第12話(永遠の断罪-2)
ローエがその場を立ち去った数時間後。この暗い森の中では正確な時間を把握することは難しい。月のような星に照らされた、消失の森の中はなんとも神秘的だった。
そんな神秘的な場所では異常な現象も自然に見えてしまう。人が消えてしまうような神隠しも。今起きようとしている現象も。
もぞもぞもぞ。
草木が擦れる音ではない。風はなく草木が揺れることもない。この異音が聞こえる地面に明かりが照らされる。
土は盛り上がり人間の手が姿を表した。
「クソがああああああああああ!」
青年は理性を失い暗い森の中で叫び声をあげる。
「貴重なデータを二度も使っちまった。この前は上手くいったのに。魔王との戦いの前になるべく多くのデータを残したかったが贅沢は言えない。残りデータは二つ。このデータで魔王のあいつも殺してやる」
青年は眉間に皺を寄せて、拳を強く握りしめる。
巡り合ってしまった魔王という存在に強い憎しみを抱ているようだ。
「たく化け物め。あんなん反則だろ。強えってのは知っていたがここまで強えなんて思はなかった。強くならねえと。会ったら殺される。今すぐここから離れよう。なるべく遠く。遠くに逃げないと。やり直すのはそこからだ」
青年は次の目標を見定めてこの森から、この国から立ち去ることを望んだ。誰からも気づかれずひっそりと。森の闇の中に姿を消そうとする。
「どこへ逃げるの?」
青年の後ろから声が聞こえた。闇に紛れようとした瞬間の出来事だった。
「ああ?」
後ろを振り向くと黒い修道服を着た少女が立っていた。手には黒い棒で吊るされたランタンを握りしめている。
「どこへ逃げるの?」
少女は再び男に問いかけた。
「どうしたの迷子かい?」
二度目は青年が優しく少女に尋ねる。
「ううん、私は迷子じゃないよ。あなたに会いに来たの」
「どうして君はここにいるの?」
青年は逆に質問をする。こんな場所で年端も行かない少女がいる理由を男は探していた。
「殺しに来たから」
それを聞いた青年は飛び退いた。得体の知れない少女に最大限の警戒をする。
「今なら見逃してやる。これ以上近づくならお前を殺す。その前にここから立ち去れ」
青年は保険のため少女を脅した。普段の冷静さを失っている。一度死んだ人間が復活するのもおかしな話だが、最大限の警戒をするのは無理もない。
何が要因でいつ死ぬか分からない。それは瞳を閉じた時点で起きてしまうかもしれない。命が保障されない世界で生きるためには全てを疑う必要があるのだろう。そんな死の要因になりうる一つを男は自分の身を守るために、半ば条件反射で答えを導く。
死人に口なし。殺しは最低限の保険。
これで退いてくれれば青年に余計な手間をかけずに済む。一日に二度も殺されそうになるなんて、人生で一度あるか分からない最悪の経験だろう。そんな一日が普通の日常に訪れるなんて予想出来るだろうか。実際、この青年には最悪で特別な一日が来てしまった。
少女が一歩、青年に近づく。
「近づくな! これ以上近づいたら殺す」
青年は腰の剣に手をかけた。
だが、少女は青年の忠告を無視してさらに一歩を踏み出した。
青年は腰の剣を握りしめ、刃を振り抜いた。
勢いよく抜刀した剣の先は少女の胸を一突きする。
少女は力なく倒れ込んだ。赤い血だまりが地面の上に広がっていく。男は剣についた血を振り落とし鞘にしまった。血で汚れてしまった衣服をそのままに。
「くそ。余計な殺しをさせやがって」
まるで夜の闇に聞かせるような声で、虚しく呟いた。今、彼の中で優先すべきことは多過ぎる。血で汚れてしまった衣服をどう処理するか、どう誤魔化すか、死体をどうやって埋葬するか、様々な思考が脳内で渦巻く。自分の行いを正当化するための下準備を心に決めているところだろう。
そして、青年は振り向き少女の死体から目を離すと、何か不気味な音が聞こえた。
水溜まりの上を子供が元気に走り回るような、バシャバシャと水が跳ぶ音が森中に響き渡る。周辺に水辺はない。あるのは少女が作った血溜まりのみ。その上を元気に走る得体の知れない何かの存在を肌で感じ取る。
恐る恐る首を後ろに向けた。
血溜まりは突如跡形も無く消えていた。血溜まりの上を走る得体の知れないモノもいない。青年は安堵して再び前を向いた。
「どこへ逃げるの?」
青年の顔から安堵が消える。
目の前には自分が殺した少女が立っていた。手には相変わらず、黒い棒で吊るされたランタンを握りしめている。
「お前、どうして……」
「殺しに来たから」
それを聞いた青年は再び剣を握りしめる。二度目に躊躇いは無かった。目的は目の前の少女を殺すこと。
「
青年は
橙色の太刀筋が少女を切り裂く。
不敵な笑みを浮かべる少女。ランタンをただぶら下げて、無防備に青年の前に立ち塞がる。避けようとはしない。少女の体が真っ二つに切り裂かれるように見えた。変わることのない確定された現実が、不確定な未来に変わろうとしていた。
「馬鹿な」
攻撃した本人すら目の前で起こった光景に思考が止まる。自ら極めた剣技が黒い短剣一本で防がれていた。
「モルテ遅いよ」
少女は青年の剣術に瞬きもせず目の前の男を見つめている。そして、少女の隣には緑色の服を着た男が立っていた。
「悪い悪い。少し道に迷った」
緑色の服を着た男の表情は暗くてよく分からない。声色は柔らかく落ち着きがある。
「私斬られたんだけど」
少女の機嫌は悪く、横にいる男に文句を言った。
「ごめんって。想像以上に消すんだもん。おかけで、滅茶苦茶迷いました。代わりに、お菓子いつもより多くするから機嫌直せよ」
「決まりだね」
「ご協力どうも。それじゃあ、いっちょ仕事しますか」
「うわああああああああああ」
剣を持っている青年は、恐怖の表情を浮かべる。目の前にいる二人に敵わないと本能的に察知した。死なない少女。片手で自分の剣技を止める謎の男。二人が話す緊張感の無い会話。自信を打ち砕くには十分だった。
異質な空気を察知してこの場から立ち去ろうと脱兎の如く体を反転させる。
「禁忌は必要か?」
緑色の服を着た男が少女に尋ねる。
「あんな雑魚にはいらない。私の血も付いてる。見失うことはないわ。あの匂いが勝手に導いてくれる」
少女は自分の血は勿論、青年の血の匂いを嗅ぎ分けていた。
「そりゃ助かる。じゃあ行くぜ」
「うん」
少女は左手を。緑の服を着た男は右手を。二人はお互いに差し出した手を握りしめる。そして男はぼそりと言った。
「
二人の間で交わした契約の言葉が発動した。
少女の目から突然光が消える。何かに操られるように機械的な言葉が口からこぼれた。
「
契約者の損傷。未確認。
刹那の肉を形成。
直ちに永遠の血を排除せよ」
少女の体に赤い肉が絡み合う。握りしめたランタン諸共、人の原型が壊れていく。骨が折れる音、臓器が潰れて血が噴き出す音、そしてどこか不自然な機械的な音が、この森の不気味さを更に強調する。
徐々に形は、整えられていく。
持ち手のような箇所には魔王の一部に似た赤い肉。先端には銀色に光る鋭く湾曲した銀色に光る刃。肉で出来た大鎌が姿を現した。
緑の服を着た男は肉で出来た持ち手を握りしめる。
赤い肉はまるで生きているようだ。肉の中を流れる赤い液体が脈動している。
緑の服を着た男は片手で持っていた鎌を両手に持ち替えて、祈るように鎌を額まで近づけた。
「弟子の不始末は師匠の役目。永遠よ刹那に。刹那よ永遠に」
瞳を閉じて、祈りを捧げる。
短い祈りが終わると瞳を薄ら開ける。
風がゆっくりと流れる。止まっていたような時間が確実に動き始める。
緑の服を着た男の体の下半身は闇に溶け込み始めた。
霞のように。幻のように。
やがて、男は黒い霧になる。
風の導くままにその場から消えた。
***
「はあ、はあ、はあ」
青年は暗い森の中を一人駆けていた。
目の前に現れた化け物から逃げるために考える余地もない。魔王と思った同級生から命からがら逃げ切ることは出来た。今の問題は魔王に匹敵する化け物が二人も現れたこと。
逃げに徹した判断は良かった。早足を利用して、一気に消失の森を駆ける。やがて、森の入り口にたどり着くが肝心の入り口が見当たらない。
「嘘だろ。確かにここにあったはずだ」
男は草に隠れてないか、掻き分けて地面を探す。
「ない」
空を見上げて不自然な場所を探す。
「ない」
そして、もう一度自分が森に入った門があった場所を見る。
「ない?」
ローエと一緒に入った消失の森の出入り口が消えていた。
さらに青年に悲劇が襲う。
「くそ、こんな時に」
青年は左肩から感覚が徐々に消えて腕の力が抜けていった。
手を閉じては開いて、錬術を繰り出すのに問題ないことを確認すると、男は足を止めることなく、身を隠すために気配を消せそうな洞窟や背丈ほどの木と草が生い茂る場所を探しに切り替える。
青年はすぐに走り出した。
暗い夜道。
音のない森。
後ろから忍び寄る恐怖。
青年の心が、消失の森に弄ばれそうになった瞬間。
「ん? なんだこれ」
青年は違和感を感じた。周りに黒い霧が現れ始める。あまりにも不自然な黒い霧。足を止めてズボンのポケットから布を取り出し口に押しつけた。ゆっくり冷静に現在の状況を分析する。
「吸っても今のところ不調はない。幻覚の類でも、洗脳の類でもない。なんだこれは、この霧はなんだ?」
「よく調べているじゃないか。この世界の人間でもないのにその冷静な立ち回りや、慎重な行動は敵ながら感心する」
どこからか聞こえる声。姿は見えない。
「っち」
青年は舌打ちをして、進路を変える。
「終わりだ」
声は黒い霧から聞こえた。
青年が首を振って声の主を探すが見つけるには、数秒時間がかかった。
後ろを振り向くとそこには緑色の服を着た男の姿があった。
ただ会った時と異なるのは、その緑の服を着た男が不気味な形をした鎌を手にしていること。少女の姿が見えないこと。
今の青年に、そんな変化を見つけることはどうでも良かった。
今、必要なのは生き残ること。
「まだ、死ねない」
青年も剣を持って応戦する。
「いや、終わりだよ」
緑色の服を着た男が再び黒い霧となって空気に溶け込んだ。
「嘘だろ」
青年は目の前で起きた現象に動揺する。いきなり人間が霧になって目の前から消えたのだ。自分が知らぬ間に幻覚の魔術に掛かったのではないかと錯覚する。
だが、そんな筈はないと自分の考えを否定した。この青年は自分の意識そのものを肉体と切り離すことが出来る。幻覚に陥っていたら自ら気づく。念のため自分の感覚に間違いがないか確認をする。
一瞬、魂と肉体を切り離した。青年は自分の状態に間違えがないことを確信すると、自分を信じて剣を振り抜いた。
敵に当たることなく虚しく空を斬る。紛れもなく霧になっていた。空振りする剣先を見て、口にも出せない驚きが表情に宿る。
その直後、男の後ろから音が聞こえた。
どくどくと脈打つ心臓の鼓動と似た音。それが徐々に大きくなる。
冷たい金属が首に触れて、青年は黒い霧の中で存在を消した。
***
俺は今日三度も死んだ。
二度は同級生。一度はよく知らない二人組の男と少女。
意味がわからない。あんな化け物がいる世界だとは思わなかった。地球から異世界に召喚されて、今日までこんな苦戦することはなかった。
はじめての敗北と屈辱。
あいつらには絶対に関わっちゃだめだ。
俺にはストックがある。ゲームの世界みたいに特定の地点の世界を保存して、その世界を現実に再現することが可能だ。要するに時間の巻き戻しが出来る。
貴重なセーブデータのストックはあと二つ。なるべく魔術都市とは離れた場所で活動しよう。魔術都市には三人の化け物がいた。もう一度、剣の里に戻って修行し直しだ。二つじゃ足りない。全部習得しないとあの化け物達に立ち向かうことは出来ない。
俺が手に入れた安息の地を守るためには力を付けるしかない。こんな力に屈してたまるもんか。今は変えられない。でも、過去や未来は変えられる。この能力を使ってもう一度やり直す。
「セーブデータロード」
魂だけだった俺の核に、徐々に体の感覚が舞い戻る。
「かなり前だがこのセーブデータが、一番未来あるものだ」
このセーブデータは俺がこの世界に召喚されて、はじめて剣の里で修行をするデータ。約十年前のデータ。このデータならあの化け物たちに会うのを引き伸ばすことはできる。運命の収束や特異点の変更までは能力の性質上避けることはできない。
現在で遭遇してしまったからには過去に戻ったとしても、遅かれ早かれ必ず引き起こる確定した未来だ。だが、確定しているのは未来であって、時間は確定していない。これにより、あの忌々しい未来を極限まで遠ざけることは出来る。
時間は出来た。出来た時間で俺はとことん強くなる。俺の異世界ライフを明るいものにするにはここで強くなりまくって、あいつらに打ち勝つしかない。タイムリミットまで早くて約十年。何としてでも生き残って、この世界を遊びつくしてやる。
「よし」
剣の里の入り口の前。肩には違和感がある。初めてこの世界に訪れた時はこんな痛みはなかった。変だな、しかも妙に右手が動かしにくい。左手で右肩を上から摩ってもおかしな部分は認識出来ない。生前大きな怪我をした覚えもなし不思議だ。まあ、いいだろう。そのうち治癒師のところで治してもらえば解決するに間違いなしだ。
俺は気持ちを切り替えて、剣の里へ入ろうとした瞬間。
俺の視界がぼやけた。酷い立ちくらみで立っていられない。俺はその場に座り込んだ。
何だこれは今までこんなことなかったのに。変だな。まあいい。気にしてもしょうがない。俺は顔を上げる。
「どこへ逃げるの?」
出会ってはいけない少女が目の前にいた。
「あ、あ、あ」
俺は震える。
やばい。
やばい。
やばい。
今の俺には地球の頃の力しかない。最弱も最弱だ。ここは大声を出して叫ぶしかない。俺は立ち上がった。
「助けてくれ! 助けてください!」
「無駄よ」
少女の忠告を無視して俺は喉が潰れるくらい大声を出す。
幸い剣の里に向かう住人だか、旅人が俺を後ろから追い越した。
よかった。これで助かる。
「すみません、助けてください。助けてください! お願いです。助けてください!!!」
不自然だ。声が響かない。何か見えない壁に阻まれているのか、俺にしか聞こえない。
それなら直接やるだけだ。体に触って訴えればきっと気付く。
体に指示を送った。
だけど、助けを求めた人に触れることが出来ない。体の動きが抑制されて思うように動かなかった。
嘘だろ。
どうして。
何で、動かせない。
「永遠の血を持つ者よ。この現実はこの世界によって確立された現象そのもの。不変の法則であり、約束された現実」
「何を言ってやがる。意味がわからない」
「それじゃあ、またね。さようなら」
「え?」
少女の言ったことが理解できないまま、俺の首と体は分断した。
そうして、また魂に戻る。
あの女、何をした? 何をしやがった? くそ。
これが最後のセーブデータ。魔術都市に入学するデータ。あの魔王と接触する未来を加速させるかもしれない危険なセーブデータ。これで確実に俺の死は近づく。だが俺に選ぶ権利は残っていない。もうストックはこれだけ。
あれこれ言ってもしょうがない。腹をくくれ。これで死ねば俺も死ぬ。
絶対に死んではいけない。絶対に魔術都市から逃げないといけない。入学せずに俺はさっさと魔術都市とはおさらばする。
よし。
「セーブデータロード」
魂だけだった俺の存在に徐々に感覚が舞い戻る。
そして目の前には魔術都市のどでかい門。これを潜れば俺の死は不変。五年後俺は死ぬ。だったら、その未来は実現させないために、俺はこの門を通らない。
俺は魔術都市とは逆方向に歩き始めた。
順調だ。
魔術都市からどんどん離れて行く。魔術都市がどんどん小さくなる。
「ははは。これで自由だ」
俺は自由を噛み締め笑った。大声で笑った。
どの国を目指そう。
剣の里で修行してもいい。トレーディアで色んな国の文化に触れるのもいい。聖国で治癒術を学ぶのもいいだろう。想像しただけでわくわくする。今日を乗り越えれば、明日も。明日を乗り越えれば、一週間。その次は一年。そして、寿命で死ぬまで俺は冒険を。
「あれ?」
また。まただ。
俺の視界がぼやけた。酷い立ちくらみで立っていられない。俺はその場に座り込んだ。嫌な予感がする。前回のセーブデータでも発生した。
これはバグか? バグはゲームだけにしてくれ。今、そんなバグはいらない。
怖い。あいつがいる。
立ちたくない。顔も上げたくない。
あいつだ。あいつがいる。
俺は顔を上げずそのまま地面を見続けた。
「ねえ、顔を上げて」
さっきも聞いた同じ少女の声。疑う余地もない。
恐る恐る顔を上げた。悪魔が目の前で笑って同じ質問をする。
「どこへ逃げるの?」
俺は震えて動けない。
どうしてだ? どうして?
運命の収束がなぜこんなにも早く起こる。特異点は変わることない運命を決める分岐点。自身が観測に必要とする平行世界の世界線が交わる点は複雑に絡み合うはずだ。俺と少女以外の人、生物、現象、全ての条件を揃えなければ、再現は不可能。
再現に基づく平行世界の観測者は俺だ。俺の経験が基だ。俺が経験した過去の事象を元に作り上げられている。俺が世界線の交わりを引き起こさない限り、運命の収束も、特異点の切り替えも起こらない。
必然的に俺とこの少女が交わる未来は最低でも出会うであろう五年後。その間は俺が何をしようと会うはずがない。俺自ら近づくか、運命の強制力によってしか出会うことはない。運命を回避することは出来ないが、遅らせようと思えば遅らせられる。
なのに何故、何故だ。
俺の過去にお前がいる。
平行世界であろうと俺の過去で俺の未来だ。どうして改変が引き起こっている。観測者は俺だけだ。これでは観測者が二人いることになる。
何時、どこで、何で変わっている。
「何でって顔に書いてある。知りたい?」
俺は死ぬ間際になって冷静になった。自分でも恐ろしいくらい、焦りや戸惑いは消えて受け入れる準備が出来ていた。
「ああ。平行世界の特性上、俺とお前が交じり合う特異点は今じゃない。俺は今日まで、お前の顔も存在を知らないからだ。この現実がこの瞬間に引き起こることが、まずありえない。それがなぜ引き起こる?」
「難しいこと言われても知らないわ。私が知っているのは運命の強制力。詳しい事は知らないけど、こうなるように法則を作り上げた。血は肉に、肉は血に還る。これが発動する法則よ。あなたには意味が分からないかもしれないけれどね」
「なるほど。どんな平行世界に逃げたとしても、この現実を変えることは出来ないということか」
一個前のセーブデータで俺の声が他の人に届かなかったのはそういうことか。平行世界云々の話じゃなくて、あいつが作り上げた特殊な法則の上に俺はいるってことか。俺がどうあがこうとあいつの手のひらの上。もがいても抵抗しても無駄。過程は関係ない。未来は確定した。
「あなたが納得したのならそれでいいわ。過去も未来も変えさせない。現実は一つで良いの。毎回、永遠の血には手を焼かされるわ」
「それが異世界から来た人間の本性だ。受け入れられない現実に、過去も未来も変えようとみんな必死に生きている。俺達を舐めるなよ」
俺は異世界の住人に言ってやった。異世界に来る前に諦めの悪さを見せるべきだったと思うが、そんな希望はあの世界になかった。この異世界にはまだ希望があるだから俺はここまで心も体も強くなれたんだ。
「舐めてないわ。舐めていたのはあなたの方よ。自分の力を過信しすぎたわね。この世界で優雅に永遠に生きていられると思ったら大間違い。そこまで現実は甘くないわ」
この少女の言う通りだ。少し現実を侮っていた。まさかこの世界の住民がここまでするとは想像もしなかった。
少女の話は続く。
「それに私達にとって、あなた達は狩られる側。例え私達が狩られる側になったところで、運命は変わらない。必ずここに収束する。それで、最後に何か言いたいことはある?」
あるよ。沢山ある。だが、最後の言葉は短い方が良い。
「くそが」
少女は不敵に笑った。
「最高の誉め言葉よ。一瞬で殺してあげる。さようなら」
少女の足下に赤い液体が染み出す。周りからは百を超えそうな、赤い肉で出来た触手が生えていた。
俺の足下にも赤い液体が染み出し、触手によって体を食いちぎられる。
視界がどんどん黒くぼやけた。
意識そのものが遠くに遠くに離れて、そして——。
***
消失の森にある何の変哲もない木を背もたれにプリエは寝かされていた。モルテも同じ木を背もたれにして、隣で満点に輝く夜空を見つめていた。
人形のように力を無くしたプリエに生気が戻る。
それに気づいたモルテは声を掛けた。
「戻って来たか、どうだった?」
「大したことなかった」
「口にはあったか」
「まずかった」
ローエは苦虫でも噛み締めたように渋い表情をした。
「あっそう。お口直しにお菓子いる?」
モルテはポケットからお菓子を取り出す。
「え? 余っているの?」
「絶対全部食うと思ったから一個だけ残しておいた」
「食べる」
「ほらよ」
「ありがとう」
「上手いか?」
「うん、甘くておいしい」
「それは良かった」
「もう、そろそろ日が昇る。帰って寝ましょ」
「あいよ。お姫様」
二人は立ち上がり、日の光に追いつかれないようにこの場を去った。
夜が明け始めた
今日、消失に森で起こった出来事は誰にも知られることなく消えて失せるし出す。
これもまた、魔術の世界。非日常は闇に消えて、夢は残らない。
外から飛んできた
また、新しい魔術都市の一日が始まった。
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