永遠の血、刹那の肉

あるまじろ

勇者と魔王のおとぎ話

プロローグ

 とある湖のほとりの木陰。

 水面に映る青い空に、緑の草原。自然に囲まれた豊な土地。

 同い年に見える幼い少年と少女が寄り添い、仲良く隣りに座っている。

 少女は湖を見ながら少年に話しをかけた。


「永遠病って知っている?」

「永遠病なにそれ?」

 少女は横に置いてある所々すり切れた茶色い辞典のような本を開いて嬉しそうに少年へ説明を始めた。

「年を取ることも死ぬこともない、不老不死の病。発病する原因は不明で、治癒の方法も不明。特徴は絶対に死なないことだって。ねーね、何か変じゃない?」

「何が変なんだよ」

「病気ってついているところ。これ古い医学書なのに永遠を病気にするなんて」

 少女は本を閉じて、本が置いてあった元の位置に戻した。

「そう言われると不老不死なのに病気っていうのは変だな」

「でしょ。不老不死って私たち人が目指す一つの到達点だと思うの。時間と言う制限から肉体は解放されて、叶わない願いも祈りも望みも無くなる。だって時間が全てを解決してくれるから不可能も可能になるんだよ。これって凄いことよね」

 少年の表情は少し暗い。

「確かに凄いな」

「それをさ、わざわざ病気なんて名前つけるかな。これってなんか不思議じゃない? 本来、不老不死は歓迎すべきでしょ」

「誰かが良くないと思ったから病気にしたんじゃないのか?」

「不老不死や永遠の何が悪いか知っているの?」

「いや、俺には分かんない」

 少女は鼻息を荒く噴き出して、興奮気味に声を荒げた。

「じゃあさ。そしたらやる事は一つよね!」

「お前まさか……」

 また、始まったと言わんばかりに少年は頭を抱えてため息をついた。とても面倒なことに巻き込まれる予感がしていたに違いない。不老不死の話あたりから少年の表情がすぐれていないことも関係しているのだろう。

「これは調べる必要がある。そう、冒険よ!」

「まただよ。これで何度目だ?」

 少年はがっくし肩を落とした。

「えへへ。分からない」

 少女は照れ隠しをしているのか、頭の後ろに手を当てた。少年の方はというと少し怒っている。

「もうこりごりだぞ、クマを見たいって言って冬の山を登って俺だけ遭難したり。ホーンボアの子供を触ってみたいって言って群れに近づいたのはいいものの、俺だけボコボコにされたり。新しい魔術を開発したいと言って俺が案山子になったり。あれもこれも──」

 少年は指を折って数えながら、自分の不幸を少女に説明していた。少女に災難に巻き込まれたにも関わらず説明を続けていると少年の表情は次第に明るくなっていった。その表情を見た少女も嬉しそうに表情を緩める。

「──ああもう沢山ありあがる」

 少年は両手を全部折って、自分の手の中に納まらない数々の災難を知って、すぐに笑顔が消える。それを見た少女は少し申し訳なさそうに、首を下げて少年を下から見つめて尋ねた。

「それで一緒に冒険してくれる?」

 少年は息を整えて、まっすぐ少女を見つめた。

「当たり前だろ相棒。俺も永遠を探す。それで?」

「何?」

「早速行くのか?」

「ううん、今回は違うよ。特別」

 その言葉を聞いた少年は何時もと様子の違う少女の方針に戸惑った。

「どういう風の吹き回しだ? いつもは善は急げとか言って当日にやるだろう。今日だって……」

 少女の顔に冗談とは書かれていなかった。本気の顔で少年と向き合っていた。

「今日じゃないよ、今回は本当に危険なの。だから八年後。私たちが十五になったらこの村を出発して冒険する。それまでに私たちは強くならなくちゃいけない。物理的にも魔術的にも精神的にもね」

「お前が強いからいいじゃんか。大人だって打ち負かす魔術があるんだし」

「それじゃあダメ。あなたも強くならないと」

「分かったよ。でも、あまり期待するなよ。俺の魔術の才能はお世辞を抜きにしてもクソだぜ」

「安心して。強くなるための修行はもちろん私がしてあげる」

「おい……それって嘘だろ」

 少年はそれだけは許せないのだろう。少年の顔は青白くなっていた。少年が思い出す忌々しくも恥ずかしい過去の数々が脳裏によぎる。

「本気よ」

 それを聞いた少年は突如立ち上がる。

「かかしだけは嫌だあああああああ!!!」

 少年は叫ぶと、湖から逃げるように走り出した。

「ちょっと、おい」

 少女が綺麗に飾り付けた丁寧な言葉は消えて、素の彼女の人格が表へと浮き出る。

「くそ、待ちやがれえええええ」

 少女は角が生えた鬼のような形相をして。

「根性なしいいいいい!!!」

 本を横に抱えながら逃げる少年を全力で追いかけた。


 先に逃げた少年が後ろを振り返り、状況を瞬時に確認した。少年はぜえぜえ呼吸をして、その表情には余裕がない。かなり焦った様子をしている。

「やばい、やばい、やばい」

 後ろから追いかけてくる悪魔がものすごい速度で少年を追いかけた。地面からは土煙を巻き上げて、馬のように風を切る。

 少年は必死に足を動かしているがどうやら時間の問題だ。少女の走る速度の方が圧倒的に速い。このままではすぐに少年は捕まってしまうだろう。

 間もなくして、少女は少年に追いついた。肩を無造作に掴み少年の進行方向とは反対に引っ張った。力強さは男にも勝らない。少女の小さい体が生み出す力は少年を容易く引き止めた。不思議な力が働いているなんて疑う余地もなく、少年は諦めて立ち止まる。

「はあ、はあ、はあ、相変わらず早すぎるんだよお前」

「あなたはいつも足が遅いわね」

 息が乱れた少年とは対照的に、少女の方は汗一つ無い涼しい顔をしている。

「う、うるせえよ」

「これも魔術の恩恵ってもんよ。いい加減早く覚えなさい」

「こっちも苦労してんだ」

「あっそう」

 そう言い捨てて、少女は上品に笑った。

 少年は悔しいのか、俯きながら、少女に話し始めた。

「何で不老不死なんだ、どうして永遠なんかを目指す。今まで通りでいいじゃんか。お前の気まぐれで、一日で終わる冒険を続けるのだっていいだろう」

「私は嫌よ」

「何が不満なんだ。別に将来、この村で仲良く魔獣を倒して平和に暮らそうって俺も思っちゃいない。それぞれの道に進むこともあるだろうし。それにおとぎ話みたいな勇者になって魔王を倒す冒険も。どうしてだよ。お前なら勇者になれるだろうし魔王だってきっと見つけられる。魔王を倒せば、この世界で誰からも讃えられ歴史に名を刻める。俺の憧れをお前に託したい。頼む。永遠病なんて訳の分からないもんを探すなんて言わないでくれよ」

 少年は自分の思いを全て言葉にした。少女には素質があり、少年には素質はない。きっとこの少年も憧れの勇者になりたかったのだろう。しかし、少年は残酷なことに憧れだと気づいてしまった。少年は自覚している。実力が誰よりもないことを。生まれつき魔術を使えない少年には、魔獣がうろついている外の世界で生き残るのだけでも苦労する。ましてや、特別な才能や体格にも恵まれているわけでもない。七歳という年齢の問題が大きいかもしれないが、同年代と見比べても今の少年は余りにも弱かった。

「嫌。おとぎ話にも興味ないし、魔王を倒してたたえられたくもないし、歴史に名を刻みたくもない」

 少年の願いを少女は拒否した。少女にも少女の冒険があり、目的があり、信念があった。少年が憧れている夢を託され受け入れるほど、少女は優しくなかった。

「ならどうして、永遠なんて探す?」

「それは決まっているじゃない」

 少女は眉一つ動かさない。少女は掴んでいた手を降ろして、少しの間、

口を閉じた。二人の間にどこか遠くから来た風が吹き込まれる。少女の長い髪がゆらゆらと静かに揺れた。

 黙り込んだ少女を心配した様子で、少年は後ろに振り向いた。

「なんだよ?」

「あなたと永遠を探したいからよ」

 少女は頬を赤くして恥ずかしそうに伝えた。

「そうか」

 少年はそう言われて嬉しそうに笑った。少年の心を動かしたのが何かというのは分からない。分かることは少年は少女と一緒にいる時間と空間を口では嫌と言いつつも、そのやり取りを楽しんでいると言うこと。

「わかった。じゃあ、一つ聞かせてくれ。お前は永遠に何を求めるんだ?」

 少女は少し答えに詰まった。それを隠すようにゆっくり言葉にする。

「永遠にあなたと一緒にいたいから、終わりのない永遠が欲しい。私はそんな永遠を探したい」

 少年の口から指を離し、少女は着ている服を両手で強く握りしめて、絞り出すように呟いた。

「もし寿命が消えて永遠になったらどうする?」

「あなたに終わらせて欲しい」

 その呆気ない少女の物言いに少年の方が戸惑った。

「いいのか? 永遠を望んでいたのに、終わりにして悔いは残らないか?」

「あなたに終わらせてもらうなら、私は抵抗しないよ。それを受け入れる」

「分かった。先に言っとく。俺は永遠が好きじゃない。俺は一瞬が好きだ。だけど、もしお前が永遠になっても安心しろ。俺は一瞬を沢山束ねて永遠にするからいつもまでも付き合ってやるよ」

「良かった、私が永遠に飽きちゃっても安心だね」

 それを聞いた少年は悲しい顔をした。永遠を望む少女の願いを叶えるためには始まりと終わりが必要になる。物事に対して多かれ少なかれ、きっかけはあるもの。人が認識できないものを無なんて呼ばれたりするのだろう。

 永遠に終わりはきっと存在しない。そんな永遠に始まりがないのかと問われたらどうだろうか? もしかしたら始まりはあるかもしれない。そんな始まりがあればきっと——

「ああ。キミの永遠を俺が一瞬で終わりにしてみせる」

 ——終わりも存在するはずだ。

「じゃあ約束」

「ああ約束だ」

「これで私の不安はなくなった。決まったね、相棒」

「残念なことに俺の不安は消えない。まあ考えても仕方ないよな。決まったな相棒。大きくなったら永遠を探す冒険の旅に出よう!」


「うん! 賛成!!!」


 そう言って、二人はハイタッチした。その流れで二人は仲良く手を繋いでいる。そんな二人の背後には大きな湖。この湖で願い事をすると叶うと言う逸話がある。かつておとぎ話の登場人物である勇者と魔王が約束をした場所だ。そんな逸話は時代を重ねるごとに薄れ、かつてあったその名は失われつつある。この湖の名は、永遠と約束の地、エイル。


 そして、この日。少年と少女が交わした永遠の約束が結ばれた。

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