③ドキュメンタリー、通販サイト編
〈夕方ワイド番組内で放送されたドキュメンタリーコーナー「サムシング」。「再起をかける作家を支える妻」の回より〉
――さてここからは話題を変えて、当番組の人気コーナー。毎回ひとつの職業に注目し、その現場で闘うひとをサポートするその周囲にもスポットを当てていく。それをドキュメンタリー形式で紹介していくこのコーナー「サムシング」ですが、芸能人夫婦に焦点を当てた前回に続いて、今回もテーマは夫婦。タイトルは「再起をかける作家を支える妻」。売れない、と苦悩する作家とその作家を献身的にサポートする妻……一組の夫婦に密着しました。彼らの姿を私と一緒に今回見守ってくださるゲストは、コラムニストの山中萌さんと小説家の大蔵省吾さんです。今日はよろしくお願いします。
――よろしくお願いします。……ちょっとだけ気になったのでいいですか?
――山中さん、どうされましたか?
――献身的にサポートする妻、という言い方がちょっと気になる、というか。いえそういう女性がいる、というのは分かります。……ただそういう言葉を安易に使ってしまうと、〈妻=献身的にサポートするもの〉という誤解を与えかねない、と思うんです。今回がただの一例に過ぎないことは、声を大にして言っておきたいな、と……。
(テロップ)「山中萌
コラムニスト・小説家。社会への違和感に対する鋭い批評が話題を集め、『口喧嘩で負けてはいけない』『これからの女性の話をしよう』『未来・性・わたしたち』などがベストセラーに」
――失礼いたしました。
――まったく正反対のふたりをゲストに選んだね。
(テロップ)「大蔵省吾
元教師・小説家。教師時代のセクハラ冤罪トラブルを物語化した『ジャズの音はもう聞こえない』で作家デビュー。現在は作家業のかたわら、問題児の更生などにも取り組んでいる。歯に衣着せないその言葉が話題に取り上げられることも多い」
――この映像に、おふたりがどんな印象を持つか、私も今から楽しみです。
(ナレーション)ふたりが出会ったのは大学生の頃――。結婚する前も含めれば、15年以上の付き合いになる、ふたり。当時を振り返る過程で、奥様の理沙さんにスタッフがふと尋ねる。
――後悔って、ないんですか?
「探せばきっと後悔ばかりですよ。ひとつひとつの部分を拾い上げていく、と後悔しかしないから、私はそんなことしないんです。そういう嫌な部分をひっくるめても、私はこのひとといたい。それを信じているからこそ、今の暮らしを続けていられるんです」
(ナレーション)今回ご紹介するのは、作家の佐藤蓮さんの妻、佐藤理沙さん。
――ご主人は今日?
「ファミレスに行ってます。家では集中力が途切れるから、ってことで、平日はいつもノートパソコンを片手にファミレスで小説を書いてますよ」
――失礼ですが、お仕事、って作家業だけで食べていけてるんですか?
「もちろんそういう時期もありました。特に直江賞の候補になった後は。主人もこれでいける、と思ったのか、専業作家を決断したわけですが、見通しが甘かったですね。『夫婦で暮らしていく程度なら、作家だけでなんとかなる』って自信があったみたいなんです。大して相談もしてくれませんでした。だけど……まぁ現実は厳しいですよね。今、彼はコンビニの深夜のアルバイト、私はスーパーでパートをしています」
――今、作家としての給料って、どのくらいなんですか?
「ほとんどゼロに等しいですよ。もう本だって三年くらい出してないですから」
(ナレーション)佐藤蓮は1987年生まれ。2019年『地球爆破計画』でデビュー。その後、4年の沈黙を経て大作『聖域を踏む』を刊行。この作品が直江賞の候補となる。『あこがれ』『旅行嫌いのおじさん』『狂えるキャンディの日々』など作品の刊行が続いたものの……。
「『作家はつねに新しいものが求められる。もうきみの作品は色褪せてしまって、戻ることはなくなってしまったんだよ……』って当時よく主人の小説を出版してくれていた出版社の担当編集さんに言われて、そこから歯車が狂い始めた、というか……。その言葉に縛られて書けなくなっちゃったんです。書けない作家に書く場を与えてくれるひとはいません。過去に実績がある、と言っても、役に立つ、というレベルのものではありませんでしたから。最近の執筆状況なんて私には一言も教えてくれません。昔は書いたらまず私に読ませてくれたんですが……」
――奥様にとって、佐藤蓮さん、という作家の小説はどう映っているんですか?
「私はすごく面白いと思っています。……とはいえ、私はそんなに小説を読むほうではないので、当てにはなりませんが。私は大好きで、彼に何度も伝えたことがあります。でも彼は私の褒め言葉が、身内だからの言葉に聞こえるのか、それとも素人だからなのか、あんまりアドバイス的な意味としては捉えていないみたいです。当然の話ですが……。最近は編集者の方ともやり取りをしていないからか、「ナイル」で過去作品のレビューを見ながら、改善点を探しているみたいですね。精神的に強いほうじゃないんだから、見過ぎはよくないって言ってるんですが、やっぱり作品の評価って気になるんですかね?」
(ナレーション)「ナイル」はアメリカに本社を持つ大手通販サイトで、購入者が五つ星で商品に対する評価と感想を書ける仕組みになっている。
――では逆に旦那さんとしての、佐藤蓮さん、はどのように映っていますか?
「穏やかで、優しいひとですよ。たまに『あぁこのひと小説家だったんだ』って思い出すくらい、特別感の薄いひとと言いますか。誤解を恐れずに言えば、どこにでもいるようなひと、なんですけど、それがすごく好ましいんです。ただ……子煩悩な性格のせいか、やたらと子供の話をする時があって、悪気は無いと思うんですが、軽いプレッシャーを感じる時があるんです」
――喧嘩とかはないんですか?
「ほとんど喧嘩はしないです。お互いに言いたいことがあっても口に出さずに、自分の中で折り合いを付けてしまうことが多いので。それにまぁわざわざ言葉にするのも恥ずかしいのですが、客観的に見ても仲の良い夫婦なのかな、って思います」
――最後に、これは作家として、あるいは人間として……そのどちらでも構わないのですが、再起をかける旦那さんへの想いを一言、いただけないでしょうか?
「最初にもお伝えしましたが、やっぱり後悔だったり、嫌な想いをしたりすることもあります。だけど私はこのひとを選んで、一緒にいたい、と思って、そして信じたい、という気持ちがあります。今後作家として彼がどうなっていくのか、もちろん作家業を辞める可能性だってある、と思っています。実際にそんな話が私たちの間で出たわけではないですが。今後のことなんて分かりません。ただ私はたとえそれがどういう結果になろうと、彼の決断に寄り添いたいと思っています」
――ありがとうございます。
――作家とその妻……もちろん作家の形と言っても様々なわけですが、今回のお話、山中さんはどう思いましたか?
――もちろん家族、夫婦の考え方はひとそれぞれ、とは言え、私の感覚とはすこし合わない、と感じたのも事実です。
――と言いますと?
――佐藤蓮さんとは直接の面識はありませんし、あくまで今回の理沙さんの話から想像したに過ぎない、ということは前置きさせてください。ただ、どうしても『夫婦で暮らしていく程度なら、作家だけでなんとかなる』とか、彼女へのプレッシャーも考えず『やたらと子供の話をする』とか、どうも年齢のわりに古臭く他者への配慮に欠ける一面が見えるような感じがして。すみません……。事前に思ったことは、はっきりと言ってもらって構わないと聞いていたので。
――もちろんです。忌憚のない意見をお聞かせください。
――作家としても、彼の資質に対しての編集者の言葉は本人にしてみれば理不尽に思えるかもしれませんが、正鵠を得ているんじゃないかな、と。『作家はつねに新しいものが求められる』という部分を埋めていかない限り、作家としての今後はない、と思ったほうがいいのかもしれません。
――きついねぇ。俺は別にそうは思わないけどね。今でもベストセラー作家にベテランが並んでいるじゃないか?
――老齢であるからと言って、新しいものが書けない、なんてことはありません。私が言いたいのは実年齢の古さではなく、感覚の古さです。
――感覚の古いベストセラー作家なんて、そこら中にいると思うけどな。
――それは大蔵さん。自分のことを言ってるんですか? ついこの間も『いじめはいじめられるほうにも問題がある』なんてSNSに書いて炎上してたじゃないですか。そういう無責任な発言のことを私は感覚の古さと呼んでいます。
――まぁ感覚が古いことは否定しないが、残念ながら俺はベストセラー作家じゃないんだな、これが。
――知ってます。ただの嫌味です。
――あ、あのぅ。時間もあるので、話を戻しましょう。大蔵さんはどう思いましたか?
――もっと作家なんだから自由に振る舞え、って話だよ。繊細過ぎる、というか、なよっとし過ぎ、というか。編集者の言葉だの、レビューの言葉だの……色々なものを気にして書けなくなる、なんて本末転倒もいいところだよ。佐藤くんとは俺も会ったことがないけど、多分彼みたいなタイプはこの番組を見たりして、また悩んだりするんだろうなぁ。今この番組を見ているかもしれない彼に言いたいのは、あまり悩み過ぎるな、ということだね。
――全肯定はしませんが、作家はもっと自由でいい、というのは、確かにそう思います。周囲の考えに縛られた小説家など羽のもがれた鳥に等しいですから。
――めずらしい。気が合うね。
――100あるうちの1しか考えの合わない相手と1の部分が合ったとしても、気が合う、とは言いません。
――かわいくないね。
――という言葉を平気で吐けるあなたの無神経な言葉遣いが本当に嫌いです。……話を戻しますが、あと、喧嘩がなくて嫌なことに対してはお互いが自分の中で折り合いを付ける、という関係には危うさを感じますね。正直私は結婚の経験がないので、勝手なことを言ってるのは承知していますが、やっぱりその辺の感覚に首を傾げてしまいます。
――危うい夫婦関係でも、二人以外の家族や金で繋ぎとめたりできる場合もあるが、佐藤くんにはどっちもないからな。
――下品な言い方ですね。あなたと結婚するひとは本当にかわいそう。
――さっきからなんだよ。否定はしないが、結婚相手でもないくせに偉そうに。
――あぁもう。こうなるのが分かってるから、あなたと一緒に出るの嫌だった!
――あ、ちょ、ちょっとふたりとも。掴み合うのは、やめてください……。
(放送が一時中断)
〈通販サイト「ナイル」レビュー欄〉
『聖域を踏む』レビュー
奏焼人 ☆☆☆☆☆
「最初は難しい専門用語がたくさん出てきてしんどかったけど、途中から物語が無茶苦茶面白くなって、下巻は一気読みだった」
セルフ ☆☆☆☆
「直江賞候補作品。いまだ文庫化されておらず、絶版になっているので中古でかなりの高額だったが、それに見合う内容だった。初めて氏の作品を読んだのは、デビュー作の『地球爆破計画』で、稚拙なこの作品への印象があまりにも悪く、氏の作品群からは足が遠のいていた。その不明を思わず恥じたくなるほど、この小説には衝撃を受けた。この作品はいわゆる新興宗教をテーマにしたもので、この題材は地下鉄サリン事件以降、大量に書かれたため、敬遠する向きも多いだろう。かくいう私も読み始める前までは、この小説に対して良い印象を抱いていなかった。新興宗教の教祖に祭り上げられてしまった男の栄華とその先の破滅……そんな当初のイメージは嬉しい形で裏切られた。この作品に分かりやすい破滅はない。物語が終わってしまった後も、その新興宗教は残り、教祖の栄華は続いているのだろう、と想起できる内容になっている。なのに、どこか空虚だ。この作品は確かに人間だったはずの男が、人間性を失っていく物語だ。結末のその物悲しさを感じるヴィジョンに心奪われた」
名無し ☆
「雑。参考文献の偏りもひどいし、何よりもつまらない。作者の、重厚なものこそ、面白い、という考えが鼻につく。『あこがれ』にもあったが、初恋のひととのセックスシーンが書かれていて、それも気持ち悪い。童貞男の妄想臭さ、というか。本当に結婚しているんだろうか。そういう行為を一度でもしたことがあるなら、こんな文章、書けないと思うんだが……。著者近影の顔も私の人生で一番嫌いな男の顔に似ていて、さらに嫌悪感」
〈週刊誌『週刊夕陽芸能』の記事より〉
P.28「いかにしてその良妻は、低評価レビュアーとなったのか?」
『聖域を踏む』『あこがれ』などの著作で知られる作家の佐藤蓮氏の妻のRさんが先日書類送検される、という出来事があった。
何よりも驚くべきことがその書類送検の理由で、なんとRさんは、ある通販サイトで、佐藤蓮氏の著作すべてに誹謗中傷や嫌がらせとはっきり分かる低評価レビューを付けていたとのこと。彼のある作品の担当編集者をしていた人物がそのレビューに不審感を覚えて探った結果、その陰湿なレビュアーがRさんだ、と発覚。自身の作品への誹謗中傷を繰り返す謎の人物が自分の妻だ、と知った時の彼の心境を考えるだけで、胸が痛くなる。
嫌がらせにいたった理由はまだ明らかにされてはいないものの、関係者によると、『夫婦仲は冷え切っていて、いつこんなことが起こってもおかしくない状況だった。そしてRは思い込みが強く、昔から突発的に過激な行動を起こすところがあった』とのこと。
ふたりは以前テレビ番組で紹介されたこともある。再起をかける作家を支える献身的な妻、としてRさんは紹介され、なんとも皮肉な展開を辿ることになってしまった。まだ離婚はしていないとのことだが、仮面で隠されていた真実が世間に暴かれる形になったこの仮面夫婦の終焉も秒読みだろう。
P.31「あのケンカップルが結婚! ワイドショー生放送中の大喧嘩。その直後の交際宣言。お騒がせ作家カップルがついに」
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