第1話(とある日常)

 俺はしがない元冒険者、モルテ。

 聖国サントクリスの冒険者ギルドで特別教官をしている。

 可愛い後輩達のため、日々冒険者に安全な冒険の仕方、確実な生き残り方を偉そうに教えることを仕事にしている。

 この世界で冒険者は人気の仕事の一つだ。

 凶暴な魔獣を倒せば英雄、神秘的な宝を見つければ億万長者。常に危険と隣り合わせだが、その対価以上に見合う報酬が自分に返って来る。冒険者はそんな夢、希望、期待を膨らませ、この世界の扉を開いて自分の夢を探す。

 かく言う俺も元冒険者の一人だ。

 目的を達成するにはいろいろな方法があるだろう。別に冒険をしたからって、見つかる発見もあれば、見つからない発見もある。

 それでも、俺が探している物は冒険が一番だと思って冒険者を目指した。


 結論から先に言うと、探し物は見つかった。

 だけど、間抜けな俺は探していた物をせっかく見つけたのに、またどこかへ逃してしまう。俺の冒険は終わったようで終わっていない中途半端な野郎だ。

 世界中をこの足で探した。生物がよりつかないような秘境を、神秘で包まれた霊峰を、遥か彼方のように見える天空を旅した。旅をして探しても俺には運も実力も知識も足りなかった。

 足りないなりに一生懸命だった。

 足りない力はまた鍛え、足りない知識は勉強して、足りない実力は経験と時間で補った。その度、見つけては逃し、見つけては逃しの、繰り返し。

 やがて、その状況に疲れてしまった。

 多くのことをやったはずだ。

 伸び悩むまで力を鍛え、頭がパンパンになるまで知識を詰め込み、人生の大半の時間を冒険に注ぎ込んだ。

 ようやく尻尾を掴んだと思えば、俺は知識以外の力と、時間を多く失った。

 悔いがないとは言えない。失ったものは大きく、まともに最前線の冒険を続けることができないと判断した俺は、冒険者業を退くことを決意する。

 俺はそうして、冒険者を辞めた。

 ある日、冒険者ギルドにて辞める意思をその場で伝える。

 それを何処で知ったのか、俺と普段から親しくしてくれた冒険者ギルドのギルド長が顔を出す。この時に俺はある誘いを受けた。

 冒険者ギルドの教官をやってみないかと。

 このまま無職でも良いかと考えていた俺にとっても嬉しい話しだった。

 冒険者を辞めて冒険者にまた関われるとは思いもしなかった。

 俺はもちろん二つ返事でその誘いを承諾した。

 引退しても俺は冒険者を支えようと思った。


 かと言って、引退した元冒険者が第一線にいる冒険者の支えになれるとは限らない。俺の冒険は古い。最先端の冒険が後ろから追い越して行き、常識は年々変わっていく。目的が違えば俺が長年と培った知識は役立つどころか、今の冒険者の足を引っ張る要因になるだろう。

 そんな狭い世界の中で、俺が教えられる情報といえば経験と、冒険の取り組み方だけ。取り組み方に関しては、時代が変わろうが子供やろうが変わらないと俺は思っている。万人ができて、不変だからこそ、時代に取り残されてなお冒険者の礎として強固な立場を守っている。

 昔の流行った冒険の記憶を思い出す。

 この世界には、子供から大人までみんなが知っている有名なおとぎ話がある。

 勇者と魔王のおとぎ話だ。

 それは魔王によって支配された世界を人間の勇者が取り戻す物語。

 魔王の出現によって人間は滅亡の危機に陥る。そんな時に立ち上がったのは一人の勇者。白く光る剣を天に掲げて、人間の世界に平和と繁栄を手に入れるために約束をする。

 勇者は人々の希望。様々な苦難を仲間や弱き者達と共に乗り越えて、諸悪の根源である魔王を打ち倒す。

 そして、世界に平和が訪れ、物語は幕を閉じる。


 空想の話だって誰もが知っている。

 だけど、それは本当だろうか?

 この世界で本当にそれは起こり得ないことなのだろうか。

 長くこの世に君臨する伝説の怪物がいて、物理のような固有の法則を持つ魔術があって、誰もが知らない見たこともないような神秘がこの世界には存在する。

 そんな浪漫に満ちたこの世界に勇者と魔王を探さず、果たしてこの世界を本当の意味で楽しむことは出来るのだろうか。

 そんな、おとぎ話をきっかけにこの世界の真実を求めて、冒険者は冒険を始めた。

 もしかしたら、諸悪の根源の魔王が存在するかもしれない。

 もしかしたら、魔王と戦えるかもしれない。

 そして勝てたら、自分も伝説の勇者になれるかもしれない。

 大きな憧れを冒険者は抱くようになった。


 自分の代で達成できなければ子に。

 その子が大人になって、達成できなければ、次の子に。

 そうやって、思いを託してきた。

 何代にも続く壮大な計画は、勇者と魔王の冒険を続ける大きな仕組みとなる。

 年齢を超えて、世代を超えて、時代を超えて、大人から子供へ。何時までも永遠に繰り返す。

 勇者と魔王の物語に終わりはない。

 伝説は語り継がれる。

 永遠に。

 永遠に。

 永遠に。


 そうなるはずだった。

 

 ある時、突然。勇者と魔王は冒険の当り前から消えていた。

 冒険に行った誰もが勇者と魔王を見つけることは叶わなかった。

 冒険者は真実に辿り着く。かつての冒険者は、隅々まで世界を探したのだろう。それで見つからなかった。

 語り継ぐ人は徐々に減り、多くの人が勇者と魔王は存在しないと口をそろえて語るようになった。

 次第に冒険者は勇者と魔王を求めなくなり、興味をなくし、否定した。

 永遠に続くとされるおとぎ話は皮肉にも、望まぬ展開でめでたくこの世から閉じられたのだった。

 かろうじて残ったのは、勇者と魔王のおとぎ話が描かれた絵本のみ。

 時代の流れに抗うことは出来ず、勇者と魔王を目指す冒険は人々の情熱から自然に消えていった。


 そんな否定された、勇者と魔王を俺は引退する前に、偶然見つけてしまった。

 勇者は存在して、魔王も実在する。

 俺が見つけた大事な物には逃げられてしまうが、その代わりに冒険の途中で勇者の痕跡と魔王を見つけた。

 魔王に関して言えば、会話もしたし、戦いもした。勝ち負けで決められるなら俺は魔王に勝ったことだってある。

 勇者に関しては、一言。残念な結果だった。やはりと言うべきか、勇者の素質は一欠けらも無かったからだ。

 一つ大きな収穫として、魔王を倒さなくても勇者になれることを知れたのは良かったのかもしれない。なれない俺が知っていても宝の持ち腐れ感は否めない。だから誰かに知って欲しかった。

 誰にも見つけられなかった勇者と魔王を見つけて調子にものった。若かった俺は、皆に自慢したくなって言い振らした。


 俺は狂ったように冒険者ギルドで叫んだ。

『勇者も魔王も存在する!』


 だけど、言っても信じてもらえなかった。

 今更、俺一人世間に広めたところで、いないと根付いたものを変えられる気はしなかった。だからかもしれない。仲が良かったり深い交流があった人

にだけ勇者と魔王のことについて自然に伝えることが出来た。その中でも信じてくれた人はさらに少ない。

 本当に少数の人たちだけが現実の勇者と魔王を認知していて、信じている。

 それで良かったのか、悪かったのか、分からない。

 しかし、今の現状を見る限り、決して良いとは断言できないだろう。

 

「はあ」

 俺は深くため息をつく。


 勇者と魔王が否定された現在。

 近代の冒険はというと、ダンジョンと呼ばれる迷宮から宝を手に入れることや、この世界にある神秘の絶景を探すことだったたり、名のある危険な魔獣や魔人を倒すこと等、誰もしたことがないことを目的とする冒険者が増えた。

 特に魔獣の討伐は、周辺地域の治安維持のため積極的にクエストとして冒険者ギルドが張り出している。討伐クエストは冒険者にとって人気の仕事の一つ。周辺の地域に派遣される安全な道のり。報酬も悪くはなく、贅沢をしないのであれば、一般的な生活を送ることが出来る。

 危険を冒す冒険は減り、より安全を求める冒険が主流の今。

 冒険は専門的から定型的に。冒険の基本となる部分は、かなり一般化された。同じ方法で冒険をすれば成功したようなもんだ。相当、運が悪くない限り失敗などない。

 冒険には沢山の危険がつきものだったが、経験、情報、道具の発展によって、時が経てば、経つほど便利に手軽に行けるようになった。

 古き良き勇者と魔王を目指す冒険があったのは間違いない。廃れて行くのは寂しい。だけど、新しい時代の冒険者のあり方を俺は悪くないと思っている。

 俺にとって刺激が少なくて、退屈な冒険ってだけで、時代は進んでいる。なんだかんだ言って、今が安定していて一番良い時代なのかもしれない。

 冒険者に関係する仕事はついさっき安定と言ったのにも関わらず、俺はというと暇を持て余していた。

 俺が現役で冒険をしていた時には、まだ僅かに勇者と魔王の浪漫を求める冒険者はいた。馬鹿にされながらも、後ろ指を刺されても、勇者と魔王を目指す強い心を持った人達。

 だが、今ではその影も見えない。

 まっさらになってしまった。こんな時代を想像出来なかった自分を恥じる。

 日に日に仕事は減り、今ではほとんど仕事をしていない。


 冒険者ギルドの一角。今の時間は、お昼休憩の時間。普段は沢山の人で賑わっている冒険者ギルドだが、この時間帯だけ唯一静かになる瞬間だ。休憩時間に俺はギルドの受付カウンターで、額を机に押しつけ、だらしない格好でぐったりしている。

「はあ」

 俺は深くため息をついた。

 暇だ。

 仕事がない。

「モルテさん今日もここにいるの?」

「仕事がないからな」

 俺は顔をつけたまま、話しかけてくれた受付嬢に素っ気なく対応する。

 冒険者ギルド内には俺と受付嬢の二人だけ。他のみんなは、絶賛お昼休憩。話しかけてくれた受付嬢が毎回お昼番をしている。冒険者ギルドの制服を着こなす俺担当の受付嬢。

「それに人気も無いですもんね」

 成果はあるはずなのに、誰も見向きもしない。需要が無いというのはとても辛い状況だ。

「仕事、斡旋してくれない?」

「駄目です。たまには自分から売り込みもして下さい」

「ちぇ」

 意地悪。

 舌打ちして、心の中で愚痴を吐く。


 俺にとって、今日も変わらない日常が始まろうとしている。

 このやりとりを何度しただろうか。

 十、百、千、万はそろそろ超えてそうだな。

 曖昧な記憶を頼りに、ざっくり計算する。

 この有様の通り、俺の冒険者としての価値は低い。勇者と魔王を目指す時代なら、と思うこともあるが、そんな時代になっても自分が活躍できるかは時の運。

 自分でも分かっている。

 ある事情のせいで、俺は生物の命に干渉出来ない。

 自分が追い求め続けた冒険をして、数十年以上。いつの間にか、勇者と魔王を専門にしていた。勇者と魔王について沢山の知識を持っている。

 力もつけた。

 運命だって、この世の理だって、無視することのできる強大な力を持っている。

 ただし、条件付き。勇者と魔王にしか使えない。


 魔獣も殺せず、力も満足に発揮することも出来ない。

 これでは、冒険者の教官として人気が出ないのも当然。

 時代は魔獣討伐。

 俺の専門は勇者と魔王。

 現代の冒険者が俺を頼ることはまずない。

 試しに、沢山の冒険者に営業をしてみたところ、全て断られた。誰にも相手にされず、誰も勇者と魔王に興味を示さなかった。

 その瞬間が忘れられない。時代に置いていかれた自分に孤独を感じた。新しさを求めていたはずなのに、いつの間にか自分が古い方に立っているなんて想像もつかなかった。同じ人なのに周りから見えない壁を見た気さえした。

 そんな、俺の状況を見かねた冒険者ギルドの支部長に救いの手を差し伸べられる。支部長の好意で、他の教官が担当している講習のお手伝いをする仕事を割り振ってもらった。

 きっと、上手くいくだろうと、最初は思っていた。

 だけど、そう言う時に限って上手くはいかない。俺は必ず何かの問題を引き起こした。

 大事な道具を壊したり、食料を確保できなかったり、無駄に魔獣を刺激したり、複数の冒険者が集まっても敵わないような魔人が現れたり、災難だらけだ。

 冒険者はもちろん、同じギルドの教官からも嫌われ、「厄病神」なんてあだ名で呼ばれている。

 もし、運という物があるであれば、すがり付く思いだ。だが、そんな運に頼ったりなんかしない。

 運はもうとっくのとうに使い果たした。現在は絶賛返済中のこの体。

 もがけば、もがくほど嫌な方向に進む。それならいっそのこと何もしない。そうやって過ごすのが俺に許された日々の過ごし方のように感じた。

 ただ、生きている。まるで死んでいるように。

 生きている理由を見失いそうになることは沢山ある。それでも、相棒と交わした約束のために俺は我慢する。


 繰り返し、自問自答する。


 いつまで我慢すれば良いのか?

 約束を果たすまで。


 いつまで待てば良いのか?

 約束を果たすまで。


 本当にこのままで良いのか?

 約束を果たすまで。

 決まって俺はこう答える。


 一つの約束を果たすために、今もこうして無様に生きている。


 はあ。

 そうは言っても暇は暇だ。俺にだって自分が決めた約束の時までの暇を潰す楽しみが欲しい。いい加減、暇を通り越してそろそろ無に片足をつこんでいる。

 この平和な世界は、人にとって歓迎すべき大切な日常だ。でも、俺にとっては退屈である。

 退屈な毎日から抜け出せるなら、何でもいい。

 あーあー。

 次の勇者が現れてくれないかなー。

 今の魔王が襲ってきてくれないかなー。

 現実には絶対に起こりえない。まして、俺の欲望が満たされてしまう願いなんて、なおさら神様に届くことはないだろう。


 さて、気持ちを切り替えて、今日をぶらぶら彷徨うと行きますか。


「行く」

「帰るの?」

「ああ」

 俺は立ち上がって、冒険者ギルドの外に向かって歩き出そうとした。

 すると、こんな時間には珍しくギルドの扉が勢いよく開かれた。

 そこには一人の可愛らしい女の子が立っている。見た目は少し幼い。赤色の瞳に肩まである茶色い髪。

 俺はその場に立ち止まり、女の子の格好を見る。

 綺麗な靴に、黒いレギンス。白い花の刺繍が入った茶色のスカートと上着。

 何処かの制服に見える。学園の生徒だろうか。

 休憩時間中にお客さんが入ってくることはたまにあるが、それでも珍しい。

「はあ、はあ、はあ」

 彼女の息はかなり上がっている。自分を落ち着かせるためか、深く息を吸って吐き出した。

「ご、ごめんくださーい」

「どうしたんですか?」

 受付嬢がギルドに入って来た女の子に要件を聞く。

 女の子は周りをキョロキョロ見回して、受付嬢がいるカウンターに迷わず向かった。

 女の子に見覚えはない、初対面だ。

 俺には関係ない。何もしないのが正しい選択。

 俺は女の子と入れ替わるように、ギルドを後にしようとすれ違った瞬間。

 

「モルテさんはいらっしゃいますでしょうか?」


 俺は再び立ち止まった。女の子が俺の名前を呼んだ。聞き間違いじゃない。自分の顔を指でつねって見てもこれは現実だろう。自分の名前を聞き間違えるほど耳は悪くなってない。こんなに疑い深くなったのはきっと年のせいだな。


「今日は天地でもひっくり返るのかしら。モルテさん、珍しくご指名ですよ!」

 受付嬢が勢いよく両手を叩く。甲高く聞こえた音は伸びもせずその場に静かに落ちる。

 本当に珍しい。

 受付嬢がこの人になってから初めてな気がする。 

 女の子が振り返る。女の子が俺の顔をじっくり見つめてきた。その視線につられて俺も見つめ返すと目が合った。お互い口を閉じたまま。女の子から話す気はなさそうだ。

 このまま見つめ合っていても埒があかない。俺から話を進めることにした。

「初めまして、俺がモルテだ。ご用件は?」

「私はローエといいます。魔術都市ヘクセレンにある学園の生徒です。早速なんですけど、私に冒険を教えてください」

 迷いのないまっすぐな瞳。俺を見る瞳に力強さを感じる。

「冒険を教えるのはいいが、どうして俺なんだ?」

「学園長から聞きました。勇者と魔王に詳しく、永遠を知っている数少ない人物。永遠を知るのであれば、あなたしかいないと教えられました」

 永遠とはまた珍しい。永遠を目的としている冒険者とは片手で数えられる人数しか出会ったことはない。最近になって出会うことはおろか、その名前すら聞かない。永遠を探す物好きが俺達以外にいるとは変わった女の子だ。

 かつての俺達を思い出す。俺達も冒険者になるきっかけは、永遠だった。それと同じ目的の女の子が近くはない場所から、わざわざ俺に会いに来て直接依頼をしてくれたんだ。断る理由はない。が、純粋に永遠を探す冒険をしたいのか真意は不明だ。

 文句はいつでも言える。機会がいつも来るとは限らない。この何もない日常から抜け出せるなら、学園の生徒だろうが誰でもいい。

「いいだろう。君が望む永遠のお手伝いをしよう」

 それを聞いた受付嬢の表情がぱっとが明るくなる。

「それでは、契約書を用意しますので、少々ここでお待ちください」

 受付嬢が話を進める。

「はい」

「あと、冒険者カードを提出していただけませんか?」

 受付嬢が身分証にもなる冒険者カードの提出を求めると女の子が俯いて、恥ずかしそうに、もじもじと指を動かし始めた。

「それが、私。持っていません。冒険者カードの作成もお願いしたいです」

「あら、そしたら実力を見る試験も必要ですね。今試験を担当の人は出払っているのでまた後日に来ることは出来ますか?」

「モルテさんに試験を見てもらうことは出来ませんか?」

 受付嬢の提案を拒否するように、ローエは違う提案をする。せっかちなのか少し急いでいるように見える。

「少し心配ですが可能です。そしたら早速試験を始めましょう。ローエさん試験場がある部屋まで案内するので私の後をついてきてください。モルテさんもですよ」

 受付嬢は仕方ないという感じで、渋々認めた。

 俺とローエは受付嬢の後ろをついて行き、ギルドの奥に併設されている試験会場に向かった。


 受付嬢とローエ、そして俺の順にギルドの廊下を歩く。

 場なれしている受付嬢は歩いている途中、ローエに今回の試験について簡単な説明を始めた。

「ローエさんギルドの試験は主に二つです。魔術の適性を見る試験と実戦を想定した実技試験となります。魔術の方は道具を使って世界基準の魔素の能力表に則り九段階で評価します。実技の方は、モルテさんと戦ってもらいます。モルテさんがローエさんのことを冒険者としてどのくらい力があるのか評価します。こちらは残念ながら明確な基準はありません。モルテさんと冒険者ギルドの規則に準じて、評価をしますのであらかじめご了承ください」

「魔術の方は知っているので大丈夫です。実技の方は分かりました。精一杯頑張ります」

「いい心がけですね。私もローエさんにとって満足のいく結果を期待しています」

 そうして、二人の会話は終わった。

 

 俺はここで今回の試験のことについて少し自分でも整理することにした。復習することで自分の理解を深めることが目的だ。細かい事は忘れているかもしれないが、思い出すという行為そのものに意味はあるはず。とはいえ、俺が実際に試験したり、誰かに直接説明するわけでもないのに思い出すことが無意味なことに気づく。なんか寂しい気持ちになった。

 俺もそれっぽいことしたいな。と羨ましそうに受付嬢を見つめる。

 でも、思い出そうとしている俺も俺だ。折角思い出そうとして思い出した記憶を無駄にしたくない。一人寂しく俺は自分の世界に入り込んだ。


 試験の項目は受付嬢が言った通り魔術の適正と実技の確認だ。

 魔術の適正の確認は二つ。魔素マナの属性。魔素の変換効率。

 それぞれ二つの水晶を使って調べる。

 一つは魔素の属性。

 ワンド(赤)、ペンタクル(黄)、ソード(緑)、カップ(青)の四種類。ワンドは火、ペンタクルは土、ソードは風、カップは水、といった具合に操れる属性が異なる。それぞれ操れる物が異なるため、基本的に初心者の冒険を見る場合は、同じ属性の教官が担当につくことが多い。最近の研究で、若手育成には、属性の合うもの同士で修行をするのが効率的らしい。そうすることにより、覚えていない魔術をすぐに習得して、短い期間で一人前の冒険者に出来るようだ。魔獣討伐を目指す冒険者にとって魔術は商売道具。自分の属性を知っていて損はない。


 二つ目は息を吐いた時に出る錬素レナの量を測る。

 九段階に区別され、数字が大きければ大きいほど、魔術の才能が高い。その数字は冒険者カードの色に反映されるほど重要な能力。

 色は次の通りで示される。

 ホワイトブラックブルーグリーンイエローミルキーホワイトレッドパールホワイトパープル

 至極個人的な意見だが、白が見づらいのが悩みの種である。

 

 魔術を使うためには魔素が必要不可欠。

 空気中には魔素が含まれており、それを吸い込むことで体内に魔素を蓄積する。その際、体の中では魔化という現象が起こり、錬素という物質が生まれる。この錬素は息と一緒に吐き出されため、体には蓄積しない。

 一度の呼吸で錬素が大量に吐き出されれば、体に大量に魔素が取り込まれた事になる。それだけ、魔術に使える魔素が多い証拠だ。基本的に魔術を使うには、体内の魔素を使う。変換効率は魔術を使う者の生命線。変換できる魔素が多ければ多いほど、使える魔術の回数は増え、魔術の威力も上がる。基本的に魔術は魔素を込めれば込めるほど強い魔術が使える。


 魔術の試験が終われば次は実技の試験。実技の内容はと言うと、その人の持つ純粋な戦闘力を見る。戦い方、武器の使い方、魔術の使い方、様々な側面から総合して評価される。

 特に魔術の場合は、魔術の適正が分かるだけで、どの程度、魔術が使えるのかという情報が不足してしまいがちだ。加えて魔術に適性のない人が魔術だけで評価されてしまうとその才能を存分に引き出せず、能力を正当に評価できない可能性もある。

 魔術でも、錬術でも、何でも良い。才能があって強ければ文句はない。そういう強い奴が目的を達成し、最後まで生き残れる世界。良くも悪くも実力が全て。

 一応簡単に魔術と錬術の評価基準を紹介しておくと、現代魔術であれば、十種類ある魔術をどこまで使いこなし、どれだけ使えるか。

 錬術であれば、何かしらの武術、錬術といった体や武器を使った特殊な技をどこまで使いこなし、どれだけ使えるか。

 それら二つの技術が完成されていれば完成されているほど、冒険者として高い評価を得ることが出来る。そして、何より強さとして対等に見られる指標にもなる。

 こうして、魔術と実技の試験を踏まえて、冒険者として仮の評価が設定される。


 それと、俺の持論として、魔素の性質、錬素の性質を実戦に応用できている者であればかなりの実力者だ。単純な強さというよりも技術力と言った方が正確かもしれない。昔はよく使われていたが、最近はあまり見かけなくなった。使うのには多少のコツと時間が必要になるため、魔術や錬術と比べると習得するのは難しい。

 習得すれば、厳しい環境に適用し、強大な魔獣を難なく対処することだって可能だ。性質一つを理解し、自由自在に操作することが出来れば、理論上この世界で行けない場所は存在しない。もし、それを目の前で見せられれば、俺は試験を途中で投げ出し、即座にやめさせて、最高評価を文句なく与える。

 俺のお墨付き。不要かもしれないが、俺の推薦状も加えちゃう。


 ちなみに、実技の試験には、魔術の試験とは違い、担当するにあたり許可証が必要だったりする。最低でも一人なら、この世界を生き残る力を持っていることが必要条件だ。そのため、実技の試験を担当できる職員には数に限りがある。そういう職員に限って、冒険者からの人気も高い。

 まあ、例外はいる。勿論。

 人気はない俺でも一応は、実技の免許資格を手に入れた。

 なので、彼女の試験官を担当することは可能である。心配があるとすれば、これが初めてだってことだけ。


 よし満足した。いらない情報を思い出すくらい頭の回転に問題はなし。これでしばらく思い出す必要もない。いつの日か試験官らしいことも経験したいものだ。

 頭の体操が終わったのと同時に、受付嬢が魔術の試験部屋の前に立ち止まった。

「ローエさんこちらです。先に魔術の適性を見ましょう。ささ、部屋の中に入って」

「はい、よろしくお願いします」

 ローエは元気よく返事して、受付嬢よりも先に部屋に入った。

「モルテさんも準備しておいてください」

「おう、念入りに準備運動しとくよ。外の実技試験場で待ってる」

「では、お願いしますね」

 そう言って、受付嬢が部屋に入ると同時に静かにドアを閉めた。俺は一人になってゆっくりと実技場へ向かった。

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