第105話 僕の中の猫が言う
ところでもし君が、チェス盤の上で完全に行く場所をなくして、もう仕留められるだけになっていたらどうする……? 諦めるしかない状況だ。でももし、君にどうしても守らなくちゃいけない家族がいて、諦めることもまた選択肢になかったなら……?
ずっと前から僕はこの身動き取れない状況のなかで息を殺していて、ほんとうを言うと毎晩のようにうなされていた。
採掘仕事で少しは体力もついたけれど、『センター』に支配されたこの世界で『センター』に刃向かうことは無謀なんてものじゃなかった。僕になにかあればリングが『犬』を呼ぶ。それは、僕を『始末』するためもあるけれど、僕を助けるような人間がいるとしたら、その人たちも巻き込むということだ。
『センター』の構築したシステムはじつによくできていた。
珠々さんの話を聞いたとき、万事休すと思われた。ところが思いがけない思考のすき間から、僕のあたまの中に『猫』がにゅっと現れたのさ。何を言っているかと思うだろうけど、君がもし猫を飼っているなら分かるだろう……。
猫の中に人間がいるのか、人間の中に猫がいるのか、ともかく自分たちがよく似た存在だって感じるときがさ。
それで、ともかく僕の中の猫はそのにっちもさっちもいかないチェス盤を見据えると、(まあ予想はつくだろうけど)気に食わないとばかりに盤上の駒をすべてなぎ払った。
それで、僕は自分の中の猫に従うことにした。意味が分からないって? つまり、『センター』がこのチェス盤を支配するルールなら、チェス盤を僕は去ることにした。
ただ、この計画を成功させるには、池田さんたちにだけは話しておかなくちゃいけない。僕がさいしょにこの話を打ち明けたとき、上川さんの反応は予想外に激しかった。
「そいつは無理だ、亘平。いくらなんでも」
「だけど上川さん、僕にはこれしか残されていないんです。生半可なことじゃ『センター』は追手をゆるめない」
「だけどおまえ……、この計画じゃ生きるか死ぬか五分五分だぜ……」
僕は頷いた。もう覚悟は決まっていた。
「あと、僕は会わなきゃいけない人がいる。作業を半日ぬけさせてください」
下田さんが言った。
「亘平、作業を抜けたついでに消えちまうってのはどうなんだ」
これには池田さんが首を振った。
「だめだな。亘平の言うとおりだ。この計画の通りじゃねえと、どのみち『犬』が起動するようになっている」
「池田さん、すみません、巻き込んでしまって……」
池田さんは首を振った。
「俺たちは何も知らねえよ。夜中、グースカ寝てる間に起ったことさ。それより、親父さんに会いに行くんだろう、ちゃんと挨拶していけよ」
僕は頷いた。父にはもう会えないかもしれない。そして、最後に母のことを聞いておくつもりだった
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