第12話 ジーナと遥さんの話

 そういうわけで、遥さんは翻訳機をジャンクヤードで分解して、必要な部品をメモに残した。

 そこからは僕の役目で、僕は会社から使えそうな壊れた部品をかき集めては、それを遥さんのところに持って行った。


 遥さんの家は開拓団地域のど真ん中で、荒くれ者どもの多い地域だった。

 センターから僕なんかより相当いい給料ももらっていたと思うのに、遥さんは生まれた場所を引っ越すことはなかったようだ。

 その地域の学校なんかにも寄付をしているみたいだったよ。

 遥さんはその地域の中ではがんばって勉強してセンターのメカニックになったけど、自分が占い師になれなったことをすごく残念がっているようだった。


「鳴子には占いの才能があったけれど、私にはそういう能力がさっぱりなかったんだよ。しかたないから、好きな機械いじりを夢中でやったのさ」


 そして、遥さんに占いの才能がなかったおかげで、僕とジーナは3か月かけて翻訳機を作ることができた。

 けれど、さいごのさいごでちょっとした問題が起きた。

 翻訳機には、音の周波数をアルファベットに変換するプログラムが必要だったんだけど、それを壊れた翻訳機から手に入れたんだ。


 すべての音節の中にmyやnyが混じることになった。それじゃ翻訳機にはならないから、壊れたプログラムの中を自分なりにきれいにしたんだけど、それでも語尾にバグが残って、どうしても取り除くことができなかった。

 それで、ジーナがはじめて翻訳機を通して僕にいった言葉はこれだった。


「おあんにゅ」


 これはまったく『教育』がはじまっていないときのだけど、たぶん、猫好きならこれで十分に通じるはずだ。

「ごはん」ってことだね。


 ……ジーナと離ればなれになってから、ジーナのことを話すのはつらかったけれど、君には話そうと思う。

 だって、君には僕を助けてもらわなくちゃいけないんだ。


 センターから子猫を預かると、センターはその家族をシールド地域の家に住まわせる。

 シールド地域ってのは、地上で地球とほぼ同じ生活ができる地域ってことだ。

 火星はまだ大気が薄くて、オゾン層がほとんどできていない。

 オゾン層のない惑星にとって、太陽は死の星だよ。紫外線が命を脅かすんだ。

 そして、薄い大気のなかでは宇宙線も弱まることがない。人間が生きていくにはあまりにも過酷なんだ。

(それでも遥さんのように宇宙服を着こんで荒れ地をツーリングする猛者もいるけどね)


 シールド地域のドームは水を含んだ膜で覆われている。これで人間が守られるんだ。

 さらに、建物は金属を混ぜた材料でさらに宇宙線を遮るようにできている。

 火星のすべての地域でそんなことはできないから、シールド地域はごく限られた人しか住めないんだ。

 そのほとんどが、子猫を育てている家庭なのさ。

 ぼくら『火星世代』は人付き合いもあまりないし、他人に関心はない方だけど、子猫のこととなるとそうはいかない。『開拓団』よりも忠誠心は強いし、やがて『センター』へと巣立つ子猫を守らなきゃいけない、という気持ちも強い。

 ある家庭が『センター』から子猫を与えられるということは、それだけ名誉なことなんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る