第6話 新たなる戦場へ

 我がロスウェルの皇太子ミシェル殿下が来たとあって、基地はかなり緊張感に包まれていた。

「返済できるお金はありませんよ。給料日もまだなんですから」

 言うと、ミシェルはあははと笑った。

「嫌だなあ。義理の兄弟になるところだったのに、冷たい。心配くらいするよ。

 まあ、用がない訳でもないけどね」

「やっぱり」

 ボソリと言う俺に、同席していた基地司令が目を見開いて怒鳴った。

「貴様!不敬であるぞ!」

 しかしミシェルは鬱陶しそうに言った。

「ああ、いいんだよ。彼は元々、学校の研究部の後輩でね。一緒に研究もした仲だし、友人なんだよ」

「今は借金の取り立て相手だけどな」

 貴族は学校へ行かなければならない事になっている。そこで、最低限の色々な知識や、貴族としての知識やマナー、ダンスなどを、10歳から18歳まで学ぶ。そして、最後の2年間はどこかの研究室に所属することになっているのだ。

 研究室といっても、お堅いものばかりではない。ゲームやらアルコールやら農業やら武術やら、趣味や将来の領地経営に役立ちそうなものまでさまざまだ。俺が所属していたのは発明研究室で、酔わない馬車やもっと早く移動する乗り物の研究をしていた。ミシェルはOBとしてよく顔を出していたのだ。

「ご苦労さん、君はもういいよ」

 ミシェルに言われ、基地司令は顔を赤く染めて俺を睨んだ挙句、

「失礼します」

と部屋を出て行った。

「あの、オレ達も……」

 ルイスが遠慮がちに言うのに、ミシェルは笑った。

「ああ、君達はいいよ。これからフィーと一蓮托生というか、ね」

 ギョッとした顔を、ゼルはしかけた。

「どうぞ。お茶が入りました」

 いつも冷静な紳士であるミシェルの執事ハリスが、人数分の紅茶を淹れてサーブしてくれる。

 ハリスのお茶は最高だ。

「美味い」

「この世で一番美味い液体は酒だと思っていたんだが。こりゃあ驚いた」

 ガイとゼルが驚いた顔をするのに、ハリスはにこにことしながら優雅に一礼した。

「恐れ入ります」

 しばらくお茶を堪能してから、訊く。

「それで、用件というのは何だ?」

「うん。まず、クラレスが逃げた」

 ブブーッ。

 お茶を噴いた。

「は?」

「鉱山にある教会に送られてたのは知ってるよね。そこから、掘り出した鉱石を運搬するための気球を強奪して、ついでにブルーダイヤの原石も盗んで行ったよ。参ったね」

 聞いていた俺の顔は、そのダイヤよりも青かったに違いない。

「まさか、その分も、俺の借金に……?」

 ミシェルは申し訳なさそうにしながら、頷いた。

「まあ、全体からしたらちょっと増えた感じ?」

 全体が酷すぎるからな!大抵の金額じゃあ、そうなるだろうよ!おのれ、クラレス。どこまでもいつまでも俺に祟る女め!

 涙が出て来た。

「それだけじゃなくてねえ」

「これ以上何があると?」

 訊くのが怖い。

「気球は風で流れてロウガンに落ちてね。流石は強運の主。無傷みたいだ。それで、ロウガンの王イリシャ・ロウガンと意気投合したらしく、王妃になったらしいよ」

「はあ!?何もしてない俺がこれだけ苦労してるのに、王妃!?納得できない!世界は間違ってる!」

 思わず取り乱してしまった。

 ルイスやミシェルやガイが宥めてくれ、ハリスが精神を落ち着かせるハーブティーを淹れてくれて、ようやく俺は落ち着いた。

「わかるよ。うん、わかる。クラレスの強運っておかしいもんね。

 まあ、フィーの不運も大概だと思うけど」

 全員がミシェルの言葉に深く頷くのが、心に刺さった。

「それで、おかしなことを言い出したんだ。劇のせいで自分は不当な評価を受けている。なので慰謝料を請求する。それと、無断で自分を主人公にしたのだから、売り上げの7割を正当な権利として要求する、とね」

「よくもそんな事が言えたもんだな」

 呆れて声も出ない俺に代わって、ルイスが呟いた。

「よりにもよって、ロウガンですか」

 ガイが呻くように言う。

 ロウガンはロスウェルと国境を接する国で、言わば世界の困ったちゃんだ。

 力こそ全てというお国柄で、それを他国にも強要しようとする。今は小国だが、戦争で他国に侵略し、領土を広げようと事あるごとに狙っている国だ。

 スリムラと戦争状態にある今、ロウガンとも戦争するのは得策ではない。

「たまたまロウガンとの国境の町で劇団が『悪の華クラレス』をやっててね。ロウガン側が、何かわからないが流行の劇らしいから、慰問としてこちらで上演して欲しいと言って、行った途端に全員拘束されたんだよ。それで、さっきの要求でね。

 ロウガンは、こちらから手を出させて戦争に持ち込みたいんだよ。だから、そうならないように、人質を奪還して来て欲しい」

 あっさりと言われ、全員が各々、その難易度を考えた。

「無理だな。外交努力で何とかすべきだ」

「できないから頼んでるんだよう、フィー」

「こっちもできないって。俺を何だと思ってるの?」

「成功したら、向こうの言ってる人質返還のための要求金額分、借金から引いてあげるよ」

「……いくら?」

「17憶クレジ」

 誰かがゴクリと唾をのんだ。

「フィー?」

 くそう、クラレス。呪ってやるぅ。

「わかりました。行ってきます」

 死んだような目をして、俺達は次の任務に取り掛かった。



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