第8話:リュスカの絶品?料理

 狭い部屋にトントントンと硬いものが木を叩く規則的な音と、火の立つ音が響く。そこへ続けてコポコポと湯が沸く音が添えられると、室内は見事に温かな家庭の色へと染まった。


「もうすぐメシできるからな」

「うん、待ってるねー」


 ディーノからの返事を背に受けたリュスカが、男らしくザク切りにした玉葱を煮立ったスープの中に入れる。と、先に入れた鶏肉や人参、馬鈴薯と混ざった玉葱が鍋の中で大きく踊った。

 あとはじっくり煮込み、リュスカ特製のスパイスとハーブを合わせた調味料を入れて味を調えれば、頬が落ちること間違いなしの絶品スープのできあがりだ。


「あ、ラッセルにアランだ。おかえりなさい!」


 椅子に座って待っていたディーノが、話し合いのためにリュスカの部屋に訪れたアランとラッセルを出迎える。


「うっ……何、この破壊的な刺激臭は……」


 扉を開けて部屋の中に入った途端、ラッセルが取り出したハンカチーフで鼻を覆った。わずかだが、その目には涙も浮かんでいる。


「リュスカ、もしかして料理作ってるのか?」

「おう、そうだけど?」


 そう、偵察から帰ったリュスカは、真夜中だというのにもかかわらず突然料理を始めた。理由は、耳にしてしまったあの衝撃的な事実で乱れる心を落ち着かせたかったから。


「この時間なら絶対大丈夫だと思ってたのに、何で今日に限ってこんな夜中に料理してるの……というか、よく近所から苦情が来ないよね」


ラッセルが脱力しながら呟くも、その言葉に反応することなくリュスカが鼻歌交じりで鍋の中身を掻き回す。と、匂いがさらに増して今度はアランが顔を青くした。


「ちょっ、アラン、大丈夫?」


 立ちながら白目を剥き始めているアランに気付いたラッセルが、リュスカの目を盗んで窓際に移動する。そして後ろ手を使ってそっと窓を開けた。


「まったく、何でディーノも注意しないの!」

「ん? 注意って?」

「嘘……魔族にはこの殺人臭が効かないの?」


部屋中に充満する破壊的な刺激臭を少しも気にしない様子のディーノを見て、ラッセルが愕然とする。

が、そんな外野の戯言に耳を貸さずにリュスカが料理を続けていると―――。


「ただいま」


 あたかも自分の家に帰宅したかのように挨拶しながら、レイナルドがリュスカの部屋に入って来た。


「あ、リュスカ、レイナルドも来たよ! おかえりなさい、レイナルド」

「ただいま、ディーノ。……おや、リュスカは料理を作っているんだね?」

「ああ。でもアンタは城で食ってきたんだろ? じゃあ、いらないよな」

「何を言うんだい! リュスカの手料理は別腹だよ! ああ、私のために作ってくれたなんて、感無量すぎて倒れてしまいそうだ!」


 真夜中だというのにレイナルドは歓喜の声を上げ、大袈裟な身振り手振りで感動を表現する。その姿にリュスカはうんざりとした表情を浮かべて、口角を引き攣らせた。

 レイナルドはリュスカが作った料理なら失敗したものでも大喜びで平らげるし、絶賛もする。それはありがたいし嬉しいのだが、いつもこうして自分のために作ったのだと盛大に勘違いするため、少々どころかかなり厄介なのだ。


「いや別にアンタのために作ったんじゃないし」

「またまた照れて。それは今、巷の男性に大人気のツンデレというやつだね。うーん、可愛いなぁ」

「その言葉、もう一回言ったら殴るからな」



 リュスカにとって、可愛いは禁句だ。この男は失言するたびに殴られているのに、ちっとも改めようとしない。こちらをからかって楽しんでいるのか、はたまた痛めつけられることに快感を覚える系の趣向を持っているのか。ともあれどちらであっても迷惑極まりないことに代わりはない。

難しい顔をして睨んでやると、レイナルドが早々に両手を挙げ一歩引き下がった。


「はいはい、今日はもう言わないよ。約束するから、その代わりにいつもの言葉を私にかけてくれるかい?」

「今日だけかよ。あと、その『いつもの言葉』ってなんだ?」

「もちろんこれだよ。……お帰りなさいアナタ。ご飯にする? 湯浴みにする? それともアタシ―――」


 レイナルドがすべての言葉を言い切る前に、リュスカの手からつい先ほどまで鍋の中身を掻き回していた木のおたまが高速で飛んだ。

直後、ゴン、と鈍い音が部屋中に響き渡る。

一瞬で凶器と様変わりした調理道具が、目標対象物の頭に見事直撃したのは言うまでもない。

 

「寝言は寝てから言え」


悪いが、失言に対する制裁に王子も貴族も関係ない。


「まったく、つれないなぁ。でもそういうところも素敵だよ、私のリュスカ」


 美しい蜂蜜色の髪に馬鈴薯の欠片を乗せながら、それでもヘラヘラと笑うレイナルドに「コイツはもう末期だ」と思ったのは、多分リュスカだけではないはずだ。

 


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