第52話 疾走-1
「ぱっぱにゅ」
僕は大きく息をした。
「大丈夫だよ……ジーナ、大丈夫」
まったく、大の大人が夢の中で泣くなんて!
ジーナは僕を心配そうに見つめていた。さいきん資料室にばかり行って帰りも遅かった罪悪感もあって、僕はこう言った。
「ジーナ、たまには遥さんのところに遊びに行こうか」
それを聞いて、ジーナは嬉しそうに尻尾をぴんと立てた。猫はいつだって狭いごちゃごちゃしたところが好きだものね。僕はもう会社もいっそサボってしまおうと決心して、会社に連絡を入れた。
確かに僕はうだつのあがらないサラリーマンだけど、体だけは丈夫だったから会社を意図的にサボタージュしたことはなかった。たぶん、会社ではいろいろ言われたと思うよ。でも知ったこっちゃなかった。
遥さんのジャンクヤードにつくと、遥さんもたまたま自分のヤードでこもりきりの仕事にかかっているところだった。平日に僕が来たことに遥さんは驚いたようだけど、ジーナが一緒だと知って喜んだ。
「なんて顔だい、亘平。お化けだってもうちょっと陽気な顔してるよ。ジーナはあたしが預かるから、ちょっとほっついといでよ」
僕はしばらく考えて、こう言った。
「じゃあ……バイクを借りられるかな」
遥さんは何も言わずに僕の肩を叩いた。僕は遥さんからバイクを借りると、久しぶりに独りきりで地上に向かった。そして地上は、あいにくの天候だった。
防護服を着ていても響いてくる、強い風の音。
地上には地下からの水がしみ出し、怪物の爪痕のように赤い丘陵に黒い筋が浮かんでいる。僕はバイクにまたがると、エンジンをかけた。目的地は特になかった。
遥さんによってオフロード用の整備がされていたから、ジャイロセンサーは正確で、僕は風にもびくともせずだんだんとスピードを上げた。防護服が皮膚の上ではためいた。
ソテツの灌木は影のように赤い大地に飛び、峡谷の上にはいびつな二つの白い月が張り付いたように動かなかった。僕はエンジンをマックスでふかした。
「怜さんをあきらめられるのか?」
僕は風の中に土煙を立てる大地に向かってさけんだ。
そうだ、僕は怜が好きだった。
たぶんあの砂漠で、いちばんはじめに会ったときから。
「まだ始まってすらいるもんか!」
僕はもう一度さけんだ。
諦められるはずなんかない。実際はなにも始まっちゃいないのだ。そうだ、僕は怜に出会うまで、自分が生きていることすら知らなかった。
僕にとって、なにもかもが始まったばかりだった。だから諦めることなどできなかったのだ、あれが誰からの物だろうと、怜が『はじめの人たち』だろうと、そうでなかろうと。
途中からむらさき色の空が赤黒くなり、嵐の到来を告げていた。
僕は自分の運をかけるみたいに猛スピードで赤い谷を駆け抜けた。
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