第13話 火星の窓辺の子猫の夕べ

 子猫にはどうしても太陽が必要だ。

 なぜって、日向ぼっこがないと生きていけないからさ。


 人間はごく弱い光でもビタミンをなんとか必要なぶん合成できるけど、子猫にはもっともっと安全な太陽の光が無ければならない。

 僕はそんなこと知らなくて(あの『かわいいこねこの育て方』にも太陽のことは載っていなかったんだ。だって、あれは太陽が安全な地球で使われていた本だから)、そのせいでジーナの毛の艶のことも、モグリの仁さんに言われるまで気が付かなかったぐらいだ。


 そのころ、僕は開拓団の街に入り浸っていた。というか、ジーナの『教育』のためには仕方なかったんだ。

 翻訳機は自家製だったから、しょっちゅう故障して遥さんの助けを借りなければならなかったし、ほんとうならセンターによる『猫のための教育機関』に入るのに、ジーナはそこへは行けなかった。


 それで、僕は自分のこどものころの教科書なんかをジーナに使わせることにした。

 僕は会社に行く前にジーナを遥さんのところに預けて、帰りに家に連れ帰るようになっていた。だからジーナは僕の次に遥さんになついているんだ。

 今でも覚えているけれど、ジーナはまだカバンの中にすっぽり収まるくらい小さくて、出かける時間になると


「ふくろにゃ」


って一こと言ってからカバンの中に自分から飛び込むんだ。

 でも、カバンと袋の違いがわかるまで結構かかったよね。

 狭いところにもぐるのが好きらしいんだよ。


 一度は休日にカバンの中にかくれてて、一日探し回ったこともあったな……。

 まあ、助かったのはいちどでも遥さんのところに行きたくないって言わなかったことだね。

 遥さんの作業場は子猫にとってはちゃめちゃに楽しい場所らしい。

 複雑な機械やら道具やらが積みあがっていて、そこで修理できるものは修理する。


 本当に大きなものはセンターの中まで行って修理するらしいんだけど、たいていは自分で持ち帰ってやっているらしい。


「古いものは設計図も残っていないから、自分で分解して仕組みを理解しないと修理もできないのさ」


というのが遥さんの説明だった。

 『猫のための教育機関』でどんなことを教えているかは誰も知らない。遥さんをはじめ、センターがどこにあって、どういうことをしているのかも誰も話さない。

 唯一みんなが知っているのは、センターは地上のどこかにあるってことさ。

 ジーナは猫のための教育は受けられないで、人間のための教育を受けた。


 鳴子さんたちは、僕とジーナのために本当によくしてくれた。

 理由はずっと分からなかった。

 でもある日、鳴子さんはこういったんだ。


「お前さんたちをなぜ助けてるかってね……? お前さんたちがこの火星の運命を大きく変えるかもしれないからだよ! 具体的にはわからない、でも占いにはおまえさんに会ったときからそう出てるのさ」

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