第49話 隔たり-5(この回には残酷、あるいは不快になる可能性のあるシーンが含まれます)
そして、僕がそのデータにアクセスできたのは本当に偶然だった。おそらくシステムの穴だったと思う。
珠々(すず)さんの『センター』付きトークンが二重に読み取られ、次に僕の二級アクセス権が書き込まれたことで、システムは僕がふだん読むことのできない『はじめの人たち』についてのファイルを表示したのだ。
(まさか槙田さんがうっかりしたとは思わないけど、たしかにこのファイルが見られたのはこの一度きりだ)
そしてこのとき、僕が目にしたのは普段は目にすることのできない二つの資料だった。つまり、『センター』がひた隠しにしてきた『はじめの人たち』に関する資料と、もう一つは僕たち社員にすら知らせられない、イリジウムの用途。
まずイリジウムに関して言うなら、僕たちが知っていたのは金属の耐熱温度を上げるということだった。それは宇宙船の大気圏突入のために必要だと思われたし、僕たちがあくせくと日々掘り返しているものが、『センター』にとって重要だということは、僕たちの会社にとって大きな誇りだった。
けれど、僕が知ったのは、それはほとんどが武器(前も言ったけど、レーザー銃の部品になっていた。それを知ったのがこのときの資料だ)に使用されているという事だった。そしてそれは……うっすらとオテロウの言った生産倍増計画を思い出させた。
けれどその違和感は、『はじめの人たち』の資料を見つけたことで頭の隅に追いやられた。そこで見た『はじめの人たち』の歴史は、僕の知っていたものではなかった。僕が知っていたのは、『はじめの人たち』は環境が悪化する地球と他の人々を捨てたエリートだったということだ。けれどそこに書かれていたのは、もっと残酷な事実だった。
『はじめの人たち』は自分たちを生き残るべき優れた人々として考えていた。だから、地球を劣った者たちに残していく気はなかった。彼らは自分たち以外を滅ぼし、そして火星から短期間で回復した地球へと戻ってくるつもりだったんだ。
彼らが使ったのは20世紀にソ連とアメリカが大量に配備した核爆弾たちだ。それを使って、自分たちが安全圏に脱出したのと同時に、『全世界を攻撃する』プログラムを組んでいた。
彼らは容赦なかった。攻撃目標には国際宇宙ステーションも、月探査基地も含まれていた。ステーションの飛行士たちは、爆発というよりも空気を失って亡くなったし、地上の人々は閃光によって地上でも起きていることが宇宙でも起こっていることを知った。
資料の中には地上の人々を写したものもあった。熱傷で焼けこげ、服なのか垂れ下がった皮膚なのかわからないものを身に着けて道に横たわる人、爆風で跡形もなくなった建物、そして弟を抱えて泣く少女の姿があった。
一方で、都市は中性子爆弾によって攻撃され、建物はきれいなままだった。中の人間たちだけが失われた。地球に戻ったときに自分たちが利用するためだ。
僕はもう、資料画像のいくつかをまともに見ることができなかった。
そしていつの間にか、自分の頬が濡れていることに気が付いた。怜が『はじめの人たち』じゃないことを、初めて心から祈った。
『はじめの人たち』は裏切り者じゃない。もっとひどい敵だった。
『火星開拓団』が火星についたとき、なぜ『はじめの人たち』と激しい戦争になり、地球政府も『開拓団』を応援したのか、はじめて心で理解した。
そしてそのときに地球を救ったのが温暖化解析のために開発中だったAIホサナだ。ホサナは『はじめの人たち』が仕掛けた攻撃プログラムを途中から解除することに成功した。けれどそのときまでに地球上の半分の都市が灰燼かいじんに帰していた。
次にホサナが下した判断は皮肉にも、核廃棄物を埋めるための施設を人間のシェルターにすることだった。ホサナはそして、地下抗で人間が長く生き延びるための農工業の手法を生み出した。(それをいまでも火星で僕たちが使っているってわけだ)
資料の中には、『開拓団』と『はじめの人たち』の戦争の様子も保存されていた。そしてそうだ、『はじめの人たち』は地上で宇宙線防護服を身に着けていなかった。
彼らは火星で特殊な金属紗を宇宙線防護服がわりに生み出していた。それはあのとき……怜(とき)が身に着けていた銀色の布だった。彼らは長い『地球政府センター』、『開拓団』との戦いをへて、カセイ峡谷へと追いやられていた。
そして、つまり、怜は『はじめの人々』だった。
怜の笑顔が浮かんだ。
運命とはなんて残酷なことをするのだろう。
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