとんどが視力矯正用の魔道具を使用している。
前述した通り魔眼持ちの能力はいろいろあるが、この国ではそのほとんどが魔道具で代用が可能だ。
「身寄りもおらず、矯正用の魔道具等も変えないとのことでしたので、ソケイでの生活も肌に合っていらしたので移住をお勧めしました。アリシアさんは猟師に弟子入りを希望されています」
「ソケイで魔眼持ちは稀ですもんねー」
「あくまでご本人の希望ですよ」
タラヨウは薄っすらとした営業用笑顔ですら眩しい。太陽とどちらが眩しいだろうか。
「アリシアさんは字の読み書きが難しく、本人の意思確認も兼ねて直接こちらへ参りました」
「さっきまで面談していて、ひと足先に宿へ帰られたよ」
つい昨日まで被害者リストとにらめっこして頭を抱えていた同志だと思っていたのに、とんだ裏切りである。はよ言えや、とコハクが怒りを抱くのも致し方ないだろう。
今度快哉する予定の義姉、甥、姪とのお菓子作り会で作る菓子のあまりは全てコクヨウの腹に収めることとしよう。
「いやあ、それにしても久しぶりだね。書簡はちょくちょく交わしてるけど。相変わらずソヨゴ君は元気なんだろうね」
「ええ、元気ですよ。元気が有り余ってすぐ机仕事をサボろうとするのが玉に瑕ですが」
「元気なのはいいことだよ。私は最近腰が痛くてさ ……」
「腰をやると一気に老け込みますよ。
「ま、まじで ……?」
「本当です」
会話内容がご近所さんとの井戸端会議だが、一方は国王であり、一方は一国の宰相である。
それにしても、美術品のような美しさを持つタラヨウと平々凡々を絵に描いたような我ら兄妹と並ぶとよりいっそうその美貌が際立つ。ニッカも相当な美しさの持ち主なので、ソケイ国は美人の多い国なのだろう。
タラヨウとその乳兄弟のソヨゴはかつて留学という名目でテッサリンドに住んでいた。しかし、内状は亡命に近しい逃避行であったらしい。
大国の王であったというソヨゴの父は、正妃の他に側妃も多く持ち、当然その子息たちも多くいたと聞く。最後に妃になったソヨゴの母に「生まれる子が女であれば殺せ」と命じていたため、生まれたソヨゴが女だとばれないよう乳母夫婦に預けられたソヨゴはタラヨウと一緒にはるばるテッサリンドへ逃げてきた、というのが真実であるらしい。
もう女であれば殺すと言っていた人間はいないのだから、女王として国を治めればいいのに、と思うがソヨゴにはソヨゴの思惑があるのだろう。男装をする必要のないテッサリンド国内でも楽しんで男装をしていた人だったのだし。
案外、男しての振る舞いも楽しんでいるのかもしれない。諸藩の姫を多く迎えた結果、ついたあだ名が
ソヨゴは子ども好きで、テッサリンドに彼女がいたころ、コハクはいろいろなことを教えてもらった。
薬学を始めとした学問はもちろん、料理の仕方、ソケイの言葉、城から抜け出す方法に、買い食いの仕方や、値切りの極意。本当にいろいろなことを教わった。コハクの名付けをしてくれたのもソヨゴで、
「それにしても、とうとうエンヨウ殿を迎えに来たのかと思いました」
「ええ、もちろんエンヨウも迎えに来ましたよ。ついでですが」
タラヨウの言いようにコハクはつい笑ってしまった。
エンヨウから聞いていた話で予想をしていたが、二人はやはり馬が合わないらしい。
「アリシアさんを連れがてら、エンヨウの世話係が薬屋に先行していますから、今頃は――大騒ぎになっているかもしれませんね」
「え」
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