第50話 於母影-1
どんなに時間が流れても、『はじめの人たち』を『センター』が赦すことはない。僕はそれを知った。
僕が怜をどんなに好きでも、そして万が一……怜も同じ気持ちを持ってくれたとしても……火星で怜と一緒に暮らすことはできないだろう。
僕と、ジーナと、怜と。
……僕はとんだ甘ちゃんだ。
そしてその日に限って、『かわます亭』には全員が勢ぞろいしているのだからね。僕が『かわます亭』に入っていったとき、鳴子(なるこ)さんがまず僕をうれしそうに呼びよせた。
「亘平! 久しぶりじゃないか! あたしがいなかった間、寂しかったんだろう? ちょいと遠出しててね」
僕は彼らに避けられてはいなかったわけだ。
そこには遥(はるか)さんも仁(じん)さんもいて、こんな日に限って怜もいた。どんなに会いたいと思ったかわからない顔を見て、僕の胸は痛んだ。
僕のその顔を見て、鳴子さんがこう言った。
「どうしたんだい、えらく顔色が悪いじゃないか。腹でも壊したのかい」
怜はこういうとき、やっぱりカンが鋭かった。なにを思ったのか、いつになく真剣な顔で、僕の目をまっすぐ見返した。
「今日はみんなにあいさつに寄っただけで……怜……怜さんにも会えてよかった」
僕はようやくの思いでそう言った。けれど遥さんは問答無用で僕の手にグラスをねじ込んで、仁さんを親指で指さしながら言った。
「じゃあなんだい、あんたはこの子の話を聞いていかないのかい? このバカ息子が女にフラれたっていうのに、友達がいのないヤツだねぇ……!」
「それをいうな、それを!」
仁さんは半分泣きながら突っ伏してテーブルをこぶしで叩き、鳴子さんは僕を引っ張ってこう耳打ちした。
「怜と気まずいのはわかるが、あまりのめり込んじゃ、成るもんも成らないよ亘平。女ごころってのは少し冷たい風の方がなびくってもんさ」
つまり、鳴子さんたちはジーナが怜に「ぱっぱは『とき』の方が好きにゅ!」と言ったあの時のことを、僕が気に病んでいると思っているのだ。
……そして、よく考えれば気に病んで当然だ。どうして僕は怜にフラれる可能性を考えもせず……
とそこで遥さんが
「江里(えり)さんはもう戻っちゃ来ないんだからしっかりおし! 酔っぱらって患者を診たってあたしゃ恥ずかしくて開拓団に顔向けできないよ! このバカ息子が」
と仁さんの頭を平手でひっぱたいたので、僕の考えは途中からすっとんだ。
こういうときの遥さんたちは実に情け容赦もデリカシーもない。
そして僕は一瞬だけ、ほんとにこの一瞬だけ自分に母親がいないことに感謝した。
そのあいだ、怜は少し離れて僕たちをじっと見ていた。いつもなら笑みを浮かべて開拓団のやり取りを楽しんでいる風なのに、今日は何かを考えているように真剣な顔だった。
僕はずっとこのまま怜が僕に話しかけないでくれるように願った。
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