第7話(霧海の森-2)

 私は霧の攻略に手こずっていた。

 体の門を開き自分の魔素を大量に散布させるが、魔獣の魔素に上書きされてしまう。

 自然に漂う魔素は森の住人である魔獣達の味方をした。

 私の魔素も散布させてもすぐに魔獣のものとなった。

 デュカルが仕留め損ねた魔獣が私を襲う。

 魔術を使って、黒炭にした。

 近くの魔素は私の言う事を聞いてくれる。だけど自分の体から遠く離れるほど、魔素を自在に操ることが出来なかった。これでは魔術を遠くに飛ばしても、魔術の威力が減衰して魔獣には効かない。

 何とか、錬素と魔素を組み合わせて、無理やり隙間を作って自分の魔素を流し込んで、威力を確保したけど、そう何度も使える技じゃない。力技では、限界がきてしまう。そうそう切れる手札じゃない。この後、もしかしたら魔王とも戦う。その前に私が気絶してしまえば、今回の好機を逃してしまう。気絶せずに魔王の元へとたどり着けたとしても、私の体が先に限界を迎えるのは目に見えている。魔王の触手に呆気なく二人とも、殺されてしまう。

 それだけは、避けなければならない。

 この窮地を脱却するのに、自分の魔素を広げることしか思い浮かばない。魔獣の魔素を吹き飛ばそうにも、重くてびくともしなかった。

 何度もやっているのに私の魔素が増えない。魔素が私のモノにならない。


 勇者の体になっているのに。

 法則の壁を乗り越えることが出来ない。

 あの時はなぜ全ての魔素を支配できていたのか疑問が残る。マグニ火山でも、旧都でもこんな問題につまずく事なんてなかった。

 何かが足りない。

 でも、何が足りないのか、私には分からない。

 あの時、魔王と対峙した私は何をしたのだろうか。

 思い出せない。

 自分の中に何かがあるはずだと願い、探し求めた。

 あの時、何かを掴み手に入れた。だから私は勇者になれた。世界に祝福されて。

 私の中に何かヒントがあるはずだ。急いで探さないと。

 冷静になって、デュカルを見捨てて逃げても良いかもしれない。

 だけど、勇者としての宿命と意地、そして相棒の死を望まない私が、それらを拒む。

 私のために。デュカルのために。


 私に向かって来来た魔獣を黒く燃やす。集中を切らすわけにはいかない。素早くこの霧を支配しなければ、私たちは魔王を目にする前に死ぬ。

 ふと、デュカルを目で追うと。

 今まさに危機的状況にいた。

 大きな口を開けた魔獣に食べられようとしている。

 一歩も動かないデュカルを見て私は咄嗟に叫んだ。

「デュカル、逃げて!」

 デュカルは振り向くことなく魔獣に立ち向かった。

 強大な力を使って魔獣を消し飛ばした。

 魔獣はおろか、この森を巻き込んで更地にして見せた。

 何が治癒師だ。嘘にも程がある。剣を振り抜く姿は剣士そのものだった。諦めても尚、彼は剣士であり続けた。

 無事で良かった。

 だけど安心したのも束の間。

 魔獣が再びデュカルの前に立ち塞がる。

 森が揺れると霧が更に濃くなった。デュカルの姿も見えない。おびただしい数の足音しか聞こえない。

 また、デュカルがどうにかしてくれるはず。再び赤い光が一面に広がって魔獣を消すと思った。だけど、待っても赤い光が出ない。

 目の前を注視していると白い光る壁を見た。一瞬、デュカルの姿が見える。デュカルの手に剣はない。体一つで魔獣を抑えていた。デュカルを守る白い壁はすぐに消えてしまった。隣には緑色のゴブリン。さっきと同じ完全体。

 デュカルが殺される。

 手遅れになる。だったら、もうやるしかない。

 気絶してでも。無理矢理、隙間を作って、魔術を解放する。


 深く息を吸い、私は全身に魔素を流した。滞りは許さない。一瞬の失敗は死に直結する。目の前で仲間が死ぬ瞬間など見たくもない。

 最悪、俺をやれだ?

 やるものか。

 何のために、魔術を追い求めた?

 何のために、弟を自らの手で殺した?

 何のために、永遠を滅ぼすと誓った?

 全ては私が守りたいものを守るため。

 今それを成さずして、何のために私は区切りをつけたのだ。

 これ以上、私のモノには触れさせやしない。

 神がそれを許しても、この私がそれを許さない。


 自分の体に雷が流れた。

 胸に目を向ける。

 何故か私の体内に消えた数々の術式が蘇っていた。

 こんな、術式を刻んだ記憶はない。

 私がコツコツ作り上げた術式は弟の時に消えた。これは、全く別の術式。

 知っている部分は一つだけ。

 それぞれの術式を一つに繋げる部分。

 それは紛れもなく私が書いた術式。

 使い方は言うまでもない。魔素を流せばいい。

 今度は全力で全身に魔素を流すと頭の中でぼんやりと浮かぶ外法。

 それを私は呟いた。


「天の四、ここに目覚める」


 私の視界が赤く染まった。

 術式が動き出す。体の中が熱く燃える。

 周囲の魔素が嘘のように軽い。

 これで、何もかも私のモノ。

 何者にも邪魔はさせない。これで私も全力で戦える。


 ***


 デュカルは後ろから近づいてくる自身の身を焦がすような熱波を感じとった。熱波は相棒のものだとデュカルは確信する。

 この白い霧を吹き飛ばす魔術を使えるのは冒険者でも数えるほどしかいない。魔術師殺しの迷宮で魔術を自在に扱えるのは一流の証。

 経験よりもデュカルは、ローエの魔術の実力をレオナベルグの討伐と、旧都の冒険で目の当たりにして、疑うことは無かった。もし、この状況をローエの実力で打開することが出来なければ、デュカル自身も諦めがついていた。

 緑の鬼の攻撃を受けきった後で、ローエに逃げることを伝えるつもりだったのだろう。その後、デュカルがどうなるかは考えたくはない。


 吹き荒れる業火の熱線がデュカルの横を通り過ぎる。

 緑の鬼はなすすべなく上半身を溶かした。溶解した部分は空気によって即座に冷却されて、黒く変色する。

 デュカルに被害はない。

 完全に魔素を支配下に置き、敵味方を明確に区別する。デュカルは魔術に触れても火傷すらしない。この厳しくも優しい魔術に臆することはない。

 デュカルは口角を吊り上げて、自分にだけ聞こえるような小さい声で呟く。

「流石一流。魔術のモノが違うぜ。最近は魔術師の質が落ちたって噂だが、ちゃんと化け物が育っているじゃねえか」

 デュカルは後ろを振り向くと、駆け寄ってくるローエ。

 その後ろには劫火に包まれた赤い球体。

消し去りなさいキング・オブ・ブレイズ

 変形する球体。眼球のような二重の円が作り出された。

 ローエが魔術を唱えると、赤い炎の光線が円の中心から投射された。

 魔獣の集団に直撃すると、炎は燃え広がり、地面の水分を枯らし焼土を具現化させる。白い霧は炎で生まれた急速な上昇気流に巻き込まれて、かき消された。これで魔術が無効化されるなんてことは万が一にもない。

 太古の王が使ったとされるワンド最高峰の魔術——キング・オブ・ブレイズ。

 王の命令は絶対。

 炎に宿されたローエの意思が具現化し、空間を制圧する。ローエの外法が絶対的な力で魔素を支配する。

 勇者の力を再び目覚めさせたローエに弱点はない。

 全ての魔素と繋がった状態。大気中の魔素も、人が吐く錬素が魔素になるのも、全部、ローエの魔素。体に納まりきらない魔素と、自分が生み出す魔素を自由自在に操れるローエに魔術で怖いものはなくなった。あとは、勇者を示すとき。

 デュカルの横に並び立つローエ。

「攻略は済んだようだな」

「だいぶ手間取ったけどなんとか、傷は大丈夫?」

 ローエは赤く染まったデュカルの腹部を見て気遣った。

「平気だ。もう治っている」

「お前、左手」

「掠っただけ」

「強がるな、治しとくよ」

「ありがとう」

 ローエは少し恥ずかしそうに俯き左手を差し出して、デュカルは傷を治した。

「ねえ、この異常な魔獣の発生は魔王が原因だと思う?」

「分からねえ。一瞬、魔獣が何かと戦っているのが見えたんだ。俺が追っている魔王じゃないのは分かった。多分永遠病で生まれた魔王だと思う。俺が見たのは、前に何度か見た赤い魔獣がいた」

「それって肉の塊みたいじゃなかった?」

「そんな感じだった。あと、他にも人みたいな影も見えたぞ」

「きっと私が探している魔王はそこにいるわ」

「じゃあ急がねえとな。そう言えば、魔獣の復活も消えたな」

 復活しない魔獣をデュカルは気にした。ローエが勇者になった魔術の変化によって、永遠の血の再生能力を少しの間、消すことだができる。現代魔術では出来ないが、古代の魔術であれば可能だ。古代の魔術は現代魔術の比ではない。かつて、旧都にあった古代の世界最高の魔術一つ。この王の炎を体に浴びると、王の命令に従い、ひれ伏す。能力そのものを強制的に抑えることが出来る。その能力のおかげで、永遠であっても再生能力が使えない。永遠の再生能力の回復にはかなりの時間がかかる。

「私の魔術の特性よ。私の時は触手だった。でも、この状況は長く続かないから早く行こう」

 デュカルは頷いて答える。

 そして二人は魔王の元へ向かった。


 ***

 

 炎に包まれた霧海の森の深層部。

 木々は燃えて、葉が、枝が地面に落下し、地面は円状に抉れ端には赤い流体がほんのり付着している。黒い煙が立ち込み生物が生き残るには極めて過酷な環境の中で、一人の青年と、一体の魔獣が戦っていた。

 青年はローエと同じ学園と思われる茶色い制服を着ている。

 手足が長く、痩せた体型。スポーツカットの短い黒い髪。

 剣を腰に携えて、魔獣の攻撃を防ぐ。


 対する魔獣は、赤い肉の塊。周囲には無数の触手が蠢いていた。

 その肉は永遠病の成れの果て。真っ赤な表面に、腐敗した死臭を放つ異質な肉体。体と肉を繋ぎ止める赤と青と紫の管が複雑に絡み合った魔王の全身だった。

 魔王は身を守ろうと青年の攻撃を触手で阻む。

 剣と触手が衝突すると、鋭い金切り音が生じた。

「くそ、中々倒せない」

 青年の額には汗が浮き出ていた。何かに追われているかのようにその表情は険しい。

 持っている剣は刀のように細く薄い。刀身には綺麗に整った均等な刃文。硬い触手と撃ち合い続けたせいか先端の刃が欠けている。刀の耐久力が限界に近いことに加え、武器本来の力が発揮できないでいた。

 それでも青年は、魔王から逃げずに剣を振り続けている。

 長時間の戦闘により、肉体や精神よりも武器が先に参ってしまった。

 残っている刀の腹部を使って、触手を切り裂く。道具の負担を最小限に抑えるように、切る場所を所々ずらして器用に立ち回っている。剣の軌道は乱れなく、人間の目では負えない程の速さで触手を斬り続ける。

 斬撃は空気を切り裂き、地面から砂塵が舞う。

 相対する魔王の触手は切り裂かれたところで、痛くも痒くもない。永遠の魔王に限界などと言う概念は存在しない。

 無限の触手、無限の体力、無限の血。

 どれ一つ取っても生物という枠組みに当て嵌まらない。

 無限と言う名の永遠が、容赦なく男に降りかかった。

 拮抗した状況で青年は自身が不利であることは分かっていた。変化を望んでいる。刀が欠けてしまったのは不良の事故とはいえ、対策すべき注意点。未然に防ぐことや、万全の準備を用意しておくべきだった。

 だが、多少の予測不可能イレギュラーは考慮済み。数々の苦行を乗り越えて、鍛え上げられた信念は微かな可能性を見出す。

 男は刀を鞘に戻した。

 構えをとる。

 一瞬の隙。

 そのほんの僅かな隙は、魔王の前で致命的なミスに繋がりかねない。その隙を帳消しにすべく、青年は次の手を即座に実行する。

二色橙アウランティウム・ライン

 男は目にもとまらぬ速さで剣を振り抜いた。

 刀身は薄い橙に光っている。

 空間に橙色の強靭な旋風。触手をまとめて一太刀で薙ぎ払う。

 切断された触手はあろうことか再生しない。触手の切断面は橙色に焼き焦げて、永遠の血による再生を奇跡的に妨いでいた。

 男の刀の限界はさらに加速する。錬素が極限まで込められた刀の先端は完全に折れてしまった。錬術による高度な負荷が刀の最後を迎えさせた。

 橙色の直線は魔王まで迫る。

 しかし、武器がひき出した渾身の一太刀は魔王に届くことなく、消えてしまった。

「限界まで付き合わせてごめんな。あと少しなんだ、もう少しだけ付き合ってくれ」

 青年は自らの刀にねぎらいの言葉をかけて、剣をまた鞘に戻す。

 軽い身のこなしで触手を次々と交わした。斬撃が届かないのであれば、物理的に近づくだけだ。危険を承知で青年は前に出ることを選択した。

 危険な賭けだ。

 触手を減らしたとはいえ、無限に等しく限りない数の触手を避けるのは不可能に近い。避ける隙間も限られている。もろに当たれば人間の体なんて軽く食いちぎってしまう。

 男はためらうことなくそれを実行した。

 驚異的な脚力を使って、触手に飛び乗り、叩き落とした。

 触手と触手の隙間に上手く足先を滑り込ませた。不格好だが、一本叩き落とせばその道は開かれる。

 魔王にも起きた一瞬の隙。

 青年はそれを見逃さない。

 体を潜り込ませて、出来るだけ魔王に近づいた。体一つ分だろうが、半歩分だろうが、腕一本だろうが、絶対に近づくという気迫が見えた。

 これ以上の隙間はない。

 そう判断した青年は解き放つ。

 神速の抜刀。

 青年の技が刀に最後の力を振り絞らせる。


二色橙アウランティウム・ライン


 二度目の一閃。

 剣は限界を迎えて刀身全てが砕け散ると同時に、魔王の体に亀裂を生む。

 魔王の体は首の皮一枚つながった。切り口は橙色に染め上げられても、違う部位で修復を補って自分の体を再生させた。

 届かなかった剣に青年は落胆した。倒せるはずだった魔王を、自分の道具の管理不足で取り逃がしてしまったのだ。もし、剣が万全であれば、青年の刃は魔王の首を切り飛ばし殺していただろう。青年は自分の準備不足の甘さに猛省する。だが、それも手遅れ。


「待っていろ、魔王。またすぐに戻ってくる」

 

 男は目を閉じた。

 死を覚悟したのだろう。

 最後に小さく呟いた。


「load」


 無数の触手が青年の体を貫こうとしていた。


 ***

 

 とうとう二人はこの異常現象の正体を目にする。

 赤い肉の塊をした魔王がそこにいた。魔王は変わらず触手を無数に生やし、白い蒸気を放出させている。

 二足で直立し、二本の腕、二対の羽、一本の尻尾、頭部と思わしき箇所には角。皮膚は完全に乾いていないのか、赤い体液がまだ染み出ている。限りなく形は人間に近づいていた。さらに時間が立てば、誰もが認める魔王の姿に完成しつつある。

 そんな魔王と一人の青年が激しい攻防を繰り広げていた。

 ローエは目に入った赤い肉で出来た魔王を見て、断言する。

「間違いない。あれは魔王」

 ローエの表情に明るさが消える。

「ローエ、人がいるぞ!」

「……」

 デュカルの言葉をローエは無視した。

「おい、ローエ! 助けなくていいのか?」

「ちょっと黙ってて!」

「お、おう」

 急変するローエ。始めて見せた態度に戸惑うデュカル。

 ローエは溢れ出る殺意を押し殺して、心を落ち着かせる。再び魔王と相まみえた。分かっていたとはいえ、永遠病は弟だけでは終わらなかった。これからも続く永遠の連鎖は始まったばかり。永遠病の元である永遠の血を見つけなければ、この悲惨な未来に終わりは迎えられない。永遠の血を殺すまで、ずっと永遠にローエを苦しませるだろう。

 ローエは魔王に向かってまっすぐ腕を伸ばした。

第十の赤の術式ワンド・オブ・テン

 炎が魔王と青年の間に壁を作る。

 紅蓮の炎は爆発して、青年を後ろに吹き飛ばし、魔王の体は激しい熱で液状化する。溶けた部分はぼこぼこと音を立てて、すぐに再生した。

 魔王は表情がない頭を動かして、ローエとデュカルがいる方向に体を向けた。自らの体を傷つけた不届き者の存在を感じ取る。

 魔王が腕を上げて、人差し指を向けると、触手が高波のように押し寄せた。焼けて焦土となった土砂を巻き込みながら、波は高く積みあがった。五階建ての建造物を軽く超えるような高さ。デュカルが更地にした一帯、全てに満遍なく広がる。

「ローエすまねえ、数秒しか稼げねえけどお前は逃げろ」

 そう言って両手を組んで祈り始めた。自然の猛威、魔王の気まぐれ、たった二人の人間が対抗するにはあまりにも小さく無力だった。

「デュカル逃げるにはまだ早いわ」

 逃げる準備を始めるデュカルと、まだ諦めていないローエ。意見は違くとも二人の意識に大きな差はない。デュカルがローエの事情を全部知らないように、ローエもデュカルの事情を全部知らない。

 ローエはこの世界で祝福された勇者。目の前に、どんな困難が出現しようとも、どんな問題が立ちはだかろうとも、自らの力を信じて打開する。

 そして、ローエは魔術を使った。

 ローエとデュカルの周りに、季節外れで場違いな赤い花が咲き乱れる。

 ローエの右手には四つの花弁が、それぞれ腕を中心に回転を始める。秒とかかわらず、一つの弾丸が生み出される。

 土砂を巻き込む触手の波に負けない、圧倒的な高音。空気がはちきれんばかりに、雷のような破裂音が森中に轟く。生み出した赤い風塵は森を動かし、輝き続ける赤き雷光は、夜の森を異様な明るさで照らし出す。

 デュカルは祈りを忘れて、その光景に見入った。隣にいる魔術師が超常的な魔術を使おうとしている。ただの魔術ではないことはデュカルの目でも理解できた。世界中に響かんばかりの轟音、所々の空間が歪み、裂けてはその隙間から異様な赤い光が漏れ出している。空を見上げれば、ゆっくり動く世界を包み込みそうな、巨大な赤い円形の術式。デュカルは言葉を失い、ゴクリと唾を飲んだ。

 準備は順調に終わった。

 ローエは左手の人差し指と中指だけを伸ばした。

 まっすぐ伸ばした右の手のひらを魔王に向けて、左手を右手の隣に添える。


四天開花してんかいか


 解放される弾丸。

 向かってくる触手の波を正面から受け止めて、波を中心から破壊した。一瞬で破壊の波は広がり、内から外へと弾け飛ばした。

 弾丸が魔王を補足する。

 そして、魔王の体に直撃した。

 天上まで打ちあがる劫火が魔王の体を消失させた。

 煌煌と輝く永遠と燃え続けそうな炎を見ながら、デュカルはローエの方を向いた。

「終わったのか?」

「ううん、まだ終わってない」

「これ以外にもあるのか?」

 デュカルは周囲を確認する。この世とは思えない、生命の破壊と消滅した自然の摂理が存在した。地面はどろどろに溶けて、白い蒸気がところかしこに放出する。この一帯がまるで火山の中のようだった。ローエは魔王がいた場所を遠い目で見続けている。

「元を殺さないと終わりはない」

「そうか、まだ続くのか……」

「これでデュカルの疑いは消えたね」

 消えゆく魔王を二人が見つめる。爆炎が生み出す風に乗ってほんのり薬品の香りがした。

 ローエは最初から魔王に詳しすぎるデュカルのことを疑っていた。友人から教えてもらった冒険者ギルドの噂に、奇をてらったかのように魔王の話題を持ち込んで、冒険の誘いまでしたのだ。永遠病との関連性は限りなく一番高かった。

 永遠病が何を目的にしているのかローエは一から整理していた。

 デュカルの目的は明確だ。真偽は定かでないが、おとぎ話の魔王を探している。永遠病に関する目的がはっきりしているのであれば、意図的に血を広げる行為、或いは直接的な手を使うことも考えられる。

 確かに血を広げるような行為に当てはまる場面はあった。

 ローエと訪れた旧ヘクセレン。庇って血をばら撒くなんて行為は自然で戦略的な方法だった。永遠病を拡げるのが目的であれば、直接ローエに永遠病を感染させることができる。魔獣もその血に触れれば一気に範囲は拡大する。旧都の悪霊のように血を通っていなくとも、その血に誘われた魔獣がばら撒いてくれる。が、その血を目指して魔獣は集まらなかった。

 霧海の森では、魔獣に囲まれるまで傷を負っていない。唯一、猪の見た目をした魔獣に腹部を刺されて怪我をしたが、その怪我も血ごと消えている。ローエの傷ついた手の方も綺麗に治癒した。

 自然に拡げるのが目的ならば、傷だけ癒して血だけを残すこともデュカルの技量なら出来たはずだ。瀕死の状況でも一瞬のうちに回復できる治癒術の持ち主。出来ない筈がない。ローエの傷の治癒も説明できない矛盾が生じる。

 血に誘われると言うのはモルテから一番最初に聞かされていたことだ。血に関することは最新の注意を払った。ローエの注意深い血の包囲網をデュカルは自然に抜けて見せた。

 そして、極め付けに勇者の魔術を見た後にこの場を去ろうとしないこと。デュカルは一区切り終わったとばかりに、全身の力を抜いてその場にくつろいでいた。

 その姿を見て、呆気に取られる。デュカルには目的があった。永遠の血の元はどんな目的で永遠病を広げているのか、意味のない脅迫じみた概念がローエの中に生まれる。

 そこに理由や法則性は無く、無造作に選ばれているのが現実だろう。

 だが、永遠病に限り、普遍性な特徴を彼女は見出せずにいられなかった。

「そりゃ、良かった。また、振り出しか?」

「収穫はあった」

 ローエは確実にその瞬間を瞳孔に記憶していた。ローエの勇者の魔術を確認してから避けたようにも見えた。魔王と戦い、尚且つローエの魔術を避ける。魔王は体が動かないから触手を使って体を守ろうとする。安全のために、戦っていた人物とは距離を離した。当たらないと分かっていたのにも関わらず逃げたのだ。そんな、事をするのは一つ。

「どんな?」

「永遠病の元を見つけたかもしれない」

「これで任務達成か。そう言えば、人がいたよな」

「もう、ここにはいないわ。尻尾巻いて逃げちゃったみたい」

 霧海の森に二人だけの話し声が残る。

「それで、このまま去るのか」

 目の前の惨劇をみてデュカルは思ったことをローエにそのまま伝えた。

 ローエもこの噴火口のような景色に思うことはあった。

「見てなさい」

 赤い流体はローエを中心に吸収されていった。これで少しは早く自然の力と迷宮の力で修復されるだろう。

「こりゃ、お見事。また自然が戻ると良いな」

 こうして、二人の魔王討伐は静かに幕を閉じた。

「そうね、私もそう信じている」

 ローエから勇者の祝福が消えた。無意識に口調が元に戻る。

「ねえ、帰ろうか」

 デュカルは目を細めて、ローエに残念そうに話しかけた。

「そういえば、フォグホーンの角、勿体なかったな。ローエ全然手加減しないで全部消し飛ばしちゃったな。魔術で壊れるなんて滅多にないのに」

「弱かった、だけじゃない」

「多分、人類でローエが初めてだよ」

「それは光栄ね」

「さてと、腹も減ったし飯でも食いに行こうぜ」

「私もお腹すいた。あの店でご飯食べたい」

 二人がご飯のやり取りを始めた。ここは霧海の森の奥地。さらに奥に進めば、霧海の森に小さな泉が存在する。その水を採取すれば、この霧海の森を完全攻略したことになる。二人はそんなことに興味すら持たず、迷宮に背を向けて、入り口を目指した。夜空に淡く光る青い月に見守れながら。

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